富裕層マーケティングはどこに向かうのか? 「何を持つか」から「どの文化や価値観とつながるか」へ――コンデナストが示した新しいラグジュアリー

CONDÉ NAST JAPAN(コンデナスト・ジャパン)は6月2日、企業のマーケティング担当者を対象にしたクローズドセミナー「富裕層マーケティングはどこに向かうのか ― “文化体験”がブランド価値を決める時代へ」を開催した。

開催に先立ち、挨拶に登壇したコンデナスト・ジャパン マネージング・ディレクターの藤原 総一郎氏

日本国内は人口減少が進む一方で、富裕層人口は拡大を続けている。多くの企業にとって、新たな富裕層との接点づくりやロイヤル化は重要な経営課題となっている。しかし、その一方で「高価格」「限定」「VIP向け優待」といった従来型のマーケティング施策だけでは、他社との差別化が難しくなっているのも事実だ。

本セミナーでは、コンデナスト・ジャパン・コマーシャルクリエイティブ Head of Creative Strategyの秋山奈央氏と、Head of Creativeの佐野未代子氏が登壇。 『VOGUE JAPAN』、『GQ JAPAN』、『WIRED』日本版を通じて培ってきた知見をもとに、新しい富裕層の価値観とブランド戦略について語った。

さらに、セミナーではアメリカン・エキスプレス・インターナショナルとベントレー モーターズ ジャパンの2社をゲストに迎え、富裕層顧客との関係構築の最前線についても議論が行われた。

セミナー全体を通じて浮かび上がったのは、「ラグジュアリー」の意味そのものが変化しているという事実だった。

富裕層マーケティングが効かなくなったのではない 変化する富裕層の価値観

秋山氏からは、多くの企業から寄せられる課題として、「従来のマーケティング施策が効きづらい」「富裕層施策を実施していても指名されるブランドになれていない」「高価格やVIP優待だけでは差別化できない」「新しい富裕層との接点がつくりづらい」といった悩みが紹介された。

その背景にあるのが、富裕層の価値観の多様化である。コンデナストでは近年、富裕層へのインタビューや定性調査を重ね、「バイタリティ溢れる事業オーナー富裕層」「富の受け継ぎ若年ゆとり富裕層」「ハイエンドさとり富裕層」といった特徴的な層を分析してきた。しかし秋山氏は、「重要なのは分類そのものではない」と語る。

具体的には資産額や職業が異なっていても、新しい富裕層には共通する価値観が存在するという。

新しい富裕層を動かす5つの価値基準

秋山氏は、新しい富裕層に共通する価値基準として5つのポイントを提示した。

第1は、「自分の価値観がものさし」であることだ。かつての富裕層消費には、社会的ステータスや周囲からどう見られるかという側面があった。しかし、現在の富裕層は流行や他者評価ではなく、自分自身が本当に価値を感じるかどうかを重視する傾向が強い。

第2が「背景にあるストーリーや意味を重視する」ことだ。商品やサービスの機能ではなく、そのブランドがどのような思想や歴史を持っているのか、どのような文化的背景を持っているのかが重要な判断基準になる。

第3は、「信頼できる人・場を重視する」ことだ。富裕層は不特定多数が集まる場所よりも、信頼できる人物やコミュニティとの接点を求める。限定性そのものではなく、「誰が主催しているのか」「どのような人が集まるのか」が重要になる。

第4は、「感性や教養を更新したいという欲求」である。アートや文化、芸術への関心が高く、自分の感性や知性を磨くための投資を惜しまない。休日の時間の使い方においても、新しい知識や価値観との出会いを求める傾向が見られるという。

そして第5が、「無駄な時間や無駄な消費を嫌う」ことだ。豊富な資産を持ちながらも、彼らは決して浪費家ではない。経験を積んでいるからこそ、本当に価値のあるものを見極めようとする。

