コラム

パリから作る、日本ブランドの作り方

「人を思う時間」をつくる

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MIWA(※MIWAについては第一回目のコラムをご参照ください)では色々なものお包みしている。持ち込まれる品物は結婚式のためのジュエリーやiPhoneなど、古いもの新しいもの、貴重な一点ものから大量生産の製品までさまざまだ。

日本ではものに魂が宿ると思われている。この感覚は日本人には広く共有されていて、茶道や華道でもその感覚が前提となっているのではないかと感じる。これらの道でものを丁寧に扱っているのを見るにつけ、その思いは深まる。
あらゆるものに魂が宿っているとする考え、つまりやおよろずの神がいると信じる感覚は、元々神道のものである。

神道で言う神は、英語のgodとは違う。godは万物をcreate(創造)した存在だが、日本では万物はgenerate(生成された、発生した)した存在。この認識がキリスト教と神道では大きく違う。日本人にとって自然は勝手に生えてきた苔のようなもの、という感覚だが、キリスト教では万物全てはgodがおつくりになったもの、なのだ。

MIWAに贈り物として持ち込まれるものはさまざまだが多くは、iPhoneやワインなどのように、唯一無二と呼べるものではない。
しかし、送り手の相手への心は、複製不可能で唯一無二なもの。贈り物を贈る行為で一番大切なのは、その心のコミュニケーションだと思う。心のコミュニケーションがなければ、それは単なるモノの移動になってしまう。
だからMIWAは贈り物をする人が、贈り物や相手へ思いを馳せ、心を醸成させることの出来る時間と場所でありたいと思っている。

どれだけインターネットが発達し情報が瞬時に共有され、世界の物流が早くなっても、心を落ち着かせ、深く思いを巡らせるためには、特別な時間と場所が必要だ。そのためには日常とは全く別の時間軸に身を置くことが必要だと思うのだが、この時間と場所は現代の時間経済効率至上主義の中で失われつつある。
最近のフランスでは、教会に行く人が減っているという。30年前に国民の約70%は熱心なキリスト教信者(日曜日のミサに行く人)だったが、今やその割合は20%を切っているという統計がある。
フランス人が教会に行かなくなったことは、時間経済効率至上主義のそれと関係しているのではないだろうか。MIWAはその特別な場所たり得るために、毎日神棚をお祀りし、お清めをし、心を込めて掃除をしている。
MIWAがサービスとして行なっていることは、神道的な考えに基づいてはいる。しかし、当たり前だが神社ではないので、神社で通常するような合格祈願や商売繁盛、病気の平癒をお祈りすることはできない。神社では神に対するお祀りをするが、MIWAでは個人に対する祀りをしているのだ。

私たちがしているのは贈り物をする人の心が相手に届くことを折形の儀式を通じてお祈りし、贈り物を包む折形に込めることである。

神道的な考え方に則ったサービスであるため、キリスト教が根付いたフランスでは受け入れられない部分もあるかもしれない、と初めは思っていた。しかし、意外なことに多くのフランス人は、この神道的な考え方に興味を持ってくれる。特に神道の根幹ともいえる自然への畏れの気持、自然との共存や、「なかいま」(過去でも未来でもなく今現在を重要だとすること)など、現代に必要な知恵が神道の中には沢山ある、と彼らの反応を見て改めて気づかされる。MIWAに入会して下さる方の中には、贈り物を包むだけでなく、神道的な考え方や日本人の持つ自然観を体感したり、それを日々の生活で実践して行きたいと思っている人達がいる。それは、茶道や華道、そして柔道を学ぶことで日本の文化を学ぼうとしている姿勢と重なる。しかし、それらの道と大きく異なるのは、会員の方達は道を極める必要はないということだ。必要なのは、人を思う時間をつくることである。贈物を送ろうと思う人の心は世界中で変わらない。それを深める時間はどんな人にとっても必要で、この時間こそMIWAで行っている儀式の時間である。充実した儀式を行えるように、日々、自分自身も精進していきたいと思っている。

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