タイムパフォーマンスを「タイパ」と略す。その数文字さえ惜しむほど、私たちは時間を切り詰めることに慣れてしまったのだろうか。筆者は、この言葉が当たり前になっていくことに違和感がある。みんな、そんなに生き急ぎたいのだろうか。
2026年、世界のブランドが、アナログな文学や紙の本に接近している。
Miu Miuは4月、ミラノで「Literary Club 2026」を開いた。今年で4回目となるこのイベントのテーマは「Politics of Desire」。アニー・エルノーとアマ・アタ・アイドゥの作品を軸に、3日間にわたり、欲望、同意、自己決定について論じた。Diorは、ジョナサン・アンダーソンのデビューとなったメンズ2026年春夏ショーで、定番のブックトートを、古典文学の初版本の表紙を刺繍して再現した「ブックカバー」シリーズに作り替えた。『ドラキュラ』『ユリシーズ』などに加え、『高慢と偏見』『時計じかけのオレンジ』へと広がっている。COACHは春のキャンペーン「Explore Your Story」で、実際に読める12種類のミニチュア本をバッグチャームにした。米国では出版社ペンギン・ランダムハウスと協業し、日本の作品からは、宮下奈都さんの『羊と鋼の森』(文藝春秋)と、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)がブックチャームに選ばれた。
各社が同じ意図で紙の本を取り入れているわけではない。しかも、これらを「タイパへの対抗」と断定できる材料もない。しかし、“時間を惜しまない”という贅沢へのメッセージがそこにあると筆者は感じている。
同じ「本」でも、何を味わわせたいかが違う
COACHは、立ち止まって考える時間に価値を置いている。CMOは同キャンペーンのプレスリリースで次のようなコメントをしている。Z世代の多くが、デジタル過多と絶え間ない加速の中で、本や長い物語を、速度を落として考え、居場所を感じる拠り所と語っている――。読む人の内面を、ブランドの活動に結びつけた形だ。
Miu Miuは、女性を読む人、考える人、問いを持つ人として扱っている。装うことと知的な関心が、一人の女性の中で共存するという女性像を表現した。
Diorは、ブランドの定番バッグを一冊の本に見立てることで、文学への愛着を身につけるものへと翻訳した。その作品を読む時間までは買えないとはいえ、紙の本の魅力に改めて気づき、気持ちを寄せる行動のきっかけにはなっている。
身につけることと、読むことの間にある、その距離は、COACHの動きにも表れている。米国では第1弾のチャームが3月の発売直後に在庫切れになり、その後も順次新しい題名が加わる方式だと報じられた。ゆっくり読むことを讃える商品が、速いサイクルで売り切れる。この矛盾も含めて、「本を取り入れた」という事実の先にあるものがとても気になる。
ラグジュアリーとタイパは正反対にある
タイパは、かける時間を減らして得られる成果を増やそうとする。しかし文学の価値は、結末を知るまでの時間そのものにある。一文で立ち止まり、読み返し、自分になかった感覚に出会う。何が得られるかを先に確定できない経験に、時間を使うのだ。
ラグジュアリーとは、本来、余裕のことだ。余白、寄り道、遠回りの自由、そこで出会う未知の世界や学び。体験する前から「これにどれだけの時間を払う価値があるか」を細かく勘定する姿勢は、言葉を選ばずに言えば、みみっちい。かつて、ある資産家が「勉強することは最高にラグジュアリーだ」と話していたのを、筆者はいまも覚えている。