秋山氏は、「これからの富裕層マーケティングは、資産額で分類するのではなく、この価値観を理解することから始まる」と語った。

実務の最前線でも見えている価値観の変化

後半セッションではアメリカン・エキスプレス・インターナショナル、ベントレーモーターズの2社のマネジメントも登壇。アメリカン・エキスプレス・インターナショナル カード事業部門 上席副社長の水村直美氏は、会員向けの体験設計やカード商品の開発や会員向けイベント、ポイントプログラムなどを統括する。またベントレー モーターズ ジャパン ブランドディレクターの遠藤克之輔氏は、世界有数のラグジュアリーカーブランドとして富裕層顧客との長期的な関係構築を担っており、2人の実践知は、セミナー参加者に対して新しい示唆を提供することになった。

秋山氏は、新しい富裕層の特徴として「信頼できる人や場を重視する」ことを挙げたが、水村氏もそれを裏付ける発言をしている。

「アメックスに信頼をしていただいているので、アメックスが手掛けるので行ってみようと思ってくださる方もいる」(水村氏)

アメリカン・エキスプレスでは、F-1観戦や京都・清水寺の貸し切り、「都をどり」の貸し切り公演体験など、会員向けの特別なイベントを数多く企画している。しかし参加者が価値を感じているのは、体験の希少性だけではない。「アメックスが提供する企画だから参加する」という信頼そのものが参加動機になっているという。

これは、コンデナストが示した「Trusted Circle(信頼できる人・場)」という価値基準を象徴する事例と言えそうだ。

「自分の価値観がものさしになる」という秋山氏の分析については、遠藤氏が共感を示し、「そのブランドを選ぶお客さま自身が、自分がそれを本物と思うかどうか。そういう意味でのオーセンティシティがブランドに対して求められていると思います」と発言している。

さらに、遠藤氏は「お客さま自身が持っている価値観、それは本当にオーセンティックなもので、そういった価値観をどうやって我々自身が合わせていけるか?」と発言。ブランド側が価値を定義するのではなく、顧客自身が意味を見出せるかどうか。その考え方は、秋山氏が提示した「Self-defined(自分の価値観がものさし)」と重なるものだった。

ラグジュアリーは「所有」から「文化」へ

こうした富裕層の価値観の変化さらに多様化に伴い、ラグジュアリーの定義そのものも変わりつつある。かつてのラグジュアリーは、ステータスやブランド名、人目を引くこと、所有することに価値が置かれていた。しかし現在は、自己表現や文化的信頼性、本物性を重視し、自ら価値を選び取る行為へと変化しているからだ。

秋山氏は、「富裕層はブランドから価値を与えられる存在ではなく、自ら価値を選び、編集する存在になっている」と説明する。この変化を象徴する言葉として出てきたのが「ラグジュアリーとは何を持つかではなく、どの文化や価値観とつながるか」というメッセージだ。

ここでいうラグジュアリーとは、高価なモノのことではない。新・富裕層が求めるラグジュアリーとは、自分自身の感性や知性、人間関係や経験を豊かにするための投資であり、その目的は文化との接続にあるというのがコンデナスト・ジャパンの見立てだ。

コンデナストが展開するメディアブランドに共通すること

この考え方は、コンデナストが展開する3つのメディアブランドにも共通している。『VOGUE JAPAN』が提案するのは、美意識や教養を磨き続けること。『GQ JAPAN』が描くのは、知的好奇心を持ちながら自分らしいスタイルを追求する生き方。『WIRED』日本版が提示するのは、テクノロジーや社会の変化を横断しながら未来を考える視点である。

一見すると異なるテーマを扱うメディアだが、共通しているのは商品そのものではなく、文化や知性、人とのつながりを提供している点だ。

秋山氏は、「私たちは単なるラグジュアリーメディアではなく、カルチャーメーカーとして文化をつくっている」と説明する。ファッション誌という印象を持つ人も少なくないが、コンデナストが見ているのは衣食住にとどまらない。アート、テクノロジー、ビジネス、社会までを含めた広義の文化と言えそうだ。

