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キングコング西野×博報堂ケトル嶋「本が売れないなら、既成概念をぶっ壊せ!」

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苦境に陥る本などの紙コンテンツには、どんな活路があるのか。雑誌の編集長であり、本屋 B&Bを運営する嶋浩一郎氏は、絵本作家として本の売り方の新境地を切り拓く西野亮廣氏を「(本を)買う理由からデザインできる人」と評する。本好きな2人が語る、本が売れない時代の「本の売り方」とは。

本の新たな売り方を発明する

嶋:僕はね、今日実際にお会いするまでにいろんな言動を見ながら、西野さんのことを「究極のサイコパスの人だな」と思っていたんですよ。

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西野:サイコパスなんて、はじめて言われましたよ(笑)。人を殺したりするイメージしかない(笑)。

嶋:そうそう、サイコパスって猟奇殺人者とかって言われるじゃないですか。でも元ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのマーケター 森岡毅さんの著書『確率思考の戦略論――USJでも実証された数学マーケティングの力』を読んで僕も初めて知ったのですが、サイコパス性というのは、本来は目的に対して純粋に正しい行動をとれる性質のことなんだそうです。つまり目的や欲求のために、ニュートラルに発想してあらゆる手段を尽くす人のことを言うんですね。西野さんがやっているのは、まさにそういうことだなと。

西野:たしかに、手段は選んでいないかもしれないですね。

嶋:もっと格好良く言えば、『冒険野郎マクガイバー』(1985~1992年にかけてアメリカで放送されたドラマ)でもあると思う。マクガイバーは口紅を使って監禁された車から脱出したり、その場にある手近なもので窮地を切り抜けるんですよ。マクガイバーを見ていると、手段を選ばず、使えるものはなんでも使うというニュートラルな発想ができれば、かなりの課題は解決できるのではと思えるんです。博報堂の新入社員には毎年、『冒険野郎マクガイバー』は見ておいたほうがいいと言っているくらいで。

西野:僕の場合は、ウォルト・ディズニーを倒すというでっかい目標があるんです。でもそこに向かっているはずなのに、最初に絵本を出して売れたのが3万部とかで、次も3万部くらい。これじゃあ全然倒せないじゃないですか。だから『えんとつ町のプペル』の絵本は、「100万部売る」と言い切っちゃったんです。ただ5000部売るのと100万部売るのとでは、売り方が全然違うんですよね。5000部売るのであれば、正直言って手売りでいけちゃいます。だけど100万部となると、売り方を新たに発明しないことには、なかなか届かない。

絵本は新陳代謝が起こりにくい

キングコング 西野亮廣 氏
絵本作家/お笑い芸人。1980年生まれ。1999年、梶原雄太と漫才コンビ「キングコング」を結成。活動はお笑いだけにとどまらず、3冊の絵本執筆、ソロ・トーク・ライブや舞台の脚本執筆を手掛け、海外でも個展やライブ活動を行う。最新刊『えんとつ町のプペル』は27万部を超えるベストセラーになっている。

嶋:そうですよね。僕自身も、クライアントの商品やサービスがどうすれば売れるんだろうと毎日考えているんですが、西野さんを見ていると、本を買う理由をデザインするのが本当にうまいと思うんですよね。

西野:世間の人からは、むっちゃ怒られるんですけどね(笑)。『えんとつ町のプペル』の全ページをネット上で無料公開したら、やっぱり怒られましたし。

嶋:作家が自分のつくった作品を自分でコントロールしているわけで、全然構わないと僕は思いますけどね。しかも今回は100万部売るという目標があって、そのためにやっているわけじゃないですか。それで売れなかったとしても、あくまで自分が損するだけで、だれかに迷惑をかけるわけでもない。

西野:そうなんですよ。ネット上で無料公開したのは、理屈では説明できるんです。同級生とかデビュー当時から応援してくれているファンの方がお母さん世代になって、やっぱりお母さんって自由に使えるお金や時間がないって話を聞くんです。

