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P&Gの極秘メモからブランド体験を“再発明”する方法を学ぶ — 「CES2020」レポート③(玉井博久)

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米国・ラスベガスで1月7日から開催された「CES(コンシューマー・エレクトロニクスショー)2020」。江崎グリコの玉井博久氏が広告主の視点から、現地よりレポートします。

既存商品+テクノロジー=生活者にとって新しい価値ある存在

私はマーケティングの実務に携わる中で、広告を「商品は何も変わらなくても、生活者にとって新しい価値のある存在にすることができるもの」と定義しています。「既存商品+広告=生活者にとって新しい価値のある存在」という方程式です。

今回のCESではテクノロジーが、まるでその広告の定義と同様のものになってきていると感じました。全く新しいものをゼロからつくりだすテクノロジーは今後も登場するでしょうが、それよりも多くの企業にとっては、すでに存在している自社商品・事業にテクノロジーを“足す”ことで、顧客にとって新しい価値ある存在をつくりだす方に期待を寄せているのだと思います。

「既存商品+テクノロジー=生活者にとって新しい価値のある存在」という方程式です。

テクノロジーは、もはや一部のテックカンパニーだけのものではなく、商品や事業を成長させるために広告を実施するのと同じように、全ての企業がテクノロジーを“実施して”ブランド構築や事業成長を実現していくことができるようになったと言えます。それをまさに実践している好例が、昨年に続き2年連続でCESに出展しているP&Gでしょう。

ドラッカーによるとP&Gという企業は、創造的模倣で成長してきた企業と表現できるそうです。創造的模倣を行う者が動き出す頃には、市場はすでに確立し、製品が市場で受け入れられているという特徴があります。これは、すでに存在する需要を満たす動きであり、需要そのものを生み出すものではありません。

それでは、2年連続で家電メーカーでもテックカンパニーでもないP&GがCESに出展し、テクノロジーに注力していることをどう捉えればよいのか。私は、ビジョナリーカンパニーが未知なる市場に対して先駆的に動いていると捉えるのではなく、彼らが動いたということは、これまでテクノロジーと直接、関係のなかったあらゆる企業にとって、テクノロジーに勝算があることは確約されたと見てよいのではないかと感じます。

全ての企業が、既存ブランド・既存事業にテクノロジーを“足す”ことで、顧客体験を再発明できるというわけです。

P&Gからは6つのブランドの取り組みが紹介された。写真は、パンパースの説明をするファマ・フランシスコ氏。

企業はどのように、ブランド体験を再発明していけばよいのでしょうか。その考え方のヒントとなるものがP&Gのプレス向けカンファレンスの会場にありました。会場には、6つのブランドが展示されていたのですが、各ブランドの展示の裏側には“1ページメモ”なるものが貼ってありました。箇条書きで5~8つくらいの紹介文が簡潔にまとめられていたのですが、このメモから彼らがどのような思考回路で既存事業のブランド体験の再発明に取り組んできたのかが伺えます。

例えば「パンパース」。このメモを読み解くと、その思考回路は、①赤ちゃんをケアする体験を再発明すると設定した上で→②そのためには世界初のオールインワンの赤ちゃんケアシステムをつくり出す→③具体的にはセンサーと共にビデオモニターを取り入れて、リアルタイムかつ全方位的に赤ちゃんの眠りや授乳、おむつ着用のパターンを把握できるようにする→④毎日24時間データを得られるので、自分の赤ちゃんにとって最適な対応方法を検討できる→⑤その結果。

これまで勘に頼った対処しかできなかったのに、データを踏まえることで赤ちゃんのニーズを予想できるようになり、家族のリズムをつくり上げることができる、という形でまとめることができるのではないかと思います。

各ブランドの展示の裏には1枚のメモが貼られている。6つのブランドそれぞれに添付されていた。

まず①どんな体験を再発明したいのか。そのために、②どういう戦略で他社と差別化し、③具体的な戦術を実行し、その結果として、④顧客が得られるベネフィットは何で、最終的には⑤どうブランド体験を再発明できるのか、というステップで検討すればよいと整理できるのではないかと思います。

ここで注目したいのは、③の具体的な戦術のアウトプットは、すでにCESに出展しているスタートアップが過去、取り組みを紹介しており、画期的な印象はないということです。ですから、具体的なアウトプットだけに焦点を当てるのではなく、ブランド体験をどう再発明するのかという全体視点で整理することで、取り組む価値を関係者に伝えやすくなり、実施の承認も得られやすくなるのではないかと思います。

これらは、おそらくP&Gのグローバル本社の取り組みだと思われますが、たとえ本社内とはいえ巨大企業で社内承認を得るのも容易くはないはずです。にも関わらず、6つの取り組みを1年でここまで形にしてきた実行力とスピードは学ばなければならないと感じます。

具体的な戦術、実施内容は他のスタートアップの二番煎じ感があることを否めないが、ブランド体験を再発明するという全体の整理の仕方は秀逸。

今後ブランドオーナーにとって、既存事業にテクノロジーを足して既存事業のブランド体験を再発明するという取り組みに可能性があるのではないでしょうか。

「Oral-B」の展示の裏にもパンパースと同じく、“1ページメモ”が貼りだされていた。

玉井博久

広告会社側(リクルートとTUGBOAT)のクリエイティブと、広告主側(グリコ)のブランド構築の両方の経験を生かして、デジタルを活用したマーケティングイノベーションをプロデュースし、カンヌライオンズなど受賞多数。現在グローバルブランドPockyの全世界の広告を統括し、売上に貢献。またシンガポールに駐在し、ASEANのECビジネスを立ち上げる。著書『宣伝担当者バイブル(宣伝会議発刊)』は若手マーケター・宣伝部員・広告会社社員に好評。