「問題だとわかっていないことが問題」
アンステレオタイプアライアンスが制作した1本の動画がある。シーンは広告撮影のためのオーディション。女性や有色人種男性の候補者が次々とオーディションを受けにやってくる。最初に登場する女性の役どころは「受付嬢」「母親」、有色人種男性は「売店の店員」。アイロンがけする母親役の女性には「もっと楽しそうにして」、店員の役を演じる男性には「インド訛りで話してくれる?」と指示が飛ぶ。
動画の後半では、外見で「セクシー女優」「お手伝いさん」などの役どころを常に“当てがわれがち”な役者たちが登場し、本当はもっと別の輝くスキルを持っていること、それを活かした異なる役を望んでいることが明かされていく。
広告の制作者の多くが昔ながらのステレオタイプに縛られていることに気づかずに、無意識に広告を通じてステレオタイプを再生産している。その問題に気づいていないことが問題なのだと、この動画は指摘している。
世論調査会社イプソスの2018年のグローバル調査によれば、10人のうち7人が「広告は自分たちの住む世界を反映していない」と感じている。男女共に過半数が「メディアは男性・女性を決まったジェンダー役割に当てはめて描写」していると回答し、45%が「依然としてジェンダー差別を助長するような広告を目にしている」と答えた。
日本においても状況は同様だ。アンステレオタイプアライアンスが2021年に発表した「ビヨンド・ジェンダー2」調査によれば、日本では回答者の3分の2が、「多くのブランドは未だに、日本の消費者の生活実態を反映していない伝統的な家族の役割・ジェンダー役割を描いている」と答えている。
近年「家事をする男性」が登場するCMが日常消費財では目立って増えるなど、一定の変化は見られる。しかし男女の役割は広告表現の中でいまも固定化されがちで、消費者の意識や実態と乖離があることを調査結果は示している。
アンステレオタイプ=有害なステレオタイプを取り除いていくための活動
アンステレオタイプアライアンスは、2017年にカンヌライオンズで設立された、メディアと広告の力でジェンダー平等を推進し、有害なステレオタイプを撤廃するための世界的な取り組みだ。主催はUN Women(国連女性機関)、副議長としてインターパブリックグループ、食品会社のMARS、ユニリーバが名を連ねる。グローバルメンバーによる活動のほかに国支部があり、イギリス、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、日本など12カ国で独自の活動を展開している。
同アライアンスの最新の調査は、2024年9月の国連総会のサイドイベントにて発表した「Inclusion=Income(インクルージョンはビジネス利益につながる)」と題されたレポートだ。そのタイトルの通り、インクルージョンを考慮した広告は売上げに寄与することを、58カ国・392ブランドの広告・販売データを4年にわたり分析したことで証明する内容だ。
本調査によれば、インクルージョンの考えを取り入れた先進的な広告は売上げに良い影響を与えている。短期的な売上げは3.46%増加し、長期的な売上げも、そうではない広告と比較した場合で16.26%増加した。ブランド・エクイティ、顧客ロイヤルティを向上させる効果も見られたという。
アンステレオタイプアライアンス日本支部のリード役を務める市川桂子氏は、「このレポートは、これまで言われてきた通説——DEIに配慮した広告制作やDEIイニシアティブはビジネスに好影響を与えない——に対するアンサーとして制作されたものです。私たちは、常にリサーチデータで語ることを大事にしています。消費者の意識はアップデートされているので、ステレオタイプのある広告を作るブランドから人は離れていく傾向にあります。このレポートからもわかる通り、私たちは炎上する広告を作った企業を批判するのではなく、よりポジティブでビジネスにもいい影響がある表現ができる、という考えで、日本社会にポジティブな変化を起こすための様々な活動をしています」。
日本支部が設立されたのは2020年。大手広告主企業や広告会社、マーケティング会社などが参画し、グローバルの調査や優良事例の共有を行うほか、会員企業による“アンステレオタイプ”な取り組みを発信するイベントや参加企業同士での情報交換を行う場などもあるという。
ステレオタイプに陥らないために重要な「3つのP」とは?
アンステレオタイプアライアンスの参加企業にグローバルで共有されている原則的なフレームワークがある。それが「ステレオタイプを排除した広告のための3つのP(3Ps for Unstereotyped Communications)」だ。
3つのPとは、以下を指す。
・Presence(存在)= 広告に誰が登場するのか
・Perspective(視点) = 誰の視点でストーリーを組み立てるのか
・Personality(個性) = 登場人物の深み
この3つが反映されたものが、アンステレオタイプの広告であると判断されるという。
ジェンダーを含め、広告に登場する人は、現実の世界がそうであるように多様性な人々が含まれているのか(Presence)。ストーリーは偏りのない視点で取り上げられているか(Perspective)。人物を外見だけでなく、人格や主体性を持つ存在として描けているか(Personality)。つまり、描写を通じて多様な人の本来の姿や人生の経験を考慮し尊重できているかを重視する。このような視点や検証を持って作られたコミュニケーションを優良事例として収集、共有している。
アライアンス参加企業に配布される「アンステレオタイプ広告プレイブック」。3つのPの原則のほか、優良事例などが紹介されている。
市川氏は「日本においてもこの領域への関心は高まっており、最新のトレンド(グローバル動向)をキャッチしなければという意識が強まっています」と話す。最新の動向と言っても、知っておいた方がいいのはアウトプットされた事例だけではない。例えばオーストラリアには、障がいのある人たちを広告制作スタッフに含めて映像制作を行う「BUS STOP FILMS」という映画制作団体がある。こうした各国の制作者の取り組みについても、国支部同士の交流やセミナー共催などの形で、今後学び合っていけるのではないかと考えている。
「世界的にジェンダー平等やDEIに対するバックラッシュが起きている中、なぜDEIやインクルージョンが重要なのか、しっかり本質を理解しなければ、単なるパフォーマンスとなってしまい長続きしません。ステレオタイプから解放されることは、新しいアイデアやイノベーションを生むことにつながります。このような意味合いが企業の中で議論できていれば、DEIをやめるという結論にはならないでしょう。こうした議論の深さ、スタンスが問われる状況になってきていると感じます」(市川氏)。
広告の中の女性の描かれ方は最も身近でわかりやすい例だが、近年は「有害な男らしさ」など、男性のジェンダー表現に関する議論もなされるようになっている。また、ジェンダーに限らない様々なマイノリティの人々のレプリゼンテーション(現実の世界に存在している人々を、広告やメディアの中でもきちんと存在させ、描いていくこと)を考える上でも、アンステレオタイプアライアンスの活動や「3つのP」のフレームワークは有効ではないだろうか。
