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コラム

編集・ライター養成講座修了生が語る いまどきの若手編集者・ライターの生き方

ヒーローの多くは(まだ)無名だ【後編】

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尾田健太郎(フリーライター/編集・ライター養成講座19期修了)

爆発的な情報量のなかで、届けたいことがある。「編集・ライター養成講座」を受講し、その後プロとして活躍する若き編集者やライターたちの現在を、彼ら・彼女らのルポを通じてお伝えします。

「早く月曜日が終わらないかと、僕らは願った。でもいま思えば、決して長くはなかった」*。時計世界大手タイメックスは2000年1月に展開した広告で、待つ間は長く感じても、そのときが来ると、途端に短く思えることを、率直に切り取った。――2011年、日本の社会人ラグビーリーグ「トップリーグ」で初めて、通算出場数100を迎えた選手が生まれた。一方、同試合が初出場となった選手もいる。初仕事と節目の仕事。どちらも等しいチャンス、等しい時間を与えられた上での結果だ。だからラグビーは、彼らを等しく祝福する。

*”WE’VE HAD SOME COMPLAINTS THAT MONDAY WAS A REALLY LONG DAY, BUT WE’VE CHECKED AND IT WASN’T IT.” (TIMEX, Fallon Mcelligott, 2000年)


ラグビー1

100キャップ達成記念の楯を手にする中居知昭選手

歓声に迎えられ、東芝ブレイブルーパスの背番号19 中居知昭が交代でグラウンドに入った。秩父宮ラグビー場に集まった観客は、この交代の意味を知っている。2011年12月3日、ジャパンラグビートップリーグ史上初の100キャップ達成選手が誕生した瞬間だった。

ラグビーでは、「テストマッチ」と呼ばれる国際試合に出場した証として、帽子が与えられる。そこから、テストマッチ以外でも試合出場数を「キャップ」と表現する。トップリーグは、レギュラーシーズンに11〜13試合と、ポストシーズンにプレーオフやワイルドカードを戦う。出場試合記録は、レギュラーシーズンの出場数のみがカウントされる。社会人ラグビーの全国リーグとして2003年に始動して以来9シーズン目のこの日、通算試合数は103となった。

中居が欠場したのはわずか3試合。2003年に東芝府中ブレイブルーパス(当時)に入団した彼にとって、試合後の会見で話した「トップリーグと共に歩んできた年月の結果です」という言葉に偽りはない。

記念すべき試合を途中出場という形で迎えたが、和田賢一監督はその理由を「外からゲームを見て、的確にプレーできるのが中居。苦しい時間帯に投入したかった。今日も流れが変わったと思います」と明かした。中居は「先発したい気持ちはある」といいつつ「一番強いメンバーで戦うという、監督のブレない方針を信じた」と指揮官への信頼を口にした。プレーイングコーチでもある彼は、自分の経験を次のステップにつなげるだけでなく、「たくさんの選手に100キャップを経験してほしい」との気遣いもみせた。

雌伏の3年を経て初キャップ

中居が100キャップを達成したこの試合、ひとりの選手が初キャップを記録した。エストレラ大輔、東芝に入って3年目の選手だ。アメリカ人の父と日本人の母を持ち、カリフォルニア大学バークリー校を卒業。ラグビーがメジャースポーツではないアメリカから、しかも名門大学卒の経歴は異色だ。

東芝は外国籍選手を除くと、新人がすぐに出場することは少ない。ときに「親に見せられない」といわれるほどの激しい練習で鍛え、時間をかけてチームにフィットさせデビューさせる。1年目に出場できないことは珍しくないが、1日でも早く試合に出たい選手にとって3年の月日は長い。

ようやくつかんだチャンスの感想をエストレラに尋ねると、浅黒い肌の整った顔に白い歯が光った。「日本語で何て言うんですかね、石の上にも三年?それでここまできた。ずっと外からゲームを見てきたが、今日は素晴らしいチームメイトと一緒にプレーできてうれしい」。

ラグビー2

選手の足元を見るのも取材の楽しみのひとつ。NTTコミュニケーションズシャイニングアークスのキャプテン友井川拓(ともいがわ ひらく)選手の足元

エストレラはポルトガル語で「星」、名前の通りスターになれるといいねと声をかけると「ありがとうございます」と丁寧に礼を述べ、ミックスゾーンを後にした。「これからが本当の勝負です」とも言ったエストレラだったが、シーズン中に次のチャンスは与えられなかった。

2013年9月1日、10シーズン目を迎えたトップリーグ開幕節。秩父宮ラグビー場には9755人のファンが足を運び、待望のラグビーシーズン到来に声をあげた。東芝対NTTコミュニケーションズシャイニングアークス戦。エストレラが控えながら久しぶりにメンバー入りしたこの試合で、NTTコムの小泉将(たすく)が初キャップを記録した。

平等な時間、特別な瞬間

ラグビー3

友井川選手の今シーズンの足元。新しいメーカーのシューズに

23歳。幼稚園からラグビーを始め、小学校時代に東芝やサントリーサンゴリアスが主催するクリニックに参加し、トップリーグに憧れていた。新入団ながら開幕スタメンに指名され、「朝からソワソワして、19時のキックオフまで何をしていいか、わからなかった」と緊張を表現した。試合中、日本代表でもある対戦相手の大野均を間近にみたといい、「興奮しちゃいました」と笑った。10月6日の第5節には初トライも記録。「試合に出つづけるだけでは意味がない。チームのキープレーヤーになりたい」という目標に近づいている。
 
「ベテランも若手も、チーム全員がフラットな競争をしています。(試合登録)メンバーはその結果」と、東芝の和田監督はいう。ひとつのキャップも、日々の練習という競争の末に勝ち取られたものだ。その積み重ねである100キャップは、誰でも達成できる記録ではない。エストレラや小泉がそうなれるかは、今後の努力次第ではある。しかし、最初の一歩を踏み出さなければ、絶対にたどり着けない場所なのだ。だからこそ、100キャップ同様、初キャップにも大きな意味が与えられる。

秩父宮ラグビー場では、30人の選手がひとつの勝利を求めて楕円球を追う。そのひたむきな姿を見るために観客は訪れ、ひとつのトライ、ひとつのタックルに感情を動かす。選手にとってグラウンド上で流れる80分は平等だ。しかし、ときに特別な意味を持つ瞬間がある。歓声はいつもその意味を知っている。


尾田健太郎(おだ・けんたろう)
滋賀県出身。会社員を経て、編集・ライター講座19期を受講。修了後、フリーのスポーツライターとして活動を始める。ラグビートップリーグとbjリーグを取材する。秩父宮ラグビー場で販売されている雑誌「ラグビーカフェ」にてトップリーグインタビューを担当している。現在の目標は7人制ラグビーの取材でリオ・デジャネイロ五輪へ行くこと。

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