ALSアイスバケツチャレンジをマーケティングしてみる ――ヘルスケアビジネスは、いつもとなりにずっといる第2回

【前回のコラム】
「ヘルスケアビジネスは、いつもとなりにずっといる 第1回「健康長寿沖縄県の真実と現実」」はこちら

いま一番見たい映画があります。難病ALSを描いています。そこに登場するのは患者じゃなく、健全なココロと清明なアタマを備えた一人の人間であり、愛を貫く一人の男。その男の名は、ホーキング。天才物理学者です。
昨年のアイスバケツチャレンジは、ALSの何を支援しようとしていたかを、この映画『博士と彼女のセオリー』を見て、もう一度考えたいと思います。
ALS患者を友に持つ私は、ALS療養者コミュニケーション支援委員会を立ち上げ、2013年4月から活動しています。患者、家族、介護者、医療者、行政への調査を経て、ALS患者のコミュニケーションの維持と支援の実現に向けた政策提言書を2014年6月に厚生労働大臣に提出しました。ALS患者がひとと社会とコミュニケーションをとることが、治療法開発を待つ患者の療養の支えとなり、社会参画の機会創出になることを信じて。そんな活動の盛り上がりの過程で、三浦春馬さんがALSを演じたTVドラマ『僕のいた時間』(2014年1-3月)やアイスバケツチャレンジ(2014年夏)がありました。

疾患の認知と支援を目的とした活動であったはずが…

「氷バケツをアタマからかぶる。そして友達を指名する」。夏のイベントとしては、涼を呼ぶ風物詩的な装いがありました。気持ちよさそう! そんなふうに感じられた方が多かったことでしょう。
「僕にも届いたゼ!」「私も指名されましたよ」的な笑顔がありました。そこには、社会活動に参画できる歓びがありました。SNSの動画機能のプロモーションにもなりました。
ALSアイスバケツチャレンジは、認知されている自分を世の中に表現できる、格好の素材でした。でも、ALSという言葉はいつしか消え、アイスバケツチャレンジという言葉だけが残っていきます。

代わって、賛否両論という言葉が出てきました。あれ~、ALSという言葉はもう見当たりません。きれいに氷水に流されてしまいました。支援の気持ちも、すっかり流れていきました。寄付の状況も以前の状況に戻りました。でも、とてつもなく大きな山を国民総出で動かしたような、2014年を代表するキャンペーンであったはずです。

マーケティング的な解釈をしてみると…

世論を巻き込み、ここまで話題が大きくなった理由は、実行した1名が次の候補者3名を指名する方式にあります。もちろん3名全員が行動を起こすとは考えづらいわけですが、友人のご指名とあらば、脱落率だってそう高くはないはず。つまり、ここには基本再生産数(Basic Reproduction Number)の考え方が仕込まれていることに気づきます。

R0(アールゼロ)で表示される基本再生産数とは、もともとは医療疫学において感染症の感染拡大の予測値として用いられるものです。1人の感染が、何人に感染するかを数字化するもので、R0>1であれば、感染が拡大する流行病、これをクチコミに置き換えれば、話題ないし活動の「拡散」を意味し、R0=1であれば、感染がその地域に留まる風土病、つまり「地域限定」、R0<1であれば、感染力は衰えていく「自然消滅」を意味します。つまり、R0の値が大きければ大きいほどクチコミ効果が高い、再生産能力に優れた話題となります。

ALSアイスバケツチャレンジは、次の候補者3名を指名することで、基本再生産数をあらかじめR0>1に設定しています。ちなみに、クチコミ効果のことを「バイラル効果」と呼びますが、viralの語源はウィルス性を意味し、感染能力のこと。医療用語とのかかわりが大きいマーケティング用語です。

もちろん、ALSアイスバケツチャレンジにしても、強い信念によって、あるいは別の正当な理由や反面的な評価によって、それの受け容れを拒む者もいました。
世の中に新しいモノが普及する、ないしコトが浸透する行方を占う「イノベーション普及理論」(Everett M. Rogers)を例に考えれば、その出現は理解しやすい現象です。

イノベーション普及理論によれば、ある新しい行動(商品購入とか、サービス利用とか、プロジェクト参加等)に将来関わるであろう人全体を100とした場合、イノベータ―(目新しさに着目する革新派。全体の2.5%)の出現の後、アーリーアダプター(価値に着目する導入派。13.5%)、次にアーリーマジョリティー(流行先取り派、34%)、レイトマジョリティー(流行後追い派、34%)の存在があって、浸透・拡散していくわけですが、残り、つまり全体の16%にその行動を拒むラガード(懐疑派ないし不採用者)が存在することを説明しています。アイスバケツチャレンジを拒む人がいても、納得がゆくのです。

モノやコトの浸透・拡散・普及を目途とするとき、本来の価値に着目して行動し、その後の流行に影響力を及ぼすアーリーアダプターの質の担保が何をもっても重要と言えます。アーリーアダプターが別名「オピニオンリーダー」と呼ばれるゆえんは、ココにあります。アーリーアダプターの中に質の悪い売名行為に及ぶような輩(やから)が紛れ込んでしまうと、流行は思わぬ方に向いてしまうからです。後の流行に、本質を見失った行動が現れます。

