経営統合による刷新の必然性
博報堂は2026年4月、「シンボルマーク」と「ロゴタイプ」を含めたビジュアルアイデンティティ(VI)を刷新した。前回の刷新は2019年7月。わずか7年での変更に対し、社内外からは「少し早いのではないか」という声もあったという。しかし今回の刷新は、単なるロゴ変更ではなく、博報堂と博報堂DYメディアパートナーズの統合を経て、新たな博報堂が何者であるべきかを問い直すプロジェクトだった。
今回のVI刷新を担当したのは、クリエイティブディレクター/コピーライターの細田高広氏(TBWA HAKUHODO Chief Creative Officer)と、クリエイティブディレクター/アートディレクターの岡室健氏(博報堂クリエイティブ・ヴォックス)だ。細田氏は2019年のCIプロジェクトにも関わっており、当初は自身も「早い」と感じたという。だが経営陣へのヒアリングを重ねるなかで、今回の刷新は過去の否定ではなく、統合後の新しい組織を視覚化するために必要なものだと考えるようになった。
博報堂と博報堂DYメディアパートナーズは、2003年の分社化以降、それぞれ異なる専門性とカルチャーを育んできた。ブランドやクリエイティブに向き合う博報堂と、メディア、データ、コンテンツに強みを持つ博報堂DYメディアパートナーズは、同じルーツを持ちながらも、採用や組織、働き方の面で別々の文化を形成してきたという。そのため統合は、単に元に戻ることでも、片方がもう片方に吸収されることでもなかった。
「広告業」から「生活者価値デザイン・カンパニー」へ
細田氏は、今回の統合を「足し算ではなく、掛け算してまったく新しい企業体をつくることだと認識している」と語る。今回のVI刷新で目指していたのは、クリエイティブとメディアを再び一体化する以上に、その区分自体を超えて新しい産業のあり方を創造していくことだった。
背景にあるのは、広告会社を取り巻く環境の変化だ。かつて広告会社の仕事は、メディアという “土地” を押さえ、その上にクリエイティブという “建物” を建てることに近かった。しかし現在は、テレビや新聞、スマートフォン、OOHといった四角いメディアだけでなく、街、モビリティ、アプリ、サービス、さらには暮らしそのものが生活者との接点になっている。細田氏は、「メディアという呼び名すら古くなっている。すべての接点が人の気持ちを動かしていくインターフェースになる」と指摘。企業が提供すべきは個別で単発の「ブランドキャンペーン」ではなく、一貫した「ブランドワールド」だという。
博報堂がビジョンとして掲げる「生活者価値デザイン・カンパニー」という言葉も、そうした変化とつながっている。商品や広告枠を起点に考えるのではなく、生活者にとって必要な暮らしとは何か、その暮らしを実現する仕組みやサービスとは何かを起点に考える。広告もその一部ではあるが、広告だけではない領域へと、クリエイティビティの役割は広がっているという。
例えば、歩きたくなる街をつくることで人々の健康を支えることや、冷蔵庫の中身から栄養バランスを可視化するサービス、AIを業務効率化だけでなく孤独の解消に活用することも、生活者価値デザインの領域に含まれ得る。細田氏は、こうした視点に立つと、「メディア」と「クリエイティブ」を分けて考えること自体が古くなっていると話す。
130年の歴史への回帰と、「ヒューマニティ」という未来
過去のVIもまた、それぞれの時代に対する答えだった。2008年に導入されたビッグコロンや、2019年のセンタードットは、生活者、企業、自治体、パートナーなど、複数の主体がつながりながら価値をつくる時代を反映したものだった。
しかし統合後の新たな博報堂が改めて向き合うべきものを考えたとき、たどり着いたのは「人間」だった。AIやテクノロジー、データ、グロースといった言葉がビジネスの中心に置かれる時代だからこそ、博報堂はもう一度、人間性=Humanityを中心に据えるべきではないか。そこで浮かび上がったのが、博報堂の頭文字であり、Humanityの頭文字でもある「H」だった。
今回のシンボルマークは、非常にシンプルなHで構成されている。細田氏は「もうしばらく変えたくないと思えるものにしたかった」と話す。時代ごとの戦略性をロゴに強く込めすぎると、時代が変わるたびにロゴも変えたくなる。だからこそ今回は、130年の歴史の中で受け継がれてきたHakuhodoの頭文字のHに戻りながらも、それをHumanityの象徴として再定義することを目指した。


