母の日がつらい人のために 渋谷上空のアドバルーンが投げかける問い

葬儀サービスを展開するむじょう(東京・目黒)とアーティストの中澤希公氏(東京藝術大学大学院修士1年)は、母の日に合わせたパブリックアート作品「晴れでもあり、雨でもある。」を5月8日から10日までの3日間、東京・渋谷の上空に掲揚する。

中澤氏が自身の体験を基に始めたプロジェクトで、むじょうが主催する「死んだ母の日展」の関連企画である。祝祭の象徴であるアドバルーンを用い、母の日の起源である「亡き母を偲ぶ日」という側面と現代の商業的な広がりを対比させながら、社会に存在する多様な感情を可視化する試みである。

「当たり前」への違和感から生まれた「死んだ母の日展」

企画の起点には、アーティストである中澤希公氏の原体験がある。中澤氏は14歳の時に母親を乳がんで亡くした。闘病期間が長かったこともあり、死そのものに対して強い悲しみがあったわけではなく、むしろ母親が亡くなってから「母の日」が最もつらい一日になったという。

その背景には、母の日が近づくと街に溢れる「お母さんにありがとうを言いましょう」という広告や、SNS上で感謝の投稿が当たり前になる社会の空気とのズレがあった。社会の中で母親がいることが当然とされ、その「当たり前」から外れた自身がいることに違和感を覚えた。友人が母親へのプレゼントの写真をSNSに投稿するのを見るたびに、自分はそれができないという現実を突きつけられ、母親の不在を再認識させられる日だったと振り返る。

この感覚をSNSで発信したところ、「私もそう思っていた」という共感のコメントが多数寄せられた。中澤氏は「自分だけじゃないんだ」という安心感を得るとともに、多くの人が同様の感情を抱えているのであれば、新しい母の日の過ごし方を提案できるのではないかと考えた。これが、天国にいる母親へ手紙を書くオンライン展示「死んだ母の日展」の始まりである。

2022年から開催されているオンライン展示「死んだ母の日展」

オンラインからリアルへ、そしてパブリックな空間へ

「死んだ母の日展」は、2022年にオンライン展示として始まった。天国にいる母親へ宛てた手紙を匿名で投稿・公開できるプラットフォームであり、これまでに2000通を超える手紙が寄せられている。投稿の際には、亡くなった母親の享年と死別当時の自身の年齢が記され、来場者は自分と近い境遇の手紙を探して読むことができる設計となっている。

活動はオンラインにとどまらない。より多くの人にメッセージを届けたいという思いから、リアルな空間での展開も模索してきた。2022年には、亡き母を偲ぶ花とされる白いカーネーションを1059(てんごく)本、渋谷の街で配布。街が赤いカーネーションの広告で彩られる中で、母の日のもう一つの側面を提示した。この取り組みは社会的な注目を集め、「GOOD DESIGN NEW HOPE AWARD 2022」で優秀賞を受賞した。

その後も、SNSでの認知拡大やメディアでの紹介を経て、2024年にはロンドン芸術大学のGlove Galleryで個展「Wait for me, see you again」を開催。2025年には代官山のアフロードクリニックでリアル展示「死んだ母の日展―すって、はいて、たしかに、そこに」を実施するなど、国内外で表現の場を広げてきた。これらの活動は、私的な感情を社会にひらく試みとして段階的にスケールを拡大してきた。

街中が真っ赤な広告で彩られる母の日に、1059本の白いカーネーションを渋谷で配布。白いカーネーションは亡くなった母を偲ぶ花として知られている。家族構成は一様ではないという問いを投げかけ、記念日の再構築を試みた(2022年実施)

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