前回のコラムではGoogleの検索エンジンとブラウザ「Chrome」がその市場支配力ゆえに、各国の規制当局から独占禁止法(反トラスト法)違反の疑いで厳しい視線を向けられている状況をお伝えしました。
その中でOpenAIは、米国で進行中の裁判に新興企業を代表する証言者として出席。「もし裁判所がChromeの売却を命じることになれば、OpenAIはその買収に強い関心がある」と述べるなど、「検索の王者」に対する「AIの新星」による挑戦状が叩きつけられた形となりました。
検索やブラウザの競争構造変化は広告業界にとっても他人事ではありません。検索連動型広告の市場規模は言うまでもなく巨大であり、Google支配が緩めば広告出稿戦略や企業のマーケティング戦略にも影響が及ぶでしょう。
本稿ではOpenAIと同様に裁判の証言台に立ったYahoo、そしてPerplexity AIが「Chrome買収に興味がある」旨を表明した、その背景などを解説していきます。
「Chromeを買ってしまった方が話は早い」
OpenAI以外にも、「ぜひChromeを買いたい」と名乗りを上げた企業があります。そのひとつが老舗のインターネット企業Yahooです。
ここで話題になっているのは、日本国内で「Yahoo!Japan」を運営するLINEヤフーではなく、米国のYahoo Inc.です。日本で「Yahoo!Japan」といえば国内において一定の存在感を発揮していますが、現在の米国におけるYahooの検索シェアは数%程度にとどまり、往年の勢いは影を潜めています。
そんなYahooを運営する投資ファンドのアポロ・グローバル・マネジメントは近年同社の立て直しを図っており、検索ビジネス強化の一環として自社ブラウザの開発にも着手しているといいます。
Yahooの検索部門のゼネラルマネージャーであるブライアン・プロボスト氏は法廷で、昨年夏からブラウザの試作に取り組んでいることを明かした上で、「最初からブラウザを自前でつくるよりも買えるものならChromeを買ってしまった方が話は早い」と証言しました。
これはまさにOpenAIと同じ発想と言えます。プロボスト氏は「Chromeを傘下に収めることができれば、Yahooの検索市場シェアは現在の3%程度から二桁台に跳ね上がる可能性がある」とも述べています。
もちろん、これには巨額の買収資金が必要ですが、親会社のアポロが後ろ盾となれば数百億ドル規模の資金調達も十分可能だと自信を示しました。YahooにとってChromeは、かつての栄光を取り戻すための起爆剤となり得るわけです。インターネット黎明期の覇者が、ブラウザという新たな武器を手に再起を図る構図と言えましょう。
AI検索エンジンの新興企業も買収へ名乗りか
一方、AI検索エンジンを提供する新興企業、Perplexity AIの動きも見逃せません。PerplexityはOpenAIのChatGPTに触発されて登場したスタートアップで、質問に対してAIが直接ウェブ検索し回答を提示する「対話型検索エンジン」を運営しています。
従来の検索エンジンのように「青いリンクの羅列」を表示するのではなく、質問に対して直接回答を生成する点が特徴で、「検索の次の形」を模索する存在として注目を集めています。
司法省側の証人として出廷したPerplexityの最高業務責任者(CBO)であるドミトリー・シェベレンコ氏もまた、「Google以外の企業がChromeブラウザ事業を運営できるなら、ぜひ喜んで買収を申し出たい 」と明言しました。
シェベレンコ氏は法廷で、裁判官から「Google以外の企業がChromeのような大規模ブラウザを、品質を落とさず、しかも無料のままで運営できるのか?」と問われると、「できると思う」と即答しています。
Perplexityのような新興勢力にとって、Chromeという巨大プラットフォームを手中にできるチャンスは垂涎の的であり、またとない飛躍の足がかりになるというわけです。実際、Perplexityも将来は自前のブラウザ「Comet」を提供する計画があるとされ、こちらも含めブラウザ市場への熱い視線を向けている一社です。
新興勢力の期待と懸念の声
Chrome売却の可能性に対して、業界内の受け止め方は一様ではありません。一方には上記のように「千載一遇のチャンス」と前のめりになる企業がある一方、他方には慎重または懐疑的な声もあります。
たとえば、プライバシー重視の検索エンジンで知られるDuckDuckGoのCEOは、「仮にChromeが売りに出ても自社ではとても手が出せる額ではない」とコメントし、現実問題として巨額の買収競争には加われないとの立場を示しました。
この発言は、小規模な検索サービスにとってChrome買収は高嶺の花であり、手が出せるのは資金力の潤沢な大企業か、投資家の支援を受けられるプレーヤーに限られることを物語っています。
また興味深いことに、先ほど買収に名乗りを上げたPerplexity社のCEOで共同創業者であるアラヴィンド・スリニヴァス氏は、法廷とは別の場でChrome分割に反対する持論を展開しています。
スリニヴァス氏は今年4月、X(旧Twitter)への投稿で「ChromeはGoogleがオープンソース化したChromiumを基盤に数十億ユーザー規模で改良されてきた。我々は、他のどの企業も同規模のブラウザを品質を損なわず、無料のまま運営することはできないと考えている」と述べ、Chromeは引き続きGoogle本体の下で運営されるべきだと主張しました。
Perplexity has been asked to testify in the Google DOJ case. Our core points:
1. Google should not be broken up. Chrome should remain within and continue to be run by Google. Google deserves a lot of credit for open-sourcing Chromium, which powers Microsoft's Edge and will also…
— Aravind Srinivas (@AravSrinivas) 2025年4月21日
Aravind Srinivas氏のXの投稿から。
同氏はさらに「問題の本質はブラウザではなくAndroidなどOSにおけるユーザー選択の制限にある」と指摘し、Chromeを無理に手放させるよりも、スマートフォンで検索エンジンを選べるようにすること(具体的にはAndroidで初期設定の検索エンジンや音声アシスタントをユーザーが選択可能にすること)の方が筋が良いと提案しています。
Perplexity内部でも、CBOが買収意欲を示す一方、CEOが異なる観点から懐疑を示すという構図は興味深いですが、スリニヴァス氏の発言は「ChromeをGoogleから引き離しても、かえってブラウザの品質低下やユーザーへの悪影響を招くだけではないか」という懸念を代弁するものと言えます。
これは「手術は成功したが患者は死んだ」という皮肉な格言にも通じる視点で、独占解体という「手術」がブラウザエコシステムという「患者」を傷つけてしまう可能性を示唆しています。
実際、Chromeは高速なレンダリングエンジンやセキュリティ更新、ウェブ標準への対応などで業界をリードしてきました。他社がこれを引き継げるか不透明であることや、仮に引き継いでも開発体制や収益モデル次第では利用者にしわ寄せ(有料化やサービス低下)が行く可能性も否定できません。
そうした点から、一部には「GoogleからChromeを取り上げても、今度はOpenAIなりYahooなり別の巨大プレーヤーが新たな“ミニ独占”を手にするだけではないか」との見方もあります。
次回はAIが変えるインターネット体験の未来、広告業界とビジネスモデルの転換点について考えていきたいと思います。
