コラム

山本一郎と燃ゆるICT界隈

パーソナルデータで広告界の地殻変動は起きるか?ーー西内啓×田中幸弘×山本一郎ビッグデータを語り倒すの巻(3)

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第一回「ビッグデータは幻想なのか?」(掲載中)
 西内さん、田中さんのプロフィールはこちらから
第二回「データサイエンティストって、ぶっちゃけどうなの?」(掲載中)
第三回「パーソナルデータで広告界の地殻変動は起きるか?」(今回の記事)

「余計な仕事を増やしやがって」と思う社員もいる

田中:広告会社の皆さんも景品表示法なんかは腕の見せ所ということで理解されている方がいらっしゃるでしょうけど、今や消費者法を理解している人材こそ確保するか、育てないと。今のパーソナルデータ重視の社会の流れからすると、自社でそういうデータ分析とリーガルにも理解がある特化した人材を育てていかないと追いつきませんでしょう、今後は。外部に頼っていてもコスト高になりますし手間ばっかりかかる部分もあるわけですし。

西内:中途半端な外部のコンサルタントに頼むよりは、自社のビジネスモデルを理解し始めた若手で素養のある人に、分析を覚えさせた方が良いかもしれませんね。

山本:そのご意見は正しいなと思う反面、ちょっと疑問もあるんですよ。下手に賢い若手がデータとか自社の資産状況を見ると「なんでこんなビジネスやってるんですか?」と疑問を持ってしまう。よく海外でMBA取ってきたやつが復帰してすぐ辞めてしまうって話と同じで。イノベーションの芽が若手から出てくるのはいいことですが、経営者がその芽を踏みつけてしまったりして。経営判断以前のガバメントの問題ですけどね。

田中:イノベーションの芽が開くような体制がある企業だと、「代理店はもう要りません!」ていう話になったりもして。

山本:結局、データを突き詰めてリテラシーが高まれば高まるほど「現状のビジネスモデルでいいの?」っていうプリミティブな問題が現場から出てくるのは間違いない。

というのも、店舗で小売をやっている業者が、売上下落に直面してデータ活用をしようとした場合、出てくるデータから導き出せる情報は「早く不採算な小規模店舗は諦めて、ネットでの直販にシフトするべき」って方向になりがちです。明らかに現状のビジネスモデルの問題になるわけですよね、ユーザー動向調査をすれば、確実に来店機会が減って、その分ネットに流れている可能性は見えてくるわけですから。

その場合、データサイエンティストが「われわれのビジネスは衰退しました」として、実店舗捨てろとか提案すると、それはそれで問題になります。

西内:当然そうなるでしょうね。

山本:その状況を組織のガバナンスのなかでグリップしていくことが大事で、社員が真面目に働けるようモチベートしていけるかも、極めて重要かなと。「そうは言ってもデータサイエンティスト君、当社のビジネスの根幹を否定してはいけないよ」と経営者が一旦は受け止めて対応できるのかどうか。西内さんは色んな企業でご提案されていると思うんですが、提案に乗ってくる会社とそうでない会社のテンションの違いとか、感じられたりしませんか?

西内:そうですね。最初に企業の中で確認するのは、「分析をもとに新しいアクションを実行するのが好きな偉い人」が誰なのかを見極めること。その上で、3人のキーパーソンをチームに入れてほしいとお願いするんです。

まず(1)自社のデータそのものを把握している人、それから(2)データ分析の対象とされるビジネスの現場感覚がある人、(3)社内の戦略や意思決定プロセスに関しての事情をわかっている人。ここまで揃っていれば、自分一人が入って行ってもお役に立てるかなと。

山本:経営者に指示されて渋々、参画してくる人は難しいですよね。プロジェクトを進めていく内に段々と理解を示してくれるケースもありますけど、それは稀なケース。

西内:実際、「俺らの余計な仕事を増やしやがって…」っていうテンションの人もいますよ。

山本:数理モデルを取り入れるときに業務改善とセットで依頼された場合、通常業務の仕事量が減って精度が上がるシナリオを組めて初めて、「検討してみよう」「試験運用してみようか」っていう話になるんですよね。そこが伝わらないときついです。

診療データなどセンシティブなデータの扱いはどうなる?

