先日、仕事で赤坂を訪れた時の話である。打ち合わせが終わり、昼どきだったので、ランチにしようと目に付いた一軒の古民家風の店に入った。
店は大変な賑わいだった。僕は1席だけ空いたカウンターに通された。ラッキーだった。目の前にお茶が置かれ、僕はメニューを探した。だが、カウンターの上にも、店内の壁にもそれらしきものはない。忙しく動き回るお店の人を呼び止めた。
「あの、メニューは?」
「ごめんなさいね~。お昼は○○しかお出ししていないんですよ」
周囲を見渡す。確かに皆、同じものを食べている。その瞬間、僕は言われ得ぬ幸福感に包まれた。――選ばなくていいんだ!
5分とせずに、それは出てきた。驚いた。作り置きじゃなく、出来立てである。客の回転時間を読んで、先行して作り始めていたのだろう。ワンメニューで、繁盛店だから出来ることである。むろん、味も申し分なかった。
ワンメニュー。機内食でも最低2種類から選べる。でも、僕はその時ほど「選択肢のないシアワセ」を感じたことはなかった。
考えてみたら、僕らは本音では、選ぶことを億劫(おっくう)に感じてはいないだろうか。リストランテでメーンを選ぶ際、ギャルソンに「今日はカサゴのいいのが入っております」と言われたら、まるで助け舟を出されたかのように「ちょうど、白ワインが飲みたかったんだ」と、安易に乗っかってはいないだろうか。
その点、鮨屋はラクである。それなりの鮨屋なら、店に入って主人に一言「おまかせで」と頼めば、後は自動的に握ってくれる。何か通なものを頼まなきゃと、隣の彼女に見栄を張る必要もない。
そう、選択肢のないシアワセ――。
そりゃあ、生半可な知識しか持たない自分よりも、その道に通じた人が選んでくれるほうが間違いない。昨今、様々な分野でセレクトショップが増えているのも、それを裏付ける。例えば、最近の女性のゴルフブームを受け、都内などではおしゃれなゴルフ・セレクトショップが次々にオープンしている。スポーツ店であれこれ迷うより、あらかじめセレクトされた店で買いたい女性客のニーズに応えたものである。
毎正月、ファッションテナントビルの前には「福袋」目当ての若い女性たちが長蛇の列をなすが、彼女たちが「選択肢のないシアワセ」をおう歌しているのも同様である。
草場滋「『瞬』を読む!」バックナンバー
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