コラム

現代の平賀源内に会いに行こう~これからの広告コミュニケーションの行方を探る~

「iemo」の成功から広告が学べること——創業者の村田マリさんに聞きに行く

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入社2年目で秋元康さんに直談判

須田:ミーハーさも持ち合わせているけれど、すぐに行動に起こせる力がすごい。みんな夢想はするけれど、アクションに移せる人は少ない。ムラマリのポジティブさや自分に対する強い自信はどこから来ているのだろうか。

村田:サイバーエージェントにいたときに須田さんの部下として、秋元康さんの担当をさせてもらったことが原体験として大きいと思う。私のなかで、「秋元康事件」と呼んでいる出来事がある。当時、秋元康さんに恋愛をテーマにしたメールマガジンをやってもらっていて、秋元事務所に原稿を取りに行ったり、直接やり取りをしたりする担当がいた。

秋元さんはもちろん大御所なので、当時入社2年目の私が担当できるはずもなく、ベテラン社員が担当していた。でも、私はそのベテラン社員が考えた企画がつまらないと思っていて、「私ならもっと面白くできる」という自信があった。ある時、須田さんと一緒に番組収録中の秋元さんに会いにフジテレビに行く機会があって、ものすごく悩んだんだけど「もうチャンスはここしかない!」って思って、須田さんの眼を盗んで、秋元さんに「私を担当にしてください」と直談判した。

「もし私が担当になったら、秋元さんの能力をもっと活かしたコンテンツをご提案できます。メールマガジンは一人が多数に呼びかけるラジオと似た形態。元々ラジオの構成作家だった秋元さんならば、ユーザーとコミュニケーションを取りながら、もっと面白い企画にできます。そして、私は秋元さんとめっちゃ仕事がしたい。ただ、私は社内で入社2年目なので、会社は絶対に許してくれない。上司の須田さんに秋元さんから頼んでもらえないですか?」と生意気ながら端的に伝えた。

そしたら、秋元さんが「むらっちゃん、面白いね、わかった」と言って名刺をくれた。そこに、秋元さんの携帯番号が書いてあった。次の日、お願いはしてみたものの、秋元さんが本当に担当変えてくれるかわかんないなあと心配になって、昼休み中に会社のトイレの前で秋元さんに電話をした。

「昨日お話した村田ですけど、本当にやりたいです!お願いします!」と伝えたら、「おう、わかった」とだけ言ってくれた。その電話の後に、自分の席に戻ったら、須田さんに呼ばれて、「いま秋元さんから電話があって、担当を村田に変えてほしいって言われたから、メールマガジンの担当、ムラマリね」って。覚えてないですか?

須田:まったく、覚えていない・・・。

村田:私、超覚えてますよ、原体験ですもん。そこで須田さんが、担当を変えてくれて、半年間、秋元康事務所と原稿のやり取りをして、週に一回秋元さんと電話で話せるチャンスを手に入れた。そこから得たインプットも財産だったけれど、そこで思ったのはきたチャンスをモノにしようとしたらできるということ。そして、それはアクションしない限りモノにできないということ。

チャンスの女神は前髪しかないということわざがある通り、前から来たときは捕まえられるけど、通り過ぎた後は後ろ髪が無いから捕まえられない。私は、秋元さんに売り込むという大それたことをしたけれど、それが失敗しなかった。多分、大御所は毎日のようにいろんなアイドルから大量に売り込みされているし、私が売り込んだことは1秒で忘れると思う。もし秋元さんからこの娘バカじゃないのって足蹴にされ、上司の須田さんに怒られたらどうしようと思ったけれど、そのチャンスを逃して一生後悔する方が嫌だった。

そして、自分が一世一代の勇気を振り絞って売り込んだら、そこから得たものがあまりにも大きかった。だから、今後の人生においては、どんなに恥をかこうと怒られようと、チャンスが来たら絶対にものにすると決めたんです。

須田:チャンスをつかもうとする思いが桁外れに大きい。ムラマリが成功している一番大きな要因はそこにあると思う。広告もチャンスに攻めるこのアグレッシブさが必要なのかもしれない。

次ページ 「iemoの収益モデル」へ続く

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