コラム

澤本・権八のすぐに終わりますから。アドタイ出張所

24年前の電通はこんなところだった(ゲスト:田中泰延)【中編】

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【前回コラム】「電通から「青年失業家」に転身した理由(ゲスト:田中泰延)【前編】」はこちら

先週に引き続き、ゲストは田中泰延さん。24年前に電通に入社した頃の話を振り返ります。そこで「俺は何もしなくても食える」と思ったという田中さん。その理由とは?

今回の登場人物紹介

左から、中村洋基(すぐおわレギュラーゲスト)、澤本嘉光(すぐおわパーソナリティ)、田中泰延、権八成裕(すぐおわパーソナリティ)。

※本記事は8月5日放送分の内容をダイジェスト収録したものです。

24年前、電通に入社した新人が思ったこと

権八:泰延さんは「青年失業家」と名乗ってますが、これは一般的に言うと「コラムニスト」みたいなことですかね?

田中:コラムもね、それで食ってるわけではないので。

権八:原稿料ありますよね?

田中:一応あるけど、必要経費ぐらいのものですね。

権八:映画見るときもいつも自腹でね。

田中:映画観て、サントラとパンフレット買って。メモ取るのに2回見ますから、残らないぐらいのお金ですね。だいたい計算できますよね。そんなものですよ。

権八:コラムも映画評もめちゃくちゃ面白いわけですよ。「日本一の映画評」と言われておりますぞ。

澤本:リアルに映画評では一番面白い。

田中:それも西島知宏さんという電通辞めた人がきっかけで。

権八:若くして辞められた方ですよね。

田中:はい、30の誕生日ぐらいに辞めたんじゃないですか。

権八:TCC賞なども獲った奈良新聞のコピーが素晴らしかったですよね。「日本初の女性総理大臣は、きっともう生まれている。」みたいな感じのコピーで、引き画で俯瞰して。

田中:僕はツイッターでたまに映画評を140文字で書いていて、西島さんから「街角のクリエイティブというサイトをはじめるから、映画評書いてくれませんか?」と言われたんです。「いや、僕は140字ぐらいしか書いたことないですよ」と言ったら、「それでいいですから。お小遣いぐらいの原稿料はあげますから」「じゃあ、140文字でもいいの?」「それでいいです」と引き受けて、…翌週書いて送った原稿が7千字です。

一同:(笑)

中村:めちゃくちゃ書いてるじゃないですか。(笑)。

田中:よっぽど言いたいことが自分にあったんだなと思って。

権八:そのへんの秘密というか、そのあたりを今日は探りたいと思うんですけど、泰延さんは広告でいうと何をつくっていたんですか?

田中:この話は大事な話です。

一同:(笑)

田中:まず24年前の話をしましょう。電通に入りました。東京の第3CD局。まだ入船ビルですよ。着席すると、斜め後ろ10メートルぐらいの席に2年先輩の東京大学をお出になった澤本嘉光さんという人がいらして。

中村:どこかで聞いたことのある名前だな(笑)。

田中:まだ3年目の人なのに朝日広告賞などをいっぱい獲って、「10年に一度の天才が来た」と言われていて。澤本さんは3年目でめちゃめちゃ有名だったんですよ。

さらに違うフロアには岡康道さん、佐藤雅彦さん、佐々木宏さんがいたり。僕も「広告界でコピーライター、プランナーとして有名になろう」と思って入ったわけですよ。でも、澤本さん、佐藤雅彦さん、岡康道さん、佐々木宏さんが社内をウロウロしているところをじっくり見て、「俺は何もしなくても食えるな」と思ったの。

一同:(笑)

田中:だって、この人達が働いて、僕はちょろちょろしてたら絶対におこぼれもらえるから、何もしなくていいなと。

中村:その発想が既におかしいですけどね(笑)。

次ページ 「『白い巨塔』のシーンのように佐々木宏さんが歩いていた」へ続く

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