言葉にならないイメージを、みんなで見る。MIXIが”Fireflyボード” で変えたクリエイティブチームの合意形成

生成AIの導入効果として語られやすいのは、制作時間の短縮やコスト削減だ。しかし、その本質的な価値は、アイデア創出や意思決定のスピードを高め、クリエイティブ人材がより上流の事業課題に向き合える環境をつくることにある。

「全社AI利用率99%」という数字を達成し、AIネイティブなものづくりへと組織をトランスフォーメーションさせているMIXI。同社のAI推進を牽引するCAIOの村瀨龍馬氏と、CDO兼デザイン本部長の横山義之氏に、現場のクリエイティブプロセスを変えた「Adobe Fireflyボード」の活用とAI時代における組織のあり方を聞いた。

「AIを使うかどうか」の議論は終わった

━━MIXIの先進的なAI推進の取り組みはすでに知られていますが、CAIO(最高AI責任者)というポジションを設けたのはこの8月のことです。一方で、CDO(最高デザイン責任者)は2023年から存在します。経営において、AIやデザインをどう位置づけているか、当事者のお2人に伺います。

村瀨:「AIを使うかどうか」「いかに社員に浸透させるか」の議論はMIXIではすでに終わっています。今は「AIを活用して、いかに平均に飲まれず、アウトプットに『自分たちらしさ』を出すか」というフェーズにあります。

AIによって、モノを作る時間もコストも小さくなるのは事実です。しかし、より重要なのは、会議や合議のあり方、そしてリーダーシップといった組織の根幹まで改革していくこと。クリエイターたちが「自分たちの独自の価値は何か」を自問自答し、本来の才能をフルに発揮できる環境を一刻も早くつくるのがCAIOとしての私の目的です。

MIXI 取締役 上級執行役員CAIO 村瀨龍馬 氏

MIXI 取締役 上級執行役員CAIO 村瀨龍馬 氏

横山:エンジニアリングの分野では、AIによる生産性の向上が数値化しやすく、経営陣もメッセージとして発信しやすいですよね。一方で、私たちデザイナーが担うべきなのは、ビジュアルや表現といった「数字で表しにくい価値」をAIによってどう変わるかを示すことだと考えています。

CDOとしては、創造性と生産性の向上の両方をあきらめないというメッセージを発信し続けています。デザインの価値がブラックボックス化し、「デザイン部門はあるけれど、何をしているかよく見えない」という状況を回避し、デザインが経営と連動する状態をつくることが私の使命です。

━━現在のクリエイターたちが抱えている課題をどう捉えていますか。

横山:チャネルが爆発的に増え、見る場所や文脈に合わせてデザインを最適化しなければならない時代になりました。しかも、それを「効率よく、速く、大量に」求められるというプレッシャーを抱えています。その結果、新しいものづくりに時間が割けず、調整作業にばかり追われてしまう。「変わらなきゃいけないのは分かっているけれど、どうすればいいか分からない、身動きが取れない」というのが、以前のデザイン現場のリアルな状態だったと思います。

MIXI 執行役員CDO デザイン本部長 横山義之 氏

MIXI 執行役員CDO デザイン本部長 横山義之 氏

村瀨:AIの登場自体が社会や会社にとっての巨大な課題であり、チャンスでもあると捉えています。「仕事が半減するかもしれない」と聞くと恐怖を感じるかもしれません。誰しもが不安を感じる時期だからこそ、私や横山が、「こういうキャリアや、新しいやり方が生まれたよね」と道を示し続けることが重要だと思っています。

「Fireflyボード」が変えたクリエイティブプロセス

━━MIXIでは生成AIの活用を積極的に推進されていますが、数あるツールの中で、なぜ「アドビ」を本格導入されたのでしょうか。

横山:理由は3つあります。1つ目は、学習データの出所が信頼でき、商用利用において安全であること。2つ目は、日頃使っているアドビのツール内にAI機能が組み込まれており、ブラウザや別アプリに切り替える必要なく自然に業務へ取り入れられたこと。3つ目は、クリエイターのものづくりに寄り添っている点です。生成された複数の案から「こっちだな」と選んで深掘りしていく作業は、まさに私たちが普段やっているデザインのプロセスそのもの。相性が非常に良かったですね。

━━「Adobe Fireflyボード(以下、Fireflyボード)」も活用されていますが、一般的な画像生成ツールとは何が違うのでしょうか。導入によって、現場のプロセスはどう変わりましたか。

