AIの進化が顧客接点のあり方を根底から覆す今、自社のコンテンツはAIに「引用」されているだろうか。顧客体験の最適化とROI(投資対効果)の最大化という難題に直面する企業に向け、アドビとLIXILの実践知から解を探る。この課題に対し、先進企業の知見から実践的な視点を探るべく、4月16日にアドビと宣伝会議は共同でラウンドテーブル「AIが再定義する顧客体験とROI— Customer Experience Orchestration最前線 —」を開催した。基調講演、パネルディスカッション、ワークショップを通じて交わされた、AI時代のマーケティングの次の一手をめぐる議論の模様をレポートする。
AIが好むコンテンツの本質――「E-E-A-T」の重要性
第一部の基調講演では、アドビ ジャパントランスフォーメーション本部 ディレクターのマニッシュ・プラブネ (Manish Prabhune) 氏が登壇。「AI時代のマーケティング:顧客体験の「再設計」が成果を分ける」と題し、AI時代に求められるコンテンツの本質について語った。
プラブネ氏はまず、現代社会が情報過多にあり、生活者の集中力が著しく低下している現状を指摘。この状況下でブランドが生活者に情報を届けるためには、従来の手法を抜本的に見直す必要があると述べた。
その一つの答えとして、プラブネ氏は自身の体験を披露した。1960年代のインド映画『LOVE in TOKYO』のロケ地を50年後に訪ね歩いた自身のブログ記事が、インドの主要新聞に取り上げられ、月間300万人の訪問者数を記録したという。この成功の要因を、プラブネ氏は「E-E-A-T」というフレームワークで分析する。これは、Experience(体験)、Expertise(専門性)、Authority(権威性)、Trust(信頼性)の4要素を指し、これらを担保したコンテンツこそが、AIに好まれ、評価されるのだという。
Generative Engine Optimization(GEO)の鍵となる「E-E-A-T」の概念図
「生成AIでコンテンツを効率よく作るという話ではなく、作られたコンテンツがAIに好まれるかどうかが重要になる」とプラブネ氏は語る。これは「Generative Engine Optimization(GEO)」、すなわち生成AIエンジン最適化の考え方であり、これからのコンテンツ戦略の核となる。もはや「AI is not a channel, AI is a persona(AIはチャネルではなく、ペルソナである)」と捉え、AIという新たなペルソナにいかにして自社のブランドを引用してもらうかを考える時代になったのだ。
AI時代の顧客期待に応えるための4つの設計とは
続いて、アドビ プロフェッショナル事業本部 コンテンツビジネス&テクノロジー統括本部 統括本部長の永島充氏が登壇。AIによって変化した消費者の期待に応えるための具体的な方策を提示した。
永島氏は、ChatGPTの週間アクティブユーザーが9億人に達したこと、AIによる回答が表示される検索結果では80%のユーザーがサイトをクリックしない「ゼロクリックサーチ」が起きていること、そして71%の消費者がパーソナライズされた体験を当然と捉えていること、という3つの数字を挙げ、消費者の期待値が劇的に引き上がっていると説明。その期待値を「早く」「自分に合っていて」「考えなくていい」「完成度が高い」という4つの軸で整理した。
しかし、多くの企業ではAIを導入したものの、これらの期待に応えられていない現実がある。永島氏はその原因を分析し、解決策として4つの「業務の再設計」を提唱した。
第一に、AIが参照すべき信頼できる情報源「Single Source of Truth(SSOT)」を定義すること。第二に、チャネルを横断して顧客データをリアルタイムに統合し、適切なアクションにつなげる「顧客の統合基盤」を構築すること。第三に、顧客の意図(インテント)に基づき、一斉配信からイベントトリガー型のコミュニケーションへと移行すること。そして最後に、AIの生成物を人間がどうレビューし、承認するのかという「Human_in_the_Loop(HITL)」のプロセスを明確にすることである。これらの再設計なくして、AIの真価は発揮されないと永島氏は強調した。
事例として、ある自動車会社のケースが紹介された。同社はAIに読みやすいようコンテンツを整備したが、引用率は上がらなかった。アドビの「LLMオプティマイザー」で分析したところ、AIエージェントの71%がサイトの応答速度の遅さを理由に情報を取得せずに離脱していたことが判明したという。「AIの集中力は人間よりも低い」ため、サイトパフォーマンスの最適化もブランドビジビリティ(可視性)に直結することが改めて示された。
なぜLIXILはCOO直下にCX部門を置くのか
第二部のパネルディスカッションではLIXIL 常務役員CX部門リーダーの安井卓氏を迎え、AI導入のリアルな現在地について議論した。
パネルディスカッションに登壇したLIXILの安井氏(左)とアドビのプラブネ氏(右)
