ブランディング活動は、認知や好意形成にとどまらず、資本市場からの評価にも影響する。投資家は財務数値だけでなく、ビジネスモデルや企業行動、ガバナンス、パーパス、ステークホルダーとの関係まで含めて企業価値を評価している。
5月26日に開催された「コーポレートブランディングカンファレンス」(宣伝会議主催)では、ウィルズ 執行役員の伊藤裕樹氏と、インテグリタス代表の古木謙太郎氏が登壇。「そのブランディング、株価で評価されていますか?」をテーマに、IRとブランディングを接続する視点を解説した。
投資家は財務情報だけを見ているわけではない
日本の上場企業では、外国人と信託銀行の保有比率が上昇している。2024年度末時点では、外国人が32.4%、信託銀行が22.4%で、合計は約55%に達した。一方、政策保有株式に相当する事業法人の比率は減少傾向にある。
古木氏は、この変化について、ファンダメンタルズ分析に基づき企業価値を評価する株主・投資家が増えていることを意味すると説明した。
投資家は財務情報だけでなく、企業行動や価値創造の仕組みまで読み解こうとしていると指摘。収益性、成長性、キャッシュフローといった財務パフォーマンスに加え、非財務パフォーマンス、ビジネスモデル、ガバナンス、パーパスや企業理念も重視しており、投資の時間軸が長くなるほど非財務情報の重要性は高まるという。
インテグリタス代表の古木謙太郎氏(左)とウィルズ 経営企画室 執行役員部長・室長の伊藤裕樹氏
ブランドはステークホルダーとの関係性の現れ
古木氏は、企業のメッセージと行動は、投資家がステークホルダーとの関係を知る重要な手がかりになると説明した。社内外へのブランディングは、従業員、顧客・消費者、サプライヤーとの関係を通じて、株式価値の形成にも影響するという。
例えば、従業員のエンゲージメント向上は生産性や品質改善につながり、顧客ロイヤリティの向上は収益の安定化に寄与する。サプライヤーとの協働や調達多様化も競争優位性を高める可能性がある。一方で、人材流出、顧客基盤の毀損、供給途絶、人権問題などは、業績変動や利益率低下のリスクとなる。
古木氏は、ブランドを「企業とステークホルダーの関係性の現れ」とし、信頼や期待を映し出す「無形資産」として捉えられると説明した。
伊藤氏は、投資家から見た企業価値を「株価と時価総額」とし、その形成に関わる指標としてPER(株価収益率)を取り上げた。PERは、企業への将来期待や信頼が反映される指標であり、伊藤氏はこれを「投資家から見たブランド」と位置づける。
「PERとは、投資家の将来期待と、その会社に対する信頼。成長するのか、その成長はサステナブルなのか。他社と違うのか、そもそも信頼に足るのか。そういった投資家の心理が集約された指標になっている」と説明した。
同じ利益を稼ぐ企業でも、期待値が異なれば株価には差が生まれる。伊藤氏は、こうした期待や信頼を投資家に理解してもらうことがIRの役割だとし、広報やブランディング、マーケティングの知見を取り込む必要性を指摘した。
「投資家言語」への翻訳が必要
講演では、ウィルズが取り組むスポンサードリサーチの役割も紹介された。スポンサードリサーチは、企業側が費用を負担して作成する調査レポート。事業構造や成長戦略、リスクと機会、財務・資本効率、市場・競合環境を整理し、企業情報を投資家が理解しやすい形に変換する。
企業情報は、適時開示やプレスリリース、報道などを通じて発信されている。しかし、証券アナリストが継続的にカバーするのは、時価総額の大きい一部の企業に限られる。多くの中小型株では、事業内容や成長戦略があっても、投資家が比較・理解できる形で届きにくい。
伊藤氏は、課題は単に情報量が少ないことではなく、適時開示やプレスリリースが投資家の判断に使える「投資家言語」に翻訳されていないことだと指摘した。
誰にIRするかで企業評価は変わる
伊藤氏は、IRにもマーケティングの視点が必要だと指摘する。投資家には機関投資家、ヘッジファンド、個人投資家など多様な属性があり、投資スタイルや重視する情報も異なるためだ。
実際のIRでは、資金量の大きい有名な機関投資家を優先しがちだが、すべての企業が海外機関投資家の投資対象になるわけではない。伊藤氏は、個人投資家が消費者でもある点に触れ、自社が狙うべき投資家を社内で議論する必要があると話した。
ケーススタディとして、日清食品ホールディングスの個人投資家向け施策も紹介された。同社はこれまで機関投資家向けIRが中心だったが、今回の施策では総務がハブとなり、経営企画、財務、IR、広報、ブランディングなどが連携。個人投資家向けのコミュニケーションを設計した。
その一つが、経済アナリストの馬渕磨理子氏との対談動画だ。サムネイルでは「全事業で増収増益」「累進的配当」「2030年までに時価総額2兆円」など、個人投資家が関心を持ちやすいキーワードを明示した。
再生回数は2025年12月末時点で約6万5000回となり、他社平均の1万8000回を上回った。動画公表後には、株式取引の注目度を測る出来高も、公表前後2カ月間の平均で約8%増加したという。
伊藤氏は、機関投資家向けが本流とされてきたIRにおいて、個人投資家に振り切った施策で一定の効果が見られた事例だと説明した。
「いい会社」が評価されるとは限らない
クロスディスカッションでは、「いい会社なのに投資家に評価されないのは、市場のせいなのか」というテーマも扱われた。
伊藤氏は、IRの現場で「市場が分かってくれない」という声を聞く一方、分かってもらうための情報発信が不足しているケースも多いと指摘した。
古木氏も、機関投資家が新たに調査できる企業数には限りがあると説明。「開示情報が少ない会社は、どうしても後回しになってしまう」と述べた。
最後に、AIがIR業務に与える影響についても議論が繰り広げられた。伊藤氏は、開示文書の作成や投資家からの質問対応など、IR領域でもAI活用が広がっていると紹介。ウィルズでも、投資家向けレポート作成への活用を検討しているという。
古木氏は、資料の要約や議事録作成、情報収集ではAIが有効だとした一方、企業のメッセージと行動に不一致がある場合、AIがそれを読み込み、意図しないアウトプットを生むリスクもあると指摘した。
また、情報収集や分析ではAI活用が進むものの、経営陣の資質や将来の意思決定を見極める領域では、ミスリードのリスクから慎重に見る投資家も多いと説明した。
講演の最後に古木氏は、広報やブランディングとIRは分断されがちだが、企業の本質を伝えるという点では共通していると強調。「ぜひIRにも関心を持っていただければ、会社にとってよい結果につながるのではないか」と呼びかけた。

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