「当たり前を疑うこと」。それは、広告クリエイターの根源的なスキルであり、DEI(多様性・公平性・包括性)の本質でもある。電通のクリエイティブディレクター、橋口幸生氏と阿部広太郎氏が主宰する講座「BORDERLESS CREATIVE SCHOOL」は、この「疑う力」を武器に、新たな仕事と価値を創造するクリエイターを育成する場だ。
第1回の無料体験講座では、DEIの考え方や今なぜこの学びが必要なのかを解説した。
DEIとは「当たり前を疑う力」
橋口:「DEI」と聞くと、多くの人が「お行儀よく振る舞うこと」「過激な表現ができなくなる」と誤解しがちです。しかし、私が考えるDEIの本質はまったく違います。一言で言えば、「当たり前を疑う力」。私たちの社会にいつの間にか引かれた境界線(ボーダー)、例えば「男らしさ」や「女らしさ」、年齢の役割といった固定観念を問い直し、「そのボーダーは本当に存在するのか?」と疑うことこそが、DEIの出発点です。
「当たり前を疑う」のは、広告クリエイターの仕事そのものです。伊勢丹の「四十才は二度目のハタチ。」というコピーは、「40歳はもう若くない」という常識を覆しました。宣伝会議賞の受賞作『AIは私の志望校を笑わない』もまた、「AIは無機質なもの」という先入観を疑い、生徒に寄り添う存在として描き出した秀逸な例です。
当たり前を疑うことで、世の中はもっと面白くなる。クリエイターがDEIの世界に飛び込むことで、その可能性は無限に広がります。
ヒット作の多くは、DEI的発想から生まれている
橋口:不思議なことに、コンテンツが失敗すると「ポリコレのせいだ」と批判されるのに、成功した作品の背景にあるDEIの視点は語られません。例えば、興行的に振るわなかった実写版「白雪姫」はポリコレのせいだという見方をされて叩かれましたが、世界を熱狂させたNetflixの「イカゲーム」がDEI的発想の賜物であることはあまり指摘されません。アメリカの企業がアジアのキャストや舞台で作品を作り、世界を熱狂させる。これは、かつての常識では考えられなかったことです。
重要なのは、彼らが仕方なくやっているわけではなく、ビジネスとしてうまくいくからやっているということです。全世界を相手にビジネスするなら、アジア人もアラブ系の人もいる。いろんな人のエンターテインメントがあったほうがいいというシンプルな話でもあります。
海外には、障害当事者が主体となってマーケティングを手がけるロンドンの「Purple Goat Agency」や、包括的な視点で作品をレビューするニューヨークの「BOLD CULTURE」のような専門組織が存在します。例えば「BOLD CULTURE」は、あるファッションブランドが黒人モデルを起用した綿製品の広告を企画した際、「黒人には綿花畑での奴隷労働の歴史があるため、その文脈を考慮した上で企画すべきだ」と助言しました。こうした専門的な知見は、現場のクリエイターだけではカバーしきれません。
日本には、こうした専門チームが存在しなかった。ならば自分たちで作ろうと立ち上げたのが「BORDERLESS CREATIVE」なんです。
「当事者と共につくる」というプロセスの価値
阿部:「誰一人取り残さない」という言葉、ここ数年よく聞かれるようになりました。それを実現するためには、「あなたと一緒に作りたい」という姿勢が不可欠だと感じています。
例えば、ダイアローグ・ジャパン・ソサエティさん、ポーラさんと取り組んだ「鏡を使わないメークレッスン」は、目の見えない方の優れた手と指の感覚を生かすプロジェクトです。目の見えない方にとってのメークとは何かという問いから入って、内面の美しさというテーマにたどり着きました。
こうしたプロジェクトで何より大切にしているのが、当事者の方たちと一緒に企画会議を行うというプロセスです。参加される方に応じて、たとえば手話通訳の方に入っていただいたり、文字起こしのモニターを置いたりと、テクノロジーをうまく使いながら、一緒に作り上げていく。そこで得た経験が、まったく別の領域の仕事にもつながっていく。それがDEI領域を学ぶ魅力の1つでもあると感じています。