安井氏が率いるCX(カスタマーエクスペリエンス)部門は、ショールームやWebサイト、カスタマーサービスなど、LIXILのエンドユーザー接点全般を統括するCOO直下の組織である。この組織体制の背景には、国内ビジネスの主戦場が新築からリフォームへと移行したことにあると安井氏は説明する。リフォーム市場ではエンドユーザーの意思決定がより重要になるため、これまでの流通などBtoB向けの施策よりも、BtoC視点での体験価値向上が不可欠となったのだ。
顧客体験向上からリードタイム短縮へ――LIXILのAI活用事例
LIXILでは、すでにAIを活用した具体的な取り組みが進んでいる。安井氏は3つの事例を紹介した。一つ目は、コールセンターでのAI活用だ。顧客との会話をリアルタイムで分析し、オペレーターの画面に最適な応答や提案のヒントを提示することで、特に経験の浅いオペレーターの応対品質を底上げし、組織全体のパフォーマンス向上に貢献している。
二つ目は、過去のオンラインショールームの接客動画データをAIに学習させ、「新人のコーディネーター以上のヒアリング力」と評価されるAIエージェントを開発したこと。三つ目は、顧客が撮影したリフォーム前の自宅の写真と商品の3DモデルをAIで融合させ、リフォーム後のイメージをその場で可視化するサービスだ。これにより顧客の不安を払拭し、意思決定を後押ししているという。
これらの取り組みは、顧客体験の向上だけでなく、ビジネス上の効果にもつながっている。安井氏は「うまく使っている人たちほどリードタイムが短くなっています」と述べ、商談開始から契約までの期間短縮という具体的な成果を明かした。この点についてプラブネ氏は、BtoB企業においてリードタイムの短縮が新たな重要KPIになりつつあると指摘し、LIXILの先進性を評価した。
AI時代、マーケターに求められるスキルセットとは
議論は、AIの浸透が生活者の行動やマーケターの役割をどう変えるかというテーマへと移った。安井氏は、自社のFAQページのアクセスが減少していることに触れ、多くのユーザーが企業のサイトを訪れる前にAIで問題解決を済ませている実態を指摘。プラブネ氏も、アドビがPDF資料のダウンロードに必要な登録フォームを撤廃した例を挙げ、マーケティングのKPIを「顧客体験」中心に再定義する必要があると語った。もはや情報を囲い込むのではなく、AIに引用されやすい形でオープンにすることが重要になる。
では、こうした時代にマーケターには何が求められるのか。安井氏は「自分自身が持つノウハウや知見を、AIがわかる形に形式知化し、オープンにしていくマインドセットとスキルセット」が重要だと語る。一方、プラブネ氏は、AIの登場によって「顧客理解」というマーケティングの原点に立ち返ることが可能になったと述べ、むしろマーケターにとって明るい時代が到来したとの見方を示した。
自社の現在地を可視化する――AI成熟度診断
第三部では、アドビプロフェッショナルサービス事業本部 エンタープライズアーキテクチャ担当部長の澤田諒介氏と、アドビカスタマーソリューションズのサポート&サービスセールス統括本部 統括本部長の田口恭平氏がファシリテーターとなり、ワークショップを実施した。
ワークショップの冒頭で説明を行うアドビの澤田氏(左)と田口氏(右)
米マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査によれば、90%の企業が業務で生成AIを利用しているものの、それを業務フローに統合できている企業はわずか7%に過ぎない。このギャップを埋めるため、参加者はまず「生成AI組織成熟度診断」を用いて自社の現在地を可視化した。「戦略・リーダーシップ」「AI活用基盤」「マーケティング・CXへの活用度」など8つの軸で自社の状況を5段階評価し、その結果を基にグループディスカッションを行った。
8つの項目で自社のAI成熟度を診断し、その後グループに分かれてディスカッションを行った
診断で見えてきた課題――「価値の可視化」と「CXインパクト」
診断結果の全体集計からは、多くの企業で「AIの利用基盤の整備度(Foundation)」は進んでいる一方で、「価値の可視化(Value)」と「マーケティング業務への導入(CX Impact)」が課題となっていることが明らかになった。
澤田氏は、これらの課題を乗り越え、組織の成熟度を上げるためのアイデアを提示した。ROIについては、AIの導入有無による収益インパクトを比較するA/Bテストのような発想ではなく、業務効率化や社員満足度の向上といった多角的な指標で「効果を定義する」ことが第一歩だと語る。なお、アドビではこの成熟度診断をエントリーポイントとして、戦略立案から技術実装・効果測定まで一気通貫で支援するサービスを提供している。自社のAI活用の現在地を把握したい企業は、まず診断から始めることができる。
今回のラウンドテーブルで語られたテーマ―GEO対応、顧客データ基盤の整備、組織のAI成熟度向上―はいずれも、一社で抱え込むには難しい変革だ。デジタルマーケティングから顧客体験設計、AI実装まで、アドビカスタマーソリューションズはその全域にわたってパートナーとして伴走する。
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