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コラム

都市を未来へと動かす「シビックプライド」

ガーデン・シティからシティ・イン・ア・ガーデンへ、シンガポールのシビックプライド(後編)

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「まちをより良くするために、自分自身がかかわっているんだ!」そんな都市に対する市民の誇り=「シビックプライド」は、市民一人ひとりに行動する力をもたらし、また都市を未来へと動かす推進力ともなります。
全国数多くの自治体でもシビックプライドを掲げた取り組みが見られる中で、『シビックプライド2【国内編】—都市と市民のかかわりをデザインする』が発売となりました。海外事例を集めた『シビックプライド—都市のコミュニケーションをデザインする』の続編です。今回は、大阪府立大学大学院 武田重昭氏が、シンガポールのシビックプライドについて解説します。

“ビシャン・アンモキオパーク”の昼下がり

“シティ・イン・ア・ガーデン”のもう一つの代表的なプロジェクトが郊外の住宅地区を流れる河川改修による公園化である。もともとコンクリート三面張りだった護岸をすべて取り壊し、緩い傾斜の自然護岸につくり変えている。これによって、ただ雨水を効率的に流すだけだった河川空間が人々の憩いの場所となるだけでなく、多様な緑や生き物の住処にもなっている。河川によって分断されていた“ビシャン”と“アンモキオ”というそれぞれの住区が水辺の公園によって結ばれることでコミュニティの拠り所となっており、家族でのピクニックや恋人が愛を語らうなど、新しいパブリックライフを生み出している。整備された河川沿線では新たにコンドミニアムの開発なども起こり、まさに“シティ・イン・ア・ガーデン”という都市イメージに相応しいランドスケープが実現されている。

さらに、このような線的に連続するみどりのつながりを国土全体に広げるために、“パークコネクター”という取り組みも進んでいる。既存の公園緑地へのアクセス性を高めるために、自動車に接することなく、車いすでも移動可能な立体歩行者道が整備されている。このような緑道網は国土全体に展開されており、昨年度末には旧マレー鉄道跡地の大規模な土地利用転換を行う国際コンペが実施され、日本企業がマスタープランを策定することが決定した。コンペ案では、緑豊かな生態系を維持しながら、市民に愛されるパブリックスペースの構築が目指され、廃線後を緑道化し、休憩所や案内所、レンタサイクルステーションなどの整備が提案されている。これにより、シンガポール全土の緑のネットワークが大きく進展することが期待されている。

“ガーデン・シティ”では、都市の緑化推進や個々の公園の土地の確保に重点が置かれていたのに対し、“シティ・イン・ア・ガーデン”では全土的な公園ネットワークの充実・強化が図られている。特に住宅から公園緑地にいかにスムーズにアクセスができるかが重視され、国民一人ひとりが家を一歩出た瞬間から庭園の中にいるような感覚をつくり出すことが目指されている。これまでのような緑地の面的拡大だけでなく、日常生活における緑や水との接触機会を増加させる工夫がなされている。これらの取り組みは、いずれも対外的なものというよりはむしろ、そこに住む人の視点に立った生活環境の向上が目指されているものであり、対内的な国民の生活の質に主眼が置かれている。

【ビシャン・アンモキオパーク】人を遠ざける河川から人が集まる水辺公園へと転換された

【コンクリート三面張りの護岸との接続部】元はすべてこのような断面形状の護岸が続いていた

【パークコネクター】安全で快適な移動だけでなく、その途中に休憩所や周辺の解説板なども設置されている

“スモール・アイランド”の“ビッグ・プラン”

“シティ・イン・ア・ガーデン”の取り組みは、これらのような環境の「開発」だけではない。人々の意識を「開発」することも重視されている。シンガポールは、都市に対するリテラシーを高めるためのひとつの拠点として“シティギャラリー”を持っている。このギャラリーは、観光者に対してももちろん有益な情報収集の拠点なのだが、むしろ国民に向けられた情報の発信と交流の施設としての意味合いが濃い。URA: Urban Redevelopment Authority(都市再開発庁)が持つこの施設は、日本の観光案内所のような単なる情報提供の施設ではなく、むしろ教育・学習といった学びの場として機能するように工夫されている。

なかでも特徴的なのが、縮尺の異なる3種類の巨大な都市模型だ。最も目に付きやすいエントランス空間では、1/5,000の島全体の模型が来訪者を迎える。まずは国土全体を俯瞰し、大まかな地理や交通網、エリアごとの特徴を理解することができる。次にロビー奥のスペースには1/1,000の都心部の模型が置かれている。木製で柔らかい質感の建物は、1棟1棟の表情まで細かく再現されている。これから建つ高層ビルや計画中のエリアはアクリルなど違う材質で作製されており、誰もがよく知るベイエリアの近未来の姿が示されている。さらに圧巻は、上階の展示室中央にある1/400の詳細模型である。建物のディテールから屋上緑化に至るまで、実に詳細に制作されており、まさに鳥の目からまちを見下ろすようである。展示フロアは上下階2層に分かれており、上階から模型を見下ろした後、下階から間近に見ることができる。ライティングを巧みに用いた都市の状況や将来像のデモンストレーションもあり、さながら遊園地のアトラクションのようだ。これら縮尺の異なる模型は、国土全体の広いエリアからベイエリアの具体的な空間まで、身体的感覚を伴ってズームアップされていくことで、デジタル地図とは全く違った体感としてまちを理解するためのコミュニケーションが意識されている。

