ロイヤルティユーザーは市場浸透によって構造化されている
この視点は、バイロン・シャープ教授が『ブランディングの科学』において、ライトユーザーがブランドの市場の成長を支える、と主張していることとほぼ同じと言えます。ブランドが成長し、顧客層が拡大すればするほど、ライトユーザー層が増えていくからです。だからバイロン・シャープ教授は、市場浸透が重要であると主張しているにすぎません。木下氏が言うロジャースの普及理論で説明する顧客層の拡大とは、市場浸透でもあるからです。
では、このことを顧客のロイヤルティの視点でみてみましょう。市場浸透が拡大している状態は、ロイヤルティが低い顧客が増えるということですが、バイロン・シャープ教授はブランドが成長するときは、顧客全体の購買量が増える、つまりロイヤルティが低い顧客が増加すると同時に、高い層においても購入量が増えると言っています。
木下氏が顧客獲得コストの上限を設定しているのは、この上限を超えない限り、市場浸透の余地はあり、顧客は拡大している。それと同時に、獲得した顧客をも維