ブランドに求められるのは「文化的体験設計」

こうした変化を踏まえ、秋山氏は企業に求められる新しいアプローチとして「文化的体験設計」を提唱した。

ブランド価値は、「商品・サービス」→「背景にあるストーリーや文脈」→「文化体験」という三層構造によって形成される。

また、その文化体験は「Learn(知る)」「Connect(つながる)」「Experience(体験する)」によって構成されるという。

単に商品を説明するのではなく、その背景にある思想や歴史、人との出会いまで含めて設計することが重要だという考え方だ。

佐野氏からは、高級時計ブランドとアートコミュニティを結び付けた事例や、ラグジュアリーホテルの価値を文化的文脈から再編集したコンテンツ事例なども紹介された。そこに共通していたのは、商品を売ることではなく、そのブランドが持つ世界観や文化的価値を体験として届けることだった。

「モノ」ではなく「記憶」を提供するブランドへ

秋山氏が提唱した「文化的体験設計」は、実際に富裕層向けビジネスを展開する企業の考え方とも一致していた。

水村氏は、近年の会員の価値観変化について、以下のように語った。

「モノを所有することよりも、どんな経験ができるかとか、どんな意味があるのかというころに関心がシフトしている。それゆえ、商品を売るというよりは関係性をどうつくっていくか。そのお客さまの人生の中で、どういう記憶に残るブランドになっていくのかが、すごく大事だと考えている」(水村氏)

また遠藤氏も、顧客との関係性を語る中で印象的なエピソードを紹介した。ある開業医の顧客が、ベントレーについて「決して妥協しないとか、常に努力し続けるという姿勢を、ベントレーの中に自分は見ている」と語ったという。遠藤氏は、「それがこの人の価値観、そのダイヤルが合った瞬間なんだなと感じた」と振り返る。

顧客が購入しているのは単なる自動車ではない。ブランドの背景にある思想や哲学への共感なのである。

そして遠藤氏は、これからのラグジュアリーブランドに求められる条件として、「ワントゥーワン、お一人お一人にどれだけ寄り添うことができるのかだと思います」とも語った。

これは、資産額や属性ではなく、一人ひとりの価値観を理解し、その人にとって意味のある体験を提供することが重要だという、コンデナストの提言を実務の視点から裏付ける発言だった。

コンデナストが示した「文化」という視点

今回のセミナーで印象的だったのは、富裕層を資産額や属性ではなく、「価値観」から捉えようとしていた点だ。

富裕層マーケティングというと、高価格帯の商品やサービスをどのように届けるかという議論になりがちだ。しかし、コンデナストが提示したのは、そうした従来の発想とは少し異なる視点だった。

秋山氏が繰り返し語っていたのは、現在の富裕層が求めているのは単なる所有ではなく、自らの価値観を豊かにする経験や、人や文化とのつながりだということだ。

その考え方は、『VOGUE JAPAN』、『GQ JAPAN』、『WIRED』日本版という同社のメディアブランドにも通じている。ファッション、自動車といった個別の商品カテゴリーを扱いながらも、その背景にある文化や思想、ライフスタイルまで含めて提案してきたのがコンデナストの特徴だ。

ファッションだけでなく、アートやテクノロジー、ビジネス、社会の変化までを含めて文化として捉える。その視点から新しいラグジュアリーや富裕層の価値観を見つめていることが、今回のセミナー全体を貫くメッセージだったように感じられた。

また興味深かったのは、アメリカン・エキスプレスやベントレーといった実際に富裕層顧客と向き合うブランド企業の発言が、その考察と重なっていたことだ。水村氏は「どんな経験ができるか」「人生の中でどんな記憶に残るブランドになるか」を重視すると語り、遠藤氏は「顧客自身が本物だと思えるかどうか」「一人ひとりにどれだけ寄り添えるか」が重要だと語った。

こうした発言からも、富裕層マーケティングのテーマが「高価格帯の商品をどう売るか」から、「価値観や文化とどうつながるか」へと広がっていることがうかがえる。

ブランドと顧客との関係性が変化するなかで、企業は何を提供し、どのような体験を設計していくべきなのか。

今回のセミナーは、その問いを考えるうえで多くの示唆を与える場となった。

お問い合わせ

合同会社コンデナスト・ジャパン

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