そのほか、大きな壁面に意見や感想を付箋で張り重ねていくような展示や小さな勉強会のような催しが頻繁に開催されるなど、シンガポールが目指す都市像を分かりやすく伝えるだけでなく、市民の声を把握し、計画に反映させていくような仕組みも充実しており、双方向の情報交流のための工夫が数多く見られる。“スモール・アイランド”と書かれた壁を通り抜けると“ビッグ・プラン”と書かれた展示室が現れ、この小さな島国はとてつもなく大きな計画に挑戦しているのだと実感できるギャラリーになっている。

【シンガポール全体の模型】1/5,000の島全体の模型では国土全体の様子が見て取れる

【ベイエリアの模型】1/1,000のベイエリアの模型では都市の近未来の状況が示されている
【ベイエリアの模型】1/400のベイエリアの模型はリアルに鳥の目でその場に居合わせるような実感を得られる

【コミュニケーション型の展示】訪れた人の意見が共有される
【小さな勉強会の催し】様々な団体がギャラリーを使ってレクチャーなどを行っている

シンガポールのシビックプライド

これらの取り組みに代表されるように、“ガーデン・シティ”では基幹的な都市環境の整備やその上で展開される経済・産業の成長促進が求められてきたのに対し、“シティ・イン・ア・ガーデン”では、国民の暮らしの豊かさを重視している点が政策転換の大きなポイントである。これまでは、貿易や観光などの外からの経済投資を意識した施策を重視することが不可欠であったが、国際的な評価が確立し、経済基盤が整ったことから、これからの持続可能な発展を支えるために、国民の理解や協働が求められるようになってきた。国民の生活環境の充実や暮らしの中での満足感の享受、そしてシンガポールに対する誇りや愛着を高めるといった“国民目線”の目的・目標への変化が指摘できる。国民が主体的に都市にかかわることで生まれる持続性の確立こそが、シンガポールがいま、シビックプライドを重視している最大の要因だと考えらえる。

シンガポールは良くも悪くも強い統治国家である。国土のほとんどは国有地であり、国民の約8割が国営住宅に暮らしている。このような国家だからこそ、「計画」が有効に機能しており、トップダウン的な決定が都市の未来を確実に左右している。このような仕組みは、シビックプライドの考え方とは全く逆のようだが、しかし、このような国家だからこそ市民の自発的・自立的な取り組みがなければ持続可能な都市はつくれないということが明確な状況として現れつつあり、そのことがシビックプライドに対する認識を一層強くしている。

前著『シビックプライド-都市のコミュニケーションをデザインする』ではヨーロッパの成熟型社会の中での事例を取り上げ、『シビックプライド2-都市と市民のかかわりをデザインする』では日本の取り組みを紹介してきた。これからますます都市の発展が見込まれるアジアの諸都市において、シビックプライドがいかに都市を魅力的で持続可能なものにすることに有効に働くかは、これらの事例とは大きく異なる論点を含んでいる。成熟型社会の中での市民の自負心ではなく、成長めまぐるしい都市における市民の役割としては、成長と持続可能性という双方のニーズに応える都市とのかかわりが求められるであろう。シンガポールはその先行事例のひとつである。アジアの都市の特徴とは、欧米や日本と違ったヒューマンパワーの魅力がそのまま都市に反映し得る可能性を持っていることである。市民の都市に対する自負の気持ちが芽生えることで、アジア都市の魅力はさらに高まっていくのではないだろうか。人の魅力を都市の活力とし、個性的で闊達な新しいシビックプライドのかたちが現れることを期待している。


■謝辞
Atelier Dreiseitlの遠藤賢也氏、シンガポール国立大学のHWANG Yun Hye先生には多くの知見を頂きました。ここに感謝の意を表します。
■参照論文
シンガポールにおける“ガーデン・シティ”から“シティ・イン・ア・ガーデン”への展開時の緑地計画の変化:武田重昭・朴秀日・徳野みゆき・加我宏之・増田昇:都市計画論文集Vol. 50 No. 3(2015)

武田 重昭(たけだ・しげあき)

1975 年神戸市生まれ。大阪府立大学大学院修了後、2001年より独立行政法人都市再生機構にて団地屋外空間の計画・設計や都市再生における景観・環境施策のプロデュースに携わる。2009年より兵庫県立人と自然の博物館にて将来ビジョンの策定や生涯学習プログラムの企画運営を実践する。2013 年より大阪府立大学大学院生命環境科学研究科助教。ランドスケープの視点から都市空間とそこでの人々の生活との関係性について研究している。博士(緑地環境科学)。技術士建設部門(都市及び地方計画)。登録ランドスケープアーキテクト。著書に『いま、都市をつくる仕事:未来を拓くもうひとつの関わり方』(共著、2011)など。