シングルマザーのデザイナーとして子どもを育てる—たき工房 藤本暢子さんインタビュー

share

【前回記事】「「出産で仕事の現場から離れるのが寂しかったし、怖かった」—コピーライター坂本和加さん」はこちら

クリエイティブを一生の仕事にしたいと考える人に、今後のキャリアを支援するプロジェクト「しゅふクリ・ママクリ」。今回は、たき工房でデザイナーとして活躍する藤本暢子さん。結婚と出産を経て、シングルマザーになった藤本さんの仕事と子育てに対する向き合い方を聞いた。

「どうしたら子どもが楽しいか」を一番に考える

——藤本さんがたき工房に入社した経緯を教えてください。

現在、私はシングルマザーで高校2年生の息子がいます。出産した時から、たき工房に在籍していたわけではありません。シングルになり、子育てをしながら社会復帰のためのアプローチを模索していた時にご縁があったのが、たき工房でした。

たき工房エントランス

もともと私は、デザインの仕事しかしたことがありません。東京に出てきて美術短大を卒業し、デザイン事務所に就職。そこで10年ほど働き、アートディレクター、イラストレーター、カンプライターの経験を積みました。仕事に復帰する時も、別の職業を目指すという気持ちはありませんでした。

——子育てと仕事の両立は、どうしていましたか。

出産を迎えるにあたり、私は会社勤めを辞めて、フリーランスで仕事を始めました。依頼があれば打ち合わせやプレゼンに出かけ、作業は家に持ち帰ってする、というスタイルです。子どもは保育園ではなく、幼稚園に通わせていたので、3歳近くになるまでずっと一緒にいました。

結婚前は医療機器やジュエリー、ホテルなどのデザインワークをしていたのですが、子どもが生まれてからはベビーフードなどの赤ちゃん関係のグッズに携わることが多くなりました。偶然なのですが、私は自分のライフステージと仕事の内容がリンクしていて、リアルな感覚でユーザー目線のデザインができましたね。

当時は、パートナーの収入があったことも大きかったと思いますが、私は「どうしたら子どもが楽しいか」ということを一番に考えていて、「フリーランスとして仕事をしていると、将来、仕事の量が減り、自分が社会的に必要とされなくなるかも」という不安は全く感じていませんでした。とにかく目の前にいる息子との生活が楽しくて仕方がなかったのです。時にはイライラすることもありましたが、子どもの様子は毎日違いますし、日々成長していて、「今日のこの子には、この先ずっと会うことはない」と思うと、ただ向き合っていることが幸せだったなと思います。

再び企業に就職したのは、子どもが5歳になったときです。学童保育に預けて、少しずつ仕事量を増やしていきました。その時は、教育関係の会社で編集系の契約社員として働いていたのですが、子どもの迎えがあるので9時に出社して16時に帰る、という生活です。職場で打ち合わせをして、その内容を家でする、という働き方でした。

私と当時の夫も実家が遠く、近くに頼れる大人はいませんでした。夫婦二人で何とかクリアしなければならないことがたくさんあり、友達の手を借りたり、仕事で帰宅が遅くなってしまった時には、それこそママ友のお世話になって、夕食までご馳走になってしまったり、いろいろありました。

離婚したときに、子どもと約束

離婚したのは、息子がちょうど小学校を卒業したときです。離婚は息子ともよく話し合って決めたので、とにかく2人で楽しみながら頑張ろう、と約束しました。

たき工房の正社員になった頃は、子どもが中学1年生になっていたこともあり、「これから2人で暮らしていくけれど、仕事で遅くなることが多くなると思う。私も頑張るから、あなたも頑張ってね」と、最初に話しました。生活のリズムを自分でコントロールすること、ご飯をちゃんと自分で食べることなどです。別に気負うこともなく、ルールで子どもをガチガチにするわけでもないのですが。

また、猫が二匹いるので、ごはんのお世話やトイレの面倒なども、それぞれの役割を決めて、息子が自立するように努力しました。息子は息子で自分のためにしっかりと生活することを目標にして、私は私で業績として評価が上がるものをつくることが最優先だということは息子に伝えています。徹夜作業や休日出勤もあるので、息子の協力を得ながら仕事をしています。

——正社員になろうと思ったのは、母子家庭であることが大きいですか。

そうですね。以前、契約社員として働いていたこともあるのですが、雇用形態の面で不安に感じていました。半年や3カ月という決められたスパンでの契約更新も不安定と感じていて、当時は自分のいる環境で自分自身をどうプレゼンしていくか、といったことを一生懸命頑張る日々でした。そうしたことに加えて、保険や手当て、保障の面でも正社員でありたいと考えたのです。

続きは、『しゅふクリ・ママクリ』「アウトソーシングだけでは得られなかったもの」へ続く

藤本 暢子(ふじもと・ようこ)
1967年生まれ。studio DADAでデザイナー・アートディレクター・イラストレーターとして働き、その後出産のために退社。フリーランス、契約社員を経て、2011年たき工房入社。新聞広告、雑誌広告、POP、カタログ、DM、キャラクター開発などを手掛ける。

Follow Us