I-ne主力ブランドの 「BOTANIST」
ヒット商品を生む開発フレームワーク「IPTOS」とは?
松岡:I-neでは独自の商品開発のフレームワークとして「IPTOS」を構築されていると聞きました。どのようなフレームなのか、うかがえますか?
大菅:「IPTOS」は商品の開発から販売に至る流れをフレームワークに落とし込み、ブランドマネジメントシステムとして体系化したものです。Idea(アイデア)・Plan(企画)・Test(検証)・Online/Offline(EC/小売店での販売開始)・Scale(販売拡大)という5つのフェーズから成立しており、名称はそれぞれの頭文字から引用しています。フェーズごとにKPIを設け、独自の消費者調査も行っています。
例えば「商品コンセプトやパッケージを考案した上でアテンションシール(POPシール)のデザインを検討。その上でテスト販売を行い、売れ行きが良好であればさらに販売拡大する」という考え方です。「IPTOS」を徹底して仕組み化していくことが、ヒット商品を生み出す近道だと考えています。
松岡:最初のIdea(商品アイデア)はどのように考案されているのですか?
大菅:2つのパターンがあります。一つは弊社のブランドチームの中でアイデアを出すパターン、もう一つは、社内でアイデアコンテストを実施するパターンです。ブランドチームでアイデアを練る際は、消費者のニーズやインサイトから数十〜百案程度を考えます。その中からブランドチームでブラッシュアップを行い、最後にテストにかける形で進めていきます。アイデアコンテストは、全社員から募集を行っています。
松岡:100案の中には、さまざまな切り口のアイデアがあると思います。アイデアに対するディレクションは自由にされているのでしょうか?もしくは「こういうアイデアを出してください」と明確に指定されることもありますか。
大菅:ディレクションはしませんが、共通のフォーマットシートを使っています。プロダクトのサマリーを1ページにまとめたもので、商品イメージや消費者コミュニケーションの取り方などを記載し提出してもらいます。
松岡:アイデアを選定していく上で、評価指標は設けられているのでしょうか。
大菅:デザイン・コミュニケーション・SNSトレンドなどそれぞれに評価項目を作って選定しています。新規性、拡張性、市場規模、開発実現性(開発しやすさ)、ブランドパーパスに昇華できるかなどが評価軸になります。最後は消費者へのアンケート調査を実施した上で、商品として販売するかどうかを判断します。
偶発購買設計フレーム「CRISPモデル」との類似性
宮前:お話をうかがっていると、私たちが著書『偶発購買デザイン』の中で提唱している偶発購買設計フレーム「CRISPモデル」との共通項も多いと感じます。
偶発購買設計フレーム「CRISP」(『偶発購買デザイン』より)
- [汎用性 Coordinability]発信センスが発揮できる余白の設計
- [実感力 Realizability]体験が人から人へ伝播する実感の設計
- [明快性 Intelligibility]簡単でわかりやすい価値の規定
- [予兆感 Signality]半歩先の時代を感じる印象の設計
- [価値観 Philosophy]社会的に共感できる思想の設定
大菅:確かにCRISPモデルとは類似点が多くありますね。例えば[Coordinnability(汎用性)]は、他のカテゴリーにも広がるかという点で拡張性に似た考え方です。[Philosophy(価値観)]は、ブランドのパーパスへ昇華できるかという私たちが大切にしている視点に通じると思います。[Realizability(実感力)]については、当社では連携している約200のOEMネットワークと協力して、商品開発に伴う開発実現性の高さを調査しています。[Signality(予兆性)]は当社では「半歩先のコンセプト」と表現していて、商品が約1年後にトレンド層から美容フォロワー層まで受容されるかを考慮します。
松岡:CRISPモデルにはない「市場規模」については、どのように評価しているのですか?
大菅:既存カテゴリなら、ファクトの定量と定性から考えています。蓄積したデータをもとにシャンプーなら2000億円、アウトバスなら700億円程度の売り上げを取れるといった予測を立てます。新規カテゴリの場合は、市場規模を予測するほか、併売先やバイヤーさんを探すことで、データとの定性の掛け合わせから考慮しています。
宮前:「YOLU」は、シャンプーに「ナイトリペアシャンプー」という新しいカテゴリ名称をつけているのが秀逸だと思いました。「ナイトリペアシャンプー」というカテゴリでどの程度の市場規模を取れるかは、どう予測するのでしょうか。
大菅:このときは、他業界の事例をもとに「夜間美容」トレンドの文脈でどこまで販売が伸びるかを調べました。シャンプーは元々市場規模が大きいこともあり、トレンドの文脈でどこまで販売できるかという観点は他業界の事例などを調べた上で予想しています。
全ての商品の背景に、「Chain of Happiness」の思想がある
松岡:I-neでは商品企画をほぼ内製化していると聞いたことがあります。それは、商品企画における強みにどう結びついているのですか?