子どものために絵本を買おうと本屋さんに行くんだけど、もともと絵本は安くないから外れを買うわけにはいかず、最後のオチまで立ち読みする。でも当たりだと思える本が見つかるまで、何時間も本屋さんにいる時間もない。それで結局どうするかと言うと、子どものときに読んだ絵本を自分の子どもにまた買ってあげるんです。

絵本にはずっとこのループがあって、40~50年前のベストセラーがいまでも本屋で平積みになっている。昔の絵本が素晴らしいのはもちろんなんですけど、新陳代謝が起こりにくいんですよ。そう考えたら、家で立ち読みするように、最後までストーリーを確認できたらいいんじゃないか。そしてそのほうが売れるんじゃないかとも思ったんですよね。

嶋:理論的にもすごくよくできた作戦だと僕は思いました。まさに「フリーミアム」の手法ですよね。しかも、絵本だからこそ成立する戦略。これがビジネス本だったらダメだと思うんです。ビジネス本は無料で公開して読まれちゃったら、もう一回読む必要がないわけですよ。でも絵本はそうじゃない。

僕は小さい子どもがいるんですけど、この一年で『ひとまねこざる』(岩波の子どもの本)の絵本は50回くらい読んでいる。もうセリフとか全部覚えちゃっていますよ(笑)。ネット上で無料で読むことはできても、絵本は親が子に“読み聞かせる”ものだからこそ、欲しいと思えば、結果的には絵本そのものを買いますよね。

無料公開はゲリラ作戦だった

博報堂ケトル 嶋浩一郎 氏
クリエイティブディレクター/編集者。1968年生まれ。1993年博報堂入社。2001年朝日新聞社に出向。2004年本屋大賞立ち上げに関わる。現NPO本屋大賞実行委員会理事。2006年既存の手法にとらわれないコミュニケーションによる企業の課題解決を標榜し、クリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を設立、代表に。2011年からカルチャー誌『ケトル』編集長。2012年下北沢に本屋B&BをNUMABOOKS内沼晋太郎氏と開業。

西野:そうですね。ただ無料公開のときもそうでしたけど、僕の周りのスタッフは結構大変だと思います(笑)。僕は「こうすれば、絶対売れる」みたいなことを言うんですが、最終ジャッジをするのは出版社の社長だったり、吉本興業の社長ですよね。でも社長に確認をとるとなると、万が一社長の考え方が違って「それはやめておこう」となってしまう可能性もある。だから無料公開は、実はゲリラ的にやったんですよ。

嶋:えーっ、そこは社会人としてどうなのか(笑)。

西野:(笑)。知っていたのは本当に内々のスタッフだけでしたね。担当編集者に無料公開をしたいと伝えたら「わかりました、やりましょう」と言ってくれましたけど、相当な覚悟を決めていたと思いますよ。だから僕も「やってみてクビが飛ぶんだったら、一生面倒見るから。だけどたぶん、クビは飛ばないから」とか言って(笑)。それでやってみたんですが、初日は出版元の幻冬舎に苦情の電話がたくさんかかってきてですね。

嶋:「せっかくお金を払って買ったのに!」みたいな?

西野:それが買った人からはあんまりなくて、「そんなことをしたら本が売れなくなるじゃないか!」というクレームが多かったんです。いずれにしても初日は担当編集者が会社からすっごい怒られて、もしかしたら本当にクビが飛ぶかもしれない……という感じだったんですが、Amazonでは書籍総合ランキングで1位になったり、売れ行きもバーンって跳ね上がったんです。それで幻冬舎の社長の見城(徹)さんも「やっぱりやってみてよかったねぇ」となり、うち(吉本興業)の社長も売れたらOKな人なので。結果が出れば文句は言われないですからね。