山本:統計分野のイノベーションによって事業化できるものはたくさんあるんですよ。ゲノム創薬とかマイナンバー制度とか、公的なものが多いですけどね。

田中:公的なものの方が、コンプライアンスの部分の重要度が明確になりますからね。

山本:ちょっと広告業界の話からは外れますけど、ゲノム創薬とか診療データといったセンシティブ情報がどう扱われるかが争点になりますよね。このあたりはどういうイノベーションが起きると見てますか。

田中:そもそも法規制を一元化すべきかどうか、っていう話も気になりますけど、それはさておき。非常に微妙な問題で、センシティブ情報が一般のパーソナルデータ、個人情報と法規制をどう切り分けるかというのは、まだまだ当事者たちにとっても未知の世界ですよ。現場レベルでは重要でしょうし、規制サイドとしてもマーケットや参入者の活動環境の整備と、規制枠組みの明確化による取引主体の予見可能性の確保とのバランスという意味でも重要でしょうしね。

山本:医療情報なんかもカオスでしょ。結局電子データをレセプト含めて、医療法人から出てくるデータは、まず国が管理することになってきているので。

田中:既存の枠組みの中で、ゲノムの話になると収集する現場が国内だけに留まらない可能性もあります。「取得」「保持」「活用」という3つの部分が、and/orで国をまたいでしまうことも考えないといけないわけで。ここから国際的な制度間競争という視点を強調する立場も出てくるのでしょうかね。

その当否は別にして。加えて、いま議論されてるパーソナルデータという枠組みを個人情報とどのような点で誰がどの程度、どのように別異に、どのような点で誰がどの程度同じように扱っていくべきなのか、それはどのような分野で何故?というのも争点でしょうね。

山本:そうなると日本のビッグデータは大変なことになりますね。

西内:公衆衛生の見地からすると、実のところゲノムのデータ解析はそこまで成果は出ていないんですよ。だから物凄く新しいイノベーションが起きると期待してはいけないなと思っています。

田中:活用しようと考えている人は結構いるわけですよね。

西内:ビッグデータ以前の時代から散々研究はされていて、目立った成果は聞かないですね。ハーバードの先生でもゲノムの研究している人はいっぱいいますけど、これまでのところあまり上手くいっていないと公の場で発表されているくらい。

田中:我が国の規制主体が思い描くロードマップとしては今後、どこに向かうんでしょうね。どこが重点分野になるのか。治療か創薬か、予防か。

山本:基本的に「治療」に関しては社会保障を引き下げる要因になるか、というのが争点なんですよね。日本の場合、難しいですけど米国なんかだと可能性もありそうですが。

西内:「予防」で言うと、遺伝子から病気の可能性を探るだけならビッグデータを使わなくても、血縁者間の発症率の相関性で大体の説明ができるんです。そもそもビッグデータのなかで遺伝病にかかっている人は本当に少ないので、ほとんどは「健常な人の中に健康を改善する因子があるか」という視点になります。

山本:まぁ、「この遺伝子を持ってる人の33%が病気になる」と言われて治療するのか?といったら疑問ですよね。33%とか、微妙な数字の線引きは難しい。

西内:もう一つの問題としては、既に人間の身体に左右する分子量の化学物質はかなり試し尽くされているので、意外と今何か分析を初めてもそこまでのインパクトは出にくいんですよ。ドラマティックに創薬のパラダイム自体が変わらないと、すごく製薬会社が儲かるようになるとか、とんでもない治療法が生まれるということは当面はないように思います。多少の効率が良くなるとか、そういうケースはあると思いますけど。

山本:国がビッグデータを制度として整備するには、成長戦略と結び付ける必要があるっていう話ですよね。でもゲノムってそんなに成長するの?っていう疑問もあると。

ただ、電子レセプトや診断経緯を含めたPHR(パーソナルヘルスレコード)を分析することで、投薬の効く・効かないを統計的に判断することはできるようになりそうです。そうなると、ある薬を試してみて駄目だった、という無駄を減らすことができるようになり、社会保障費の削減にはなりますね、という議論は徐々に進んできています。

田中:それはそれで製薬業界は困るんだろうけどなあ(笑)。ただ、だからこそアメリカみたいな創薬系ベンチャー的な分野にも目配りするインセンティブは出てくるんでしょうけどね。

次ページ「「エビデンスに基づいた経営判断」が企業を守ることになる」ヘ続く(3/3)

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