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デジタルにユニコーンは存在しない、あるのは「現実の問題」だけ

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YouTuberは新大陸ではなく「世界」が閉じた象徴

少し前の話ですが、YouTubeの広告主イベント「ブランドキャスト」で、オリエンタルラジオの中田敦彦氏が、自らの所属する音楽ユニットRadio Fishのヒット曲「Perfect Human」が、YouTubeで再生回数が1億回を超えたことをアピールしていました。

また同時に、彼は以前YouTubeの視聴者向けイベント「ファンフェス」で、一緒にステージに上がった他のYouTuberのことをほとんど知らなかったとも告白していました。

そして面白いことに、中田氏が知り合ったテレビで活躍する子役たちは、彼が知らなかったYouTuberをすべて知っていて、それがテレビの芸能人よりもある意味、カリスマ的な人気を集めていたというのです。

そこで彼は、旧来のテレビが17世紀のヨーロッパだったとすると、YouTubeは「アメリカ大陸(新大陸)の発見」ではないかと言うのです。

歴史ではヨーロッパで覇権を握れなかったスペインやポルトガルが、真っ先に新大陸に上陸し、貿易を通して栄えたように「オリエンタルラジオ=Radio Fish」は、大航海時代の香辛料にあたる「ブラックダイアモンド」を発見し、彼らのテレビの仕事にもフィードバックがあることを強調していました。

彼がYouTubeを「コロンブスが発見した新大陸」に例えたことは、実際に未開拓の新しい世界が開かれたという単純な比喩ではありません。このエピソードが興味深いのは、むしろコロンブスが発見した「地球が丸い」という事実は、「世界には外が存在せず、世界が閉じた」ということを意味しているからです。

新大陸の発見によって、もたらされたのは「新しい土地」というよりも「世界観の変容」です。これまでアリストテレス以来、考えられていた「世界」は、内部と外部に区切られており、内部はコスモで、外部は無秩序なカオスが想定されていました。

ブルガリア出身の哲学者 ツヴェタン・トドロフの『他者の記号学-アメリカ大陸の征服』によれば、新大陸の発見がもたらしたものは、逆にヨーロッパ人のアイデンティティそのものだったのです。

つまりYouTubeはじめデジタル上のプラットフォームは、その意味で、ただのマスメディア以外の外部ではなく「閉じた内部」になったのです。

そしてYouTubeでもテレビでも活躍することは、テレビが中心でYouTubeが周辺なのではなく、「どこにも中心がない世界になった」ということです。

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