大菅:全てのプロセスを内製化しているのではなく、広告会社やOEM企業と取引する中で新しいアイデアをもらうこともあります。その上で、商品企画を内製化する強みは2つあります。1つは、ブランドのパーパスを開発するとき、最初からアートディレクターと協働して世界観を考えていけることです。それによって、商品の核となる部分を伝言ゲームを介さずに作り込むことができます。店頭・WebLP・CRMなど消費者のタッチポイントとなる部分を、一貫してデザインできることは強みです。
もう1つはスピード感です。社内のデータをリアルタイムで把握してPDCAを回せることは大きいと思っています。SNSでのコミュニケーションに関しても、例えばお客さまから使い方についてネガティブな意見が寄せられたら、翌日にはWebLPにおすすめの使い方などの情報を反映できます。お客さまにはプロダクトを使用した先の体験まで幸せを届けていこうと思っているので、そのようなスピード感が持てることは非常に良いなと思います。
松岡:「プロダクトを使用した先の幸せ」というのが、先ほどのパーパスに関わってくる部分ですね。
大菅:そうです。I-neには「We are Social Beauty Innovators for Chain of Happiness」(美しく革新的な方法で幸せの連鎖があふれる社会の実現に挑戦し続ける)というMISSIONがあります。全社員が「生活者のニーズを理解して幸せの体験を生み出すプロダクトを作り、同時に社会に良い影響も与えるソーシャルブランドを開発する」というマインドを持っています。
例えば「YOLU」においては、単なる夜間用ヘアケア商品ではなく、忙しい現代人の生活に寄り添い、人々のQOL(Quality of Life)を向上させることを目指している、ということです。
松岡:ソーシャルプロダクト的な観点があることによって、ユーザーの共感が生まれ、それが口コミの発生にも寄与しているということですね。
ブランドの世界観を反映したパッケージデザインが最重要
松岡:テレビCMをあまり多用しないのも、I-neの特徴だと思います。そうなると消費者とのタッチポイントはWeb・WebLP・店頭・SNSになると思いますが、その中でも重要な要素はどれでしょうか。
大菅:どれも重要なタッチポイントではありますが、特に重視しているのが商品パッケージです。I-neはオフラインの売り上げも大きいので、消費者が商品パッケージやアテンションシール(POPシール)を見た際に、どのように感じるかを重視してパッケージをデザインしています。
松岡:「YOLU」のパッケージは、デザインからコピーワークまで一貫したわかりやすさがありますね。
大菅:ありがとうございます。「忙しい現代人のQOLを上げる」というパーパスのもと、可愛さをより反映したデザインにしました。幻想的な夜空をイメージしたようなグラデーションや、星空で癒やされるようなデザインが功を奏した結果、「使っていて気分が上がる」というお声をいただいています。
2021年に発売した 「YOLU」のパッケージ
松岡:InstagramやTikTokでも、パッケージデザインの世界観を感じさせる投稿が多くなされていますね。
大菅:「YOLU」に関しては、生活サイクルが乱れている人や夜忙しくて時間が取れない人というペルソナが明確だったので、TikTokやInstagramとの相性が良いと考え、立ち上げ時からアートディレクターやコミュニケーションディレクターと議論してきました。
松岡:SNS上での情報の伝播については、どこまで設計しているのでしょうか。
大菅:情報が多い時代になり、インフルエンサーも増えている中で、情報が埋もれてしまいがちな状況になっています。開発の担当者と「商品が伝わらないのは存在していないのと同じだよね」という話をすることもあり、拡散されやすさという視点も大事にしています。「YOLU」の場合は「翌朝髪がしっとりする」というパフォーマンスを出すことに重点を置きました。プロダクトを使ったときに感動するようなパフォーマンスがしっかり出せれば、それがUGCに繋がります。翌朝髪の毛がしっとりするという効果は絶対に実現したかったポイントです。
松岡:感動するパフォーマンスがまずありきということですね。
大菅:パフォーマンスをしっかりと伝えた上で商品を使ってもらい、その効果が実感できるかという観点は非常に意識しています。
ソーシャルプロダクトを生み出す企業文化がヒットの土壌となっている
松岡:2024年12月に発行した我々の著書『偶発購買デザイン』では、現在を検索(Search)ではなく、情報回遊(Surf)から始まる「情報回遊時代」だと捉えています。大菅さんは「情報回遊時代」という言葉にどのような印象をお持ちですか?また今後、会社としてどのように向き合っていこうと考えますか。
『偶発購買デザイン 「SNSで衝動買い」は設計できる』
2024年12月13日発売/宮前政志、松岡康、関智一 編著
大菅:共感できる考え方だと感じました。社会が成熟して生活者のニーズがある程度満たされている時代なので、私の中では「計画的に商品を探して購入するのではなく、偶発的に出会った商品に対して運命的な喜びを感じるのではないか」という仮説があります。
「セレンディピティ」という言葉には「運命的な出会いより大きな喜びを感じる」という意味があるので、情報回遊時代における購買行動では、セレンディピティの影響力が増していきそうですね。
松岡:商品開発の方向性としては、消費者が商品に出会った瞬間に幸福度が増すようなものを作る流れになるのでしょうか。
大菅:ZMOT・FMOT・SMOTの観点ですね。いずれも購買の瞬間を捉えようとする話だと思うのですが、ZMOTでどのように商品を買うか、FMOTでどのように商品を感じるかについては、社内でも話し合っています。
しかしそれ以上に重要なポイントは、I-neの全社員が会社のMISSION・VISION・VALUEに共感し、それに基づいた行動と商品開発を実現することです。現在は企業文化として揺るぎないスタンスになっていると感じるので、今後もその凡事を徹底することで、より優れたソーシャルブランドを開発していきたいと思います。
宮前:大菅さんのお話を聞いて、I-neの商品開発やブランドコミュニケーションの背後には、強固な企業文化があり、それが成功を支えているのだと強く感じました。この文化が、I-neのプロダクトに一貫性、深みを与えているのですね。今日はありがとうございました。
『偶発購買デザイン「SNSで衝動買い」は設計できる』

宮前政志、松岡康、関 智一 編著/定価:2,200円(税込)
電通内でデータマーケティングを専門とする戦略プランナーチームの研究成果をまとめた一冊。Search(検索)ではなくSurf(情報回遊)から始まる、情報回遊時代の購買行動モデルを「SEAMS®」として提唱。その背景やプランニングのポイント、顧客育成の方法論、偶発購買設計のためのフレームワークなどを紹介する。読者限定ダウンロード特典つき。
関連記事