でもね。朗報があります。ALSをはじめとした難病の方のコミュニケーションを支援する事業に国の予算がつきました。国民的イベントとなったアイスバケツチャレンジのおかげです。一杯のバケツの水は、大きな河になりました。

※こんな事例も含めて、本『生活者ニーズから発想する 健康・美容ビジネス「マーケティングの基本」』のなかで紹介しています。当シリーズは、隔週で4回続きます。第3回は「健康機能性食品をマーケティングしてみる」です。


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西根 英一氏 
マッキャンヘルスケア ワールドワイドジャパン CKO(最高知識責任者)

健康・医療・美容のマーケティング戦略とコミュニケーション設計を専門とする。マッキャンヘルスコミュニケーションズCKO(最高知識責任者)、千葉商科大学サービス創造学部非常勤講師(「健康サービス論」「調査法」ほか)。日本広告学会、日本臨床腫瘍学会の正会員、日本メディカルライター協会、日本医学ジャーナリスト協会の協会員。厚生労働省「すこやか生活習慣国民運動」(健康日本21)の推進室室長等を歴任。3月に、宣伝会議から『生活者ニーズから発想する 健康・美容ビジネス「マーケティングの基本」』が刊行。

ヘルスケアマーケティング実践講座事務局
ヘルスケアマーケティング実践講座事務局


エーエムジェー 代表取締役 赤坂卓哉氏
企業の通販広告・店販広告全般のコンサルティングを行う。TV・ラジオにて累計2000回以上の通販番組を担当。通販において豊富な知識と実績を有する。通販や店販に欠かせない「薬事法」や「景品表示法」に深く精通し、法律を守りながら広告として成立つ「シズル感のある広告表現」を得意としている。企業の法務チェックも手掛けている。


日経BP
ヒット総合研究所 上席研究員 西沢邦浩氏(にしざわ・くにひろ)
小学館を経て、1991年日経BP社入社。開発部次長として、『日経エンタテインメント!』の創刊などに携わる。98年『日経ヘルス』創刊時に副編集長に着任。2005年より編集長。08年『日経ヘルス プルミエ』編集長。14年から早稲田大学大学院先進理工学研究科非常勤講師。「大人のラヂオ」(ラジオ日経)ほか、TV、ラジオ、セミナー講師等多数。


マッキャンヘルスコミュニケーションズ
CKO(最高知識責任者)
西根英一氏(にしね・えいいち)
健康・医療・美容のマーケティング戦略とコミュニケーション設計を専門とする。マッキャンヘルスコミュニケーションズCKO(最高知識責任者)、千葉商科大学サービス創造学部非常勤講師(「健康サービス論」「調査法」ほか)。日本広告学会、日本臨床腫瘍学会の正会員、日本メディカルライター協会、日本医学ジャーナリスト協会の協会員。厚生労働省「すこやか生活習慣国民運動」(健康日本21)の推進室室長等を歴任。3月に、宣伝会議から『生活者ニーズから発想する健康・美容ビジネス『マーケティングの基本』』が刊行の予定。

ヘルスケアマーケティング実践講座事務局


エーエムジェー 代表取締役 赤坂卓哉氏
企業の通販広告・店販広告全般のコンサルティングを行う。TV・ラジオにて累計2000回以上の通販番組を担当。通販において豊富な知識と実績を有する。通販や店販に欠かせない「薬事法」や「景品表示法」に深く精通し、法律を守りながら広告として成立つ「シズル感のある広告表現」を得意としている。企業の法務チェックも手掛けている。


日経BP
ヒット総合研究所 上席研究員 西沢邦浩氏(にしざわ・くにひろ)
小学館を経て、1991年日経BP社入社。開発部次長として、『日経エンタテインメント!』の創刊などに携わる。98年『日経ヘルス』創刊時に副編集長に着任。2005年より編集長。08年『日経ヘルス プルミエ』編集長。14年から早稲田大学大学院先進理工学研究科非常勤講師。「大人のラヂオ」(ラジオ日経)ほか、TV、ラジオ、セミナー講師等多数。


マッキャンヘルスコミュニケーションズ
CKO(最高知識責任者)
西根英一氏(にしね・えいいち)
健康・医療・美容のマーケティング戦略とコミュニケーション設計を専門とする。マッキャンヘルスコミュニケーションズCKO(最高知識責任者)、千葉商科大学サービス創造学部非常勤講師(「健康サービス論」「調査法」ほか)。日本広告学会、日本臨床腫瘍学会の正会員、日本メディカルライター協会、日本医学ジャーナリスト協会の協会員。厚生労働省「すこやか生活習慣国民運動」(健康日本21)の推進室室長等を歴任。3月に、宣伝会議から『生活者ニーズから発想する健康・美容ビジネス『マーケティングの基本』』が刊行の予定。

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