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コラム

なぜ教科書通りのプランニングはうまくいかないのか

第19回 「CRM」ご使用上の注意(後編)

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前回はCRM(前編)として、まだ買っていない未来の顧客との関係づくりについてお話ししました。今回のテーマはデジタルを介さないリアルなCRMの重要性です。買い物のとき、良い接客をしてもらって「この人から購入したい」と思った経験がある方は多いと思います。デジタルが陸ならばリアルは海のようなもので、把握できないことも多いですが、規模は確実に大きいはずです。では、始めましょう。

 

なぜ、こまめに顔を出すのか

2018年にイギリスで、世界初の孤独担当大臣が新設されました。日本でも2021年に任命されています。昨年のJR東海の広告のキャッチコピーは「会うって、特別だったんだ。」。コロナを経て、リアルに顔を合わせることの大切さを実感することも多くなったように感じます。

広告会社に入社後の、私の最初の配属先は放送局担当でした(略して「局担」と呼ばれます)。局担は、自分の会社に出社して仕事をしたあと、毎日必ず担当している放送局に行くことになっていました。そこで、広告を扱う営業局はもとより、編成局・制作局・広報局からコーポレート系の部署に至るまで、毎日回るようにと指導されました。

その日に実際の仕事がある訪問先であればまだいいのですが、そんなに各部署と毎日仕事があるわけではありません。「仕事がなくても行け」というのが局担のルールで、とても抵抗感がありましたが、ただうろうろしているわけにもいかないので人を紹介してもらったり、何かを聞いたり、こちらからも情報を持っていくなどして次第に関係性を構築していくことになっていきました。

デジタル広告などではよく「刈り取り」という言葉が使われますが、刈り取る前には当然のことながら種をまいたり育てたりしないといけません。関係性を構築するというのはまさにその種まきにあたるところで、種まきのときに「顔が見えている」のはかなり重要なことであろうと思われます。

実データ グラフィック

 

「マイナスの状況」のときに心が動く

CRMのテーマでは必読本とも言える『ザッポス伝説2.0 ハピネス・ドリブン・カンパニー』(トニー・シェイ)では、カスタマーセンターに電話をかけてきた何か困っている顧客にザッポスがどのように対応し、その対応を会社としてどう改善していこうとしていたかが描かれています。その中に「あなたのことを心から気にかけて、あなたが当然受けるべきことを提供する権限のある人と話すことが、優れた経験」という文章があります。これは裏を返せば、困りごとを抱えた顧客が話す相手には権限が与えられていないケースがほとんどだということです。「直談判」という言葉があるように、状況を変えられる力がある人と直接話ができることは、そのこと自体が顧客にとって価値あるものになります。

心理学に「損失回避の法則(得への喜びよりも損への痛みを大きく感じる)」というものがありますが、どうも人間は、マイナスの状況を何とか切り抜けるときに心が動くようです。ディズニーランドのスプラッシュマウンテンに落としてしまった形見の指輪が見つかる話など、困ったときに予想を超える対応があったとき、より人は強い印象を受ける傾向があります。つまり、マイナスの状況こそがCRMの正念場であるわけです。

実データ グラフィック

 

CRMにもPush型とPull型がある

受講生からの質問:
マイナスの状況のときに起きたことの方が印象に残りやすいのは経験上、わかるような気がします。CRM施策に活かすとすると、カスタマーセンターや店頭での対応をしっかりやっていこう、ということになるのでしょうか?

企業側から顧客に情報を伝えることをPush型、逆に顧客の方が自主的に商品情報を探して見つけることをPull型と言いますが、CRMにもPush型とPull型があると考えています。

デジタルを介したCRM施策で多いのは、企業側にキャンペーン情報など何か伝えたいことがあり、それを公式SNSやメルマガで配信するというPush型のCRMです。それに対しPull型のCRMは、顧客側で何か困った状況が起こったとき、その人の予想を超えたスピードとクオリティで解決することです。

例えば子どもの勉強を見るということでも、「勉強しなさい」と親から言ってしまうよりは難しい問題がわからなくて困っているときにすぐサポートしたり、視野が広がるような話題をさりげなく出したりする方がいいように思います。こちらからコントロールしようとしてもできないのに、つい思い通りに動かそうとしてしまう。キャンペーン情報の告知をSNSでしてもいいのですが、それがCRMのすべてとは考えない方がいいでしょう。

実データ グラフィック

 

Pull型のCRMを行うための準備とは

マイナスの状況こそがCRMの正念場であり、そこでどのような体験をするかがブランドに対する考え方に大きく影響します。Pull型のCRMを行うための準備は、観察です。相手が今、どういうことを考えていて、何を探そうとしているのか。

観察は、デジタルよりもリアルに顔を合わせている方が、圧倒的にやりやすいです。人を見ていると、その容貌だけでなく表情や姿勢などから、さまざまな情報を感じ取ることができます。人が発する情報量は非常に多いのです。ただし、発している情報量が多いだけで自然に伝わるわけではありません。情報を感じ取る側は時間やエネルギーを使うので、観察を続けるためには相手に対して興味を持つ必要があります。

子どもの勉強の話であれば親は子どもに興味があるのでいいのですが、店員とお客様という関係の場合、お客様に対する興味を店員がどれほど持てるかは状況によると思います。リッツ・カールトンのスタッフは、目の前のお客様のために必要だと思えば上司の許可なく1日に2,000ドルまで使ってよいという決裁権があるそうです。店員がお客様への興味を持つようになるには、自分がそのお客様のために何かできることがあると思えること。そして目の前のお客様に、自分がそのブランドを代表して相対していると感じられることが要件になるでしょう。

実データ グラフィック

さすがに制度だけ真似すればいいわけではなく、そこまでに積み上げていくべきものはたくさんあるはずですが、お客様とリアルに顔を合わせる人がお客様に興味を持ち、観察することによって、お客様にとってマイナスな状況下でのよりよい体験を提供することが、本来の意味でのCRMに繋がっていくと考えています。

今回は、デジタルを介さないリアルなCRMの重要性と、Pull型のCRMについてお話ししました。次回は最終回、「過度な一般化に陥らないために、我々は何を考えればいいのか?」というテーマになります。

(次回は8月31日公開予定です)

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