2019年から家族4人でオレゴン州・ポートランドに住み、このコラムではPRの視点から現地のレポートをお届けしていましたが、昨年の秋から日本に帰国しています。
海外移住あるある、として、住民票がない、マイナンバーカードがない、運転免許証が失効しているという状態を経験し(携帯の番号を持っていたのは救いでした)、お役所手続きやら、暮らしの立ち上げに奔走していました。
鎌倉に戻ると、6年前には植え替えたばかりで細い木だった段葛の桜もだいぶ立派になっていました。
鎌倉に戻ると、6年前には植え替えたばかりで細い木だった段葛の桜もだいぶ立派になっていました。
このコラムは【ポートランドの暮らしの中で考える「企業と社会課題の関係」】というタイトルにしていたので、さてどうしようか?と思っていたのですが、ポートランドの暮らしも知っているから、日本に帰ってきて気づくこともあるなと考え、不定期で継続させてもらうことにしました。
今回は、なぜ帰国したのか。という話を少ししたいと思います。
最大公約数ではなく、最小公倍数を探したら、セパレート型二拠点になった
日本も広い。ローカルにはたくさんの魅力が詰まっているということをこどもと共有したくて、次男とふたりで帰国旅をしています。最初は島根の海士町に行ってきました。
現在、私は次男と日本の鎌倉でふたり暮らしをしています。夫と長男はオレゴン州・ポートランドにいます。互いに行ったり来たり、そんな暮らしです。
なぜ、この形に落ち着いたかというと、私自身がずっと6年間、リモートで日本と仕事を続けていたことがひとつ。2歳から米国育ちの次男に日本というふるさとをつくりたかったことがひとつ。
ただ、夫はアメリカで仕事をしている。そんな環境下において、家族みんながやりたいことができて、ハッピーになれる、よいあんばいの着地を探し続けていました。
家族といえども個の人で、それぞれ大事にすることはあります。その中で家族として、いわゆる、割り切れる最大公約数を探し続けていました。
しかしながらそれはなかなかに難しく、だったら分けて、最小公倍数を探した方が、広がってよいのでは?と思いつき、今回の決断にいたっています。
同じ頃に、知り合いのご家族で、同じように、パパだけ、ママ&子どものようなセパレート型二拠点をはじめた家族が現れ、家族が分離してもつながっているという暮らし方も今後ひとつの選択になるかもなぁと思ったりしたものです。
もちろん、寂しくはありながらも、離れている家族の頑張りを応援して支える気持ちはあります。これだけ同時刻に、離れていてもコミュニケーションが取れるようになった今だからできるようになった形だとも思います。
そんなわけで、鎌倉とポートランドのセパレート型二拠点生活をしています。2つの時差、2つのカルチャーを感じながら暮らすのは、大変でもあり、面白くもあります。その中で得た視点を、このコラムでは引き続き紹介していこうと思いますので、よろしくお願いいたします。
次回のコラムでは、日本でも道路交通法改正で話題となっている「自転車」と公共のルールの関係について、自転車が普及している地域であるポートランドの事情を交えつつお伝えしていきます。



