コラム

関西で戦う。クリエイターの流儀

関西で戦う写真家のB面は敏腕プロデューサー!?熱量あるメディアができるまで。

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自分たちがとことん面白がる!愛情と熱量が決め手のメディアづくり。

数字は出せないのですが、お伺いした「OURS.」のアクセス数には驚愕しました。たくさんの人を巻き込んで、1人ひとりが本気な人たちが参加している「OURS.」。現在、作家、ライター、カメラマンなどを含めると150人以上の方が面白いことを発信しようとしのぎを削っているそうです。そのようなメディアが面白くないわけありません!平野さんから「OURS.」立ち上げ話の続きと、メディアを立ち上げる際に大切なことをお聞きしました。

—何よりも難しいのが、企業の方々に「こういったものを作りましょう!」というプレゼンだと思うのですが、どのようにされたんですか?

平野:骨格としてはUR都市機構さんと代理店さんで形作っていただいていたので、私たちに課せられたのは中身の部分。なので、細かい記事うんぬんよりもパッとトーンを分かってもらえるものを出そうと。そこで、私物の『Lmagazine』を大量に持って行って机にガーッと並べて、こういうのを作りましょうって言いました。

—そんなバカな(笑)。それっていつ頃の話なんですか?

平野:2014年4月です。雑誌を前にして「こんなカルチャー誌がなくなったのは、日本の損失だ」なんてことを言いましたかね。

—そのような口ぶりなので、プレゼンの準備って・・・。

平野:初回に関してはしてないです。物質で示しました!もちろんその後は、細かい資料を作って詰めていきましたが。そして最終的にお任せします。一緒にやりましょうと。でもUR都市機構の方々も『Lmagazine』は知っていたし、むしろやりたいという方も多かったですね。で、すぐに『Lmagazine』の元副編集長だった竹内厚さんに、チームに入っていただけるようにお願いしに行きました。

—でも現状は「OURS.」は紙ではなく、WEBですよね。

平野:今でも紙は目標の1つです。先日、INSECTS主催の「KITAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET」に出店した際には「OURS.」のコンテンツを抜粋したZINEを制作しました。

「OURS.」のZINE

—しっかりしていますね!紙でパンフレットのようなものを作りましょう!と伝えたんですか?

平野:さまざまなZINEを資料として用意しました。私自身の役割は、最初に火をつけるというか、旗を振って動きはじめを作ることだと思っています。もちろん予算などお金のことも大事なので、その点はしっかりやっています。

—本当にプロデューサーですね。

平野:規模感が大きければ大きいほど面白いですね。どうやって関わって、どうやって巻き込んでいこうかって。私たちのような存在を面白がってくれる人が案外企業の中に誰かいるんですよね。そこにどうアクセスするかが大事です。

—やり方が孫子とか三国志の武将と同じですね!

平野:三国志、大好きです!

—根っからの武将肌だったんですね。で、「OURS.」に軍師として編集者の竹内厚さんを連れてきた、と。

平野:竹内さんには、とにかく熱量あるメディアにしたいということを伝えました。月刊誌を作るペースを知っているというのも心強かったし、竹内さんほど関西で面白いことをしている人に通じている編集者はいないと思っていたので。だから、重要な最初の1人でした。そこからいろんな参謀をかき集めて。WEBサイトは品性があるデザインにしたかったので、以前から気になっていたデザイナーの前田健治(mem)さんにおまかせしました。

—参謀たちが集まり始めた頃には「OURS.」という名前や「KARIGURASHI MAGAZINE」というコンセプトはあったのですか?

平野:それこそ、みんなで考えましたね。今からはみんなでシェアしていく時代で、MY HOME時代が終わってOUR HOMEだよねって話から名前が決まりました。後になって気づいたのは、「OURS.」の中にしっかり「UR」も入っていてバッチリだなと。

—「KARIGURASHI MAGAZINE」はどうだったんですか?

平野:それは竹内さんが。「OURS.」だけだと弱いなーって。借り暮らしという新しい価値観を発信しよう!ということになりました。貸したり借りたりすることで、人と人とのつながりが見えてくるのでそのことに焦点を当てて、あとはカルチャー目線で料理していくか!って。

—担当者の方がよくOKしてくれましたね。

平野:みんなが同じ方向を向いていたこともありますし、UR都市機構さんの社内にも2012年からDIYプロジェクトを進めていて、自分たちでものを一緒に作るという気風や土台があったからこそ。

—なるほど!名前やコンセプトが決まり、社内でもGOが出てからも編集会議はされたのですか?

平野:毎週やりましたね。2014年11月から2015年3月までの5ヶ月間は、この仕事しかしていません。2015年3月にスタートするのですが、1月にはティザーサイトをアップしました。正直、ティザーって何?という感じで。合わせてSNSもやろうということになったのですがリツイートって?というところからですよ!

—文字通りゼロからのスタートだったんですね。WEBの知識すらも。「OURS.」を立ち上げて運営して4年が経つのですが、中でも重要なことは何だったと思いますか?

平野:愛情と熱量ですね。UR都市機構の方々を含め、100回以上は会議していると思います。とにかく会って話して熱を伝えていくことが大事です。

—愛情と熱量はどんな仕事にも大事な気がしますね!もしメディアを立ち上げるとした場合、何かアドバイスはありますか?

平野:メディアは「器」だと思います。ワンプレートの料理をどう彩るか、そのバランス感覚は大事です。例えば、記事やコンテンツ一覧がどのように見えるか。ファーストビューでおいしそうだなと思わせないと。「器」をしっかり作れば、あとは好きなことができるじゃないですか。こんなことをやりたいという人がいれば、器のここに盛れそうだなという感じで色んな人を巻き込んでいけますね。

—なるほど。メディアを立ち上げることに関西と東京の違いってあるんですかね?

平野:私の感覚ですが、メディアに関わらず関西は何事も新しいことを実験しやすい雰囲気がありますね。あと大事なのは伝えたい、届けたい、残したいという気持ち。報道精神が必要だと思います。

—そこでご自身のルーツにつながっていくんですね!ナチュラルボーン・ジャーナリスト。最後に、今後はどのようなことを考えているか教えてください。

平野:「OURS.」はできるだけ長く続けたいですね。どうリニューアルしていくかも考えたいです。あと、これは完全に個人的な趣味の話なのですがスタッフの助口優衣さんと日本の若手俳優の研究に余念がなくて(笑)。その代表として、菅田将暉くんを研究しています。彼が過去どのような作品やメディアに出たかを全部網羅した表を作ったんです。そうすると、将来このタイミングでこのような作品に出るんじゃないかって予想を立てられるような気がして、先回りしておいたら、もしかすると何かでマッチするかも!と首を長〜くして待ち構えているところです (笑)。

—菅田将暉くん研究の一端を教えてもらったのですが、緻密ですよね。出演したバラエティ番組や雑誌の情報まで網羅していて。平野さんならその野望も果たせそうな気がします。ぜひ菅田将暉研究の成果も教えてください!今日は、お話ありがとうございました。

コラム「関西で戦う。クリエイターの流儀」は今回で終了です。これまでご愛読ありがとうございました。

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