コラム

編集・ライター養成講座修了生が語る いまどきの若手編集者・ライターの生き方

ノウハウだけを求めると結局は損をする、「講義」や「課題」はきっかけに過ぎない

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【前回のコラム】「何を書けばいいのかわからない人へ——心が動かないことは書きようがない」こちら

描けない絵を描いて克服したこと

なんにもできないアホな私は、絵もヘタです。人間を描こうとすると、まじめに描いているのに、なぜか顔あたりの空中から手が生えます。イラストやラフを書いて説明をすると「絵のせいでわかりづらくなった」と言われるくらい、壊滅的に絵がヘタです。

小学校の卒業式のとき、図工の先生から「初めて君の絵を見たときは、この子は一体どうなってしまうんだろうと思っていたけど、最後にまともな絵を描けるようになって、安心したよ」と言われました。それもそのはず。実は、先生が褒めた絵は、祖母が描いたものをなぞっただけだったからです。本当は、絵だけじゃありません。作文も工作も、私が学校に提出していたものは全て、私のダメさに呆れた祖母が代わりに手がけた作品でした。

絵だけではなく字もヘタです。暗号化がかかっています。

そんなズルをして絵から逃げていた私に対して、編集・ライター養成講座の渡邉先生の講義では誌面ラフの課題、名古屋で通ったコピーライター養成講座の小島先生の講義ではCMの絵コンテの課題が出されてしまいました。そこで私は、両方ともなぜか金の鉛筆をいただいてしまうのです。コピーライター養成講座では順位が付くので、優秀者の中で最下位という、いかにも私らしい評価のされ方でした。しかも、全員の前で、自分のとんでもない抽象画がさらされてしまう羽目に!それはもうショックで泣きたくて、2回とも、「家に帰ったら身辺整理をして首を吊ろう」と思ったくらい恥ずかしかったです。

でもね。
私は、ヘタなりに、「絵を描く」という行為に初めて向き合ったんです。それはそれは酷いものができあがって、ずいぶんがっかりしましたが、私は真剣でした。ヘタだからと、適当に描いていると、それが伝わる。真剣だったら、それも伝わる。文章だって同じです。伝え方を磨く技術はありますが、そもそも真剣でなかったら、何も伝わりません。

絵はヘタだけど、パン生地でツチノコを作れます。

その二度の経験を経て、私は、伝えるべきことだけを抽出した、簡単なラフを描くことが怖くなくなりました。残念ながら、伝わっていないことの方が多いのですが、自分の描いたヘタな絵に直面するという恐怖から逃げることはなくなりました。

私が解決したのは、画力の問題ではありません。失敗を恐れて逃げる経験を積むことから開放されたのです。

宣伝会議の講座では、美大の卒業生や現役のデザイナーと知り合う機会も多いです。私はそこで、絵を描くことと文章を書くことが似ていることを知りました。どちらも、着地点を決めてから取り掛かるものと、色や言葉を並べているうちに、何を仕上げるか決まってくるという2つのやり方があるのです。私は、前者でやらなければいけない、と思い込んでいたのですが、後者の方法もアリなのだと知ったことで楽になり、原稿を書くスピードがとっても速くなりました。

次ページ 「ノウハウは、自分がつくるもの。」へ続く

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