横山:最大の価値は、「言葉でアイデアを説明し合う会議」が「同じキャンバスを見ながらビジュアルでフィードバックする場」へと変わったことです。

今までは、ビジネスサイドから言葉で要望を受けても真意が汲み取れず、後になって「なんで今さらそんなこと言うの⁉」となってしまうこともよくありました。Fireflyボードを使えば、大きなキャンバス上に様々な素材や途中のアイデアが並びます。企画担当者も事業責任者も、そのビジュアルを見ながら「こういう着地点をイメージしているのね」と直感的に共通認識を持てるようになりました。「言葉ではうまく伝えられなかったけれど、AIで生成したこのイメージを見てほしい」とビジュアルで会話できるようにもなったので、コミュニケーションのロスが減った実感がありますね。

撮影前にビジュアルでの合意形成が可能に

━━実際のプロジェクトで、Fireflyボードはどのように活きていますか。

横山:2026年3月公開のブランドムービー制作が象徴的です。当社のタグラインである「心もつなごう。」をテーマに、スマホでのつながりが現実の温かい触れ合いへと広がる様子を描いた、ショートフィルム仕立ての動画です。この制作で、撮影前の段階からFireflyボードを活用しました。

従来の制作では、まず簡単な絵コンテを描き、「あとは現場で監督やスタッフとすり合わせながらつくっていこう」というのが一般的でした。しかし今回は、事前にボード上で「ここのアングルはどうするか」「どんなシズル感がベストか」といった詳細なビジュアルをチーム全員で生成し、検証を重ねることができました。準備の精度が格段に上がりましたね。

さらに、その過程で生まれた膨大な“ボツ案”もボード上に残るので、それを見ながら「あの時捨てたアイデア、これと組み合わせれば面白いのでは?」といった創造的な議論も自然に生まれます。「会議室に集まって言葉で説明し合う」文化自体がいらなくなるかもしれないと感じるほどの変化です。

Fireflyボードには、案件ごとに素材や過去に出したビジュアル案などを一覧できるのが特長。チームメンバー間での共有や議論も容易にできる

横山:”思考のプロセス”が見える化された恩恵は大きいですよね。デザイナーには「隠して神秘的な方がセンスがある」という作家性のようなものがあり、デザイン変更の経緯はブラックボックスになりがちでした。しかしFireflyボードを使えば、「このアイデアから始まり、どんなプロンプトや会議を経て最終デザインに至ったか」というログが残ります。

村瀨:役員やCDOが「なぜこのクリエイティブになったのか」と説明責任を果たす上でも、強力な武器になる。

横山:AI導入の初期は、コンプライアンスの観点から「すべての生成記録を残すように」と現場に求めたところ、本来の仕事以外の負担が増えるため「正直やってられない」と敬遠されることもありました。しかしアドビのツールなら、意識せずともプロセスが自然に残るので、ガバナンス面でも助かっています。

つくる人から「事業を構想する人」へ

━━AIによって作業が“短縮”された結果、クリエイターの働き方はどう変わりましたか。

村瀨:作業時間の短縮は劇的に進んでいますが、「1週間の作業が1日になったから、残りの日は休もう」という話ではなく、「さらに3日間かけて徹底的にこだわる」のか「残り時間で新しいスキルを学ぶ」のか。選択肢が増えたことが一番の変化です。モーションアクターの勉強を始めたり、コードの知識がなくてもプラグインを自作し、エンジニアを挟まずに思った通りのものを実装したりするデザイナーも出てきています。

横山:職能の枠を超えて「今のAI技術ならこんな新しい体験がつくれませんか」と事業側に提案できる幅が広がっていますよね。「検証の時間がありません」という言い訳ができなくなり、受け身の制作組織から脱却して、自らビジネスのアイデアを仕掛けていく好循環が生まれつつあります。

━━最後に、AI導入にまだ踏み切れていない企業へ向けてメッセージをお願いします。

横山:他社の方とお話しすると「ブランド毀損リスクを恐れて舵を切れない」「マネジメント層に成功体験がなく現場に時間を与えられない」という悩みを多く聞きます。しかし私たちは、「変化しないと会社が持たない」という逆のリスクの方が大きいと考え、走り抜けてきました。

自分たちから踏み出さないことのリスクは、社会的な懸念よりもはるかに大きいです。「AIが進んでいるか遅れているか」ではなく、“その会社なりの勝ちパターン”をいかに早く見つけ、積み上げていけるかが勝負だと思っています。

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