エンタメはドラマや映画などのコンテンツをただ「観る」だけではなく、イマーシブ(没入型)体験といわれるように、自らが物語の主人公として「参加する」イベントへの注目が近年集まっています。それに伴い、ユーザーからの熱量の高い口コミを自然に生み出し、話題化させるための「UX(ユーザー体験)デザイン」の重要性はかつてないほど高まっています。
その突破口となるヒントを探るべく、着目したのがSNSを中心に圧倒的な支持を獲得し、話題を呼んでいる体験型イベントシリーズ『どこか奇妙な職業体験』(累計動員数1万5000人以上)です。チケットが発売直後に即完売するほどの人気を誇る同シリーズ。今回は、その仕掛け人であるクリエイター・きださおり氏へのインタビューを行いました。
きだ氏は、これまでに国内外で100公演以上の人気リアル脱出ゲームの企画制作や週刊少年ジャンプ史上初の体験型推理ゲーム漫画の原作などを担当。没入感の高い体験型エンタテインメント企画を数多く生み出しているクリエイターです。
今回、『どこか奇妙な職業体験』シリーズの中のひとつで現在(2026年8月時点)開催中のイベント『根津一軒家清掃』に焦点を当て、きだ氏に「人の心を動かす極意」とこれからのブランド体験(UX)設計について話を聞きました。
※本記事は情報、メディア、コミュニケーション、ジャーナリズムについて学びたい人たちのために、おもに学部レベルの教育を2年間にわたって行う教育組織である、東京大学大学院情報学環教育部の有志と『宣伝会議』編集部が連携して実施する「宣伝会議学生記者」企画によって制作されたものです。企画・取材・執筆をすべて教育部の学生が自ら行っています。
※本記事の企画・取材・執筆は教育部修了生の櫻井恵が、取材は平松優太、松香怜央が担当しました。
きださおり氏
チケットは即完売!話題の体験型イベント「どこか奇妙な職業体験」シリーズとは?
━━そもそも、きださんが手がけている「どこか奇妙な職業体験」とはどのような体験型イベントなのでしょうか?
一言で言えば、「不思議なフィクションの世界」と「実在しそうなリアルな職業体験」を掛け合わせた体験型イベントシリーズです。おかげさまで多くの方に足を運んでいただき、シリーズ全体で累計1万5000人以上を動員するイベントに成長しました。
━━このシリーズは、『真夜中の学芸員』や『夜の学校調査員』などバリエーションが豊富ですが、今回のインタビューでスポットライトを当てている『根津一軒家清掃』はどのようなイベントなのでしょうか?
『根津一軒家清掃』は、参加者が家事代行の清掃員として誰もいない一軒家に派遣され、掃除をしながら、そこに残された生活の痕跡を通じて奇妙な物語の当事者になっていく体験型イベントです。定員は1回につき10人ほどに設定しており、シリーズの中で最も規模が小さいのが特徴です。
どこか奇妙な職業体験 根津一軒家清掃 メインビジュアル
「場所」のコンテクストをハックする 実在の一軒家から逆算するユーザー体験
━━『根津一軒家清掃』の舞台となる一軒家は、まるで知らない人の家に不法侵入してしまったような強烈なリアルさがあります。この生々しいまでの没入感はどのように作られているのでしょうか?
劇場の美術セットのように作り込まれたものではなく、東京・根津に実在する一軒家を丸ごと舞台にしていることの影響が大きいと思います。特に、今回はストーリーを先に考えて、この一軒家にたどり着いたわけではなく、先にこの一軒家の存在があって、そこからストーリーをつくっています。この一軒家だからこその空気感を100%活かせる設定として「家事代行の清掃員スタッフ」という物語を逆算して作っていったのです。
━━場所からの逆算、ですか。
はい。本当に家事代行のアルバイトをして、知らない人の家に入ってお掃除をするような、現実と虚構が地続きになっている体験にしたかったんです。元々、家として使われていた場所を使うことで、美術セットではどうしても作り出せない“実家感”。つまりは「誰かが長い間ここで暮らしていた生活の匂い」のようなリアリティが立ち上がってきます。
さらに、1回あたりの定員を絞っているからこそ、他人の目を気にせず、本当に誰もいない空間に放り出されたという好奇心が参加者を瞬時に物語の主人公へと仕立て上げる。手法ありきではなく、その場所が持つ固有の文脈をいかに活かすか、という視点も大切にしています。
どこか奇妙な職業体験 根津一軒家清掃 体験イメージ
安心して騙されるための設計とは?
━━『根津一軒家清掃』は「奇妙な違和感」がテーマですが、ホラーのような「恐怖」で人を驚かせるものとは一線を画しています。体験を設計する上で、感情のコントロールはどう意識されているのでしょうか?
実は、私もスタッフもものすごく怖がりで、ホラーが本当に苦手なんです(笑)。だから、恐怖体験を作ろうという気持ちはありません。絶叫マシンやホラーが苦手な人でも、少しだけ勇気を出して、一歩踏み込んでみたくなる絶妙な奇妙さを狙っています。


