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コラム

ニホンゴ・ラボ

『広辞苑』改訂の「新語」から、言葉の時代性を考える

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【前回の記事】「第0回 新しい学びの場「ニホンゴ・ラボ」、開講いたします。」はこちら

はじめまして、asobot inc.代表の伊藤剛と申します。私の詳しい経歴はプロフィール欄にゆずらせていただき、早速ですがコラム第1回目のテーマ「ことばの時代性」についてお話ししていきたいと思います。

2018年1月12日、日本を代表する国民的な辞書『広辞苑(第七版)』が、10年ぶりに刊行されました。

発売前からPRにも力を入れていたので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。予約特典には、作家・三浦しをんさんが製作現場を訪ね歩いたルポエッセイの小冊子が付いていたり、発売から3日間にわたって「広辞苑大学」が開講され、養老孟司さんや谷川俊太郎さん、Zeebraやスプツニ子!さんらによる講演会が行われるなど、辞書の販売促進としてはかなりユニークな試みだったと思います(ちなみに「広辞苑大学」は今後も継続的に開催されるようです)。

また、改訂内容も話題になりました。辞書が改訂されるとメディアが真っ先にとりあげるのが、どんな言葉が「新語」として入って、どんな言葉が辞書から「削除」されたのかというもの。ある意味で、それらは辞書から社会に向けた「メッセージ」とも言えます。私も早速購入しましたが、まず初めにチェックしたのは新語の項目でした。今回の改訂では、新たに約1万項目が追加されていますが、代表的な新語は次のようなものです。

<新たに収録されたことば>

[安全神話][上から目線][がっつり][自撮り][立ち位置][デトックス][パワースポット][LGBT][東日本大震災][廃炉][iPS細胞][ふるさと納税][モラルハラスメント][ブラック企業]など

 

「このことばが入るの?」「これがまだ入ってなかったの?」等々、列挙されたものを見るだけで、いろいろな感想を持つかと思います。この中でも特に「LGBT」に関しては、記述内容が間違っていたとのことでネット上でも大きな話題になりました。

このように新語に関心が高まる理由は、ことばが「時代を映す鏡」だからなのだと思います。おそらくアドタイの読者のみなさんも、このことばの持つ「時代性」に興味がある人も多いのではないでしょうか。特にコミュニケーション業界においては、「新しいことば」は「新しいアイデアの素」とも言えるので、重要な資料にもなっています。

毎年恒例の『新語・流行語大賞』への関心も変わらず高く、若者同士の間でしか分からないような「若者ことば」にも常に注目が集まります。映画や書籍のタイトルなどには流行のことばの傾向が如実に表れ、たとえば新書においては、数年前までは「○○力」「○○品格」が語尾につくものが多く見受けられましたが、最近だと「○○思考」「○○大全」のようなタイトルを頻繁に見るようになりました。

このような「時代の変遷」には、私自身もさまざまな分野について関心を持っていたので、かつて『GENERATION GAP』というWEBアプリを作ったこともありました。このWEBアプリは、「時代(GENERATION)」をキーワードに「自分と時代の関係性」を読み解くためのもので、たとえば、両親や祖父母、または誰もが知る今は亡き偉人たちの生きた時代と自分自身の時代とを、「年齢」という切り口で重ねてみる年表コンテンツです。年表の中には、「世界史」や「日本史」はもちろんのこと、「カルチャー史」や「メディア史」などに加えて「コトバ史」の項目も作りました。

たとえば今から10年前、2008年の流行語にノミネートされたのは[アラフォー][アキバ系][ゲリラ豪雨]で、20年前(1998)になると[貸し渋り][だっちゅーの][ボキャ貧]など、非常に懐かしくもあり、未だ変わらぬ現象もありといったことばたちです。

一方、「人物」を通して時代を見てみると、また違った印象を受けるかもしれません。たとえば、若者に絶大な人気を誇った歌手の故・尾崎豊さんが20歳の時に流行ったことばはというと[キャバクラ][イッキ!イッキ!](1985)で、まさにバブル前夜という雰囲気でした。また、作家の村上春樹さんが20歳の頃には[ナンセンス][やったぜ、ベイビー](1969)が流行り、日本国内では「東大安田講堂封鎖の解除」、世界的には「人類初の月面着陸」があった激動の一年だったようです。

このように、「ことば」に関心を持つということは、まさに「生きる時代」に関心を持つことですが、それは単に「流行を追う」ということではありません。岩波書店の岡本厚社長は、『広辞苑』の刊行インタビューで「偽とかフェイクとか、事実でない言葉が飛び交う現代だからこそ、本物の、誠実な、確かな仕事に価値がある。苦境の続く出版界において、岩波書店の底力を示すことができた」とメディアに語っています。

大袈裟かもしれませんが、ことばを学ぶということは、時代や社会に流されないための「戦い」とも言えるのかもしれません。

広辞苑の特設サイトに記載された挨拶文からも、その強い思いが伝わってきますので、第1回目のコラムの終わりことばとして紹介させていただきます。

「激変する世界にあって意味を見失った言葉の氾濫する今日、ますます求められるたしかな言葉。人は言葉によって自分自身を知り、他者を知り、生きる勇気と誇りを手にすることが出来る。言葉は、人を自由にするのです。」
(広辞苑特設サイトより一部抜粋)

さて、ニホンゴ・ラボの第1回目はいかがだったでしょうか。本コラムでは、私の持つ専門的な知見を読者のみなさんにお伝えするという形式ではなく、メディアの編集者のように、いまこの時代において「ニホンゴ」を学ぶ意味を見つけ、必要であれば取材をし、みなさんと一緒に学んでいく「場」にしていきたいと考えています。第2回目以降も、ぜひお付き合いください。

伊藤剛(いとう・たけし)

1975年生まれ。明治大学法学部を卒業後、外資系広告代理店を経て、2001年にデザイン・コンサルティング会社「asobot(アソボット)」を設立。主な仕事として、2004年にジャーナル・タブロイド誌「GENERATION TIMES」を創刊。2006年にはNPO法人「シブヤ大学」を設立し、グッドデザイン賞2007(新領域デザイン部門)を受賞する。また、東京外国語大学・大学院総合国際学研究科の「平和構築・紛争予防専修コース」では講師を務め、広報・PR等のコミュニケーション戦略の視点から平和構築を考えるカリキュラム「ピース・コミュニケーション」を提唱している。主な著書に『なぜ戦争は伝わりやすく 平和は伝わりにくいのか』(光文社)、これまで企画、編集した書籍に『被災地デイズ』(弘文堂)、『earth code ー46億年のプロローグ』『survival ism ー70億人の生存意志』(いずれもダイヤモンド社)がある。