嶋:西野さんの作戦はあざといなあ(笑)。

西野:そうなんですよ、僕はあざといんですよ(笑)。

嶋:でも無料で全文を公開することは、もしかすると読んでも欲しくならない人もいるわけで、読んでもらって判断させてあげるという「やさしさ」があるじゃないですか。読んで気に入った人は、自分のためや子どものためにちゃんと買う。『BRUTUS』編集長の西田善太さんと、いまの時代にモノを売るためには「あざとさ」と「やさしさ」の両方が必要だよねという話をよくするんですが、いまの話にはその両方がある。「あざとさ」と「やさしさ」が両輪で機能しているんですよね。

肩書きや役割なんかに縛られるな

嶋:ここ数年で本が売れなくなったと言われるけど、僕はね、それを一概に時代のせいにはできないと思うんですよ。たとえば1980年代から雑誌がビジネスとして高い利益を上げるようになったわけですが、そのとき効率化のために、縦割りの役割分担を進めたんです。編集部は編集を、販売部は販売を、広告部は広告営業をというように。いまの時代は立場を超えて課題解決をしなきゃいけないのに、それぞれの部署がそれぞれの部署の仕事しかできない状況になっている。

西野:僕はいま36歳なんですが、そもそも本が売れていた時代って知らないんです。出版不況だ、CD不況だ、テレビも視聴率がとれなくなっているという話はよく聞くんですけど、不況の時代からスタートしているんで、それがスタンダードなんですよね。本は売れないものだと思っているし、そうである以上は売り方を考えないと売れないよなと思っていて。

嶋:そうですよね。休刊してしまいましたが、雑誌『考える人』の編集長だった河野通和さんの『言葉はこうして生き残った』という本があって、そこには過去の編集者たちのエピソードが書かれているんです。読んでいると、昔の出版社の人はこんなに自由にいろんなことをやっていたんだなということに気づく。これは編集者なら読んだほうがいい本ですね。部署や役割は関係なく、本を売るためなら、どんなことでもやってみようという挑戦ができた時代があった。

西野:自分の役割だったり、肩書きみたいなものが、ブレーキになってしまっていることは多いと思いますね。僕の場合は芸人のくせして色々なことしやがって、みたいにすごく怒られますよ。

嶋:肩書きを超えて何かすると批判されるのは、なぜなんでしょうね。そんなに肩書きって重視されるべきものなのかなってよく思うんですよね。僕は博報堂に入社した頃はPRの部署に所属していたんですが、良いCMのアイデアを思いついたら自分がつくっちゃえばいいと思っていたのに、なかなかそうはできなかった。そういう意味では、自分の名刺に書いてある肩書きに相当制約を受けていました。いまでも、僕が広告会社の人だからと「なんで本屋やってんの?」とか「なんで雑誌つくってんの?」とか言われますからね。

西野:嶋さんは、そもそもなんで本屋さんをやろうと思われたんですか。そのときはすでにもう、出版不況だと言われているときですもんね。

嶋:やりようによっては、この時代でも運営できる本屋の仕組みをつくれると思っていたんです。ただ当初は出版業界の人からも「いまどき本屋なんてやっても絶対儲かんないよ」と言われましたよ。

西野:出版業界の人から。

嶋:でも実際に6年間やってみて、下北沢の駅前でちゃんと黒字の本屋が続けられています。僕らはビールを売ったり、作家を毎日呼んでイベントをするという地道な作戦なので、西野さんが発動する作戦には大きさでは敵わない。でも本屋の企業努力として、本を売るためにできることは、まだまだあるはずだと思っているんです。

……「絵本『えんとつ町のプペル』をさらに売る戦略とは」「キングコング西野亮廣氏が実践する新たな本屋の形」「嶋浩一郎氏の本との付き合い方」「批評家よりも実践家のほうが絶対的に偉い!」など、続きは『編集会議』2017年春号をご覧ください。

『編集会議』2017年春号は「記事論」「メディア×働き方」を総力特集
 

◇ヨッピーが語る「“編集”の価値とはなんぞや」
◇改めて知りたい「ネイティブ広告ハンドブック」
 

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