広告とマーケティングにおけるサイエンスとアート

行動経済学はマーケターのサイエンスになるか?

ですが、不思議なことに広告会社出身者で同様に行動経済学による知見をコンサルタントとして活用するマシュー・ウィルコックス氏が『The Business of Choice(選択のビジネス)』という著作で語っている通り、「多くのマーケティング関係者はこのような行動経済学の知見をビジネスに活用していない」のが実情のようです。

ここには、いくつか考えられる要因がありそうです。なぜなら行動経済学自体はすでに有名で、認知がないわけではないはずです。むしろ、行動経済学的知見がおおっぴらに生かされていないと思われるのは下記のような理由があるのではないでしょうか。

すなわち、行動経済学がマーケティングや広告関係者にとって①「行動経済学の知見と自覚せずともすでに実践的に活用されている」もしくは、②「行動経済学の知見は限定的にしか意味がない」ということが考えられるのではないでしょうか。『ブランディングの科学』の著者のひとりであるアレンバーグ・バス研究所のバイロン・シャープ氏は下記のように言っています。

もちろん行動経済学が社会においてあまりに大きく、急速に受け入れられているので、我々もそこにマーケティングの実践的な価値を持った発見がまったくないとは言いたくはない。

(中略)

我々はヒューリスティックス(筆者注:行動経済学で語られる、吟味した判断ではなく素早く意思決定をするための方法)を活用するが、それはそのほうがむしろうまくいくからであって、ずる賢い(悪意のある?)マーケターが密かなやり方でわれわれを本来あり得ないような行動をさせようとして無理やり使わせているものではない。

(中略)

たしかに消費者は様々なやり方(フレーミング効果)でものごとを提示されれば、それに影響を受けたり、買っているブランドに愛着を感じたりする(単純接触効果)が、だからといってこれがマーケティングおいて非常に大きなストーリーとは言えない。なぜなら我々はマーケターとして広告自体が非常に弱々しい力しか持っていないことを肝に銘じなければならないからだ。人々はすでにゴチャゴチャして混乱した世界に生きているのであり、広告やブランドはそこでは非常に優先順位のリストのはるか下のところにある(もしそんなリストが存在してれば、の話だが)。

バイロン・シャープ、エイミー・ウィルソン著 “Putting ‘Nudges’ in Perspective” ,APG編 『Eat Your Greens』 2018年より筆者翻訳

たとえば、ウィルコックス氏の著作では行動経済学からの知見をどのようにマーケティングに活用するのか、ヒューリスティックスやバイアスについて興味深い知見が紹介されているのですが、彼自身も「このような知見はすべて環境や文脈によって異なり、どんなときも機能するという黄金のルールはひとつもない」と断言しています。

その意味で行動経済学を知っていたり、その仮説をもとに実験したり行動したりすることは決して意味がないことではないのですが、それだけですべてを語ることはできないということでしょう。

 

次ページ 「消費者の選択を変えるのは行動科学の「アート」」へ続く
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鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)
鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

鈴木健(ニューバランス ジャパン マーケティング部長)

1991年広告会社の営業としてスタートし、ナイキジャパンで7年のマーケティング経験を経て2009年にニューバランス ジャパンに入社し現在に至る。ブランドマネジメントおよびPRや広告をはじめデジタル、イベント、店頭を含むマーケティングコミュニケーション全般を担当。

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