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注目高まる『半沢直樹』原作者・池井戸潤さん──私の広告観(1)

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タイトルや帯のコピー力で小説の敷居を下げたい

企業を舞台にした小説は、従来は男性向けと捉えられがちだったが、池井戸さんの作品は、かなりの女性読者も獲得している。より幅広い人に自分の小説に触れてもらうための、池井戸さんの工夫とは。

サイン会など、読者と直接触れ合える場に行くと感じることですが、近年、女性の読者が増えているのが印象的です。従来、いわゆる「企業小説」は10対0で男性が読むものと捉えられてきましたが、僕の作品は読者の3〜4割が女性です。そのため、作品中での女性の描き方は、日々研究を重ねています。女性の編集者に読んでもらい、不自然さはないか、時代錯誤なところはないかなど、チェックしているんです。驚いたのは、女性がたくさん登場すれば、女性読者の共感が得られるわけではないということ。たとえば『下町ロケット』の登場人物は男性ばかりで、女性といえば、主人公の母と娘、そして電話の相手としてしか登場しない元妻くらい。でも、これが意外と女性に支持された。エンタテインメント小説には、「ヒーローとヒロインがいて、一定の恋愛パートがあって…」といった約束事のようなものがあったのですが、それ自体がもう古いのかもしれないと実感した経験でした。

いけいど・じゅん 1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。98年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞。2010年『鉄の骨』で第31回吉川英治文学新人賞を受賞。11年『下町ロケット』で第145回直木賞受賞。他の代表作に『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『ロスジェネの逆襲』などがある。

作品のもとになるアイデアは、くだらないものやジャストアイデアも含め、日常的に浮かんできます。構想を練っていく段階では、「読者に受け入れられるか」ということも、もちろん考えてはいますが、やはりまずは自分が書きたいかどうか、自分が面白いと思えるかどうかが重要です。近年の作品テーマから、"中小企業の応援者" "ビジネスマンの応援者"のように言われることもありますが、世の中から求められているものを提供しているという意識はなく、「僕はこれが面白いと思うんですけど、皆さんはどうですか?」という、完全なるプロダクト・アウト型の発想をしています。

僕は、自分の作品は「文学」ではなく「娯楽小説」だと捉えています。主義主張や伝えたいメッセージがあるのではなく、ただエンタテインメントとして存分に楽しんでもらいたい、小説を読むというドキドキ・ワクワクする体験を提供したいとの思いで書いています。電車の中を見渡すと、今は皆、スマートフォンを触っているでしょう?「小説って面白い!」と思ってもらい、人々がスマホに拘束されている時間に割り込んでいけたら嬉しいですね。

「企業」が舞台と言うと、一見とっつきにくい印象を持たれるかもしれませんが、むしろ多くの人にとって親しみやすい、身近なテーマだと思うんです。なぜなら、読者の多くが、それぞれ何らかの形で「仕事」をしているから。たとえば主婦の人であれば家事かもしれないし、その内容はさまざまなに異なるものの、「仕事」は多くの人が経験していることのひとつ。僕の小説を読んで、共感できることはたくさんあるはずなんです。

ところが、「企業」色が前面に出た途端に、急に敬遠されてしまう。『下町ロケット』『空飛ぶタイヤ』……僕が自分の作品に、あえて平易な言葉を使ったタイトルを付けているのは、「企業=難しい」という先入観を抱かれることなく、幅広い読者に手に取ってもらいたいからです。最近では、帯のコピーも自分で書くことがあります。「傑作企業小説!」などと書いた途端、敷居が高くなり、手に取ってもらえなくなりますから。たとえば『七つの会議』は、「クライム・ノベル」と表現しました。こうすると、企業小説だと思って敬遠していた人が、ミステリーやサスペンスだと思い、手に取ってくれるわけです。ほんのちょっとしたことですが、そういうところに鈍感になってはいけないと思っています。