人的資本経営への関心が高まる中、「エンゲージメント」は組織の状態を表す指標として、多くの企業でスコア向上が課題とされています。しかし、スコアに一喜一憂するあまり、本質が見失われていないでしょうか。そもそも、「エンゲージメント」という言葉は、何を指すか共有されていますか。本稿では、多くの企業が直面するこの問題について検討し、スコアに振り回されずに、従業員の意欲と組織の成長につなげるための考え方を示します。
エンゲージメントスコアが課題になる理由
エンゲージメントという言葉が注目される一方、その活用がうまくいかない一因は、定義が曖昧なまま使われている点にあります。サービスを提供する企業によって定義は様々で、「仕事への熱意」「組織目標への貢献意欲」「会社への愛着」など、多様な意味で使われているのが実情です。人的資本開示の流れがこの傾向を加速させ、多くの企業が説明責任を果たすために、分かりやすい指標を求めるようになりました。
その結果、組織内では立場によって思い描くものが異なることもあります。例えば、経営者は「会社への愛着」による離職率低下を期待し、人事は「仕事への熱意」が生む生産性向上を、現場は「部下の定着」を願うなど、同じ目標を掲げても目指す方向がばらばらになる可能性があります。
こうした定義の曖昧さが、便利な「エンゲージメントスコア」という数字だけを重視する傾向を招きます。背景にある定義が共有されないままでは、スコアを上げること自体が目的化してしまいます。「とにかくスコアを上げよ」という指示は現場を疲弊させ、本質的な課題解決を遠ざけてしまいます。
二つのエンゲージメントで解きほぐす
この問題を乗り越えるには、「エンゲージメント」という言葉の内容を明確に理解することが第一歩です。研究知見によれば、エンゲージメントは少なくとも「組織に対するエンゲージメント」と「仕事に対するエンゲージメント」の二つに分けて捉える必要があります 。両者は異なるものであり、この区別がHRデータ活用の質を高めます。
一つ目は「組織エンゲージメント」で、これは従業員と組織との心のつながりの強さ、具体的には組織への「愛着」や「一体感」を指します。特に重要なのは、「この会社が好きだ」「一員であることを誇りに思う」といった前向きな愛着です。
組織エンゲージメントは、日々の職場経験の積み重ねから生まれます 。従業員が「組織は自分のことを大切にし、幸福に関心を持ってくれている」と感じられることは信頼の土台です。また、評価や処遇のプロセスが公正で透明性が高いことも欠かせません。誰がどのような基準で評価されているのかが明確で、そのプロセスに納得感があれば、従業員は安心して働くことができます。上司や同僚との良好な人間関係も大きく影響します。困った時に支援してくれる上司や、互いに尊重し合える同僚の存在は、組織への愛着を深めます。
こうした経験を通じ、従業員は組織との一体感を強め、「この会社のために貢献したい」と自然に思うようになり、結果として人材の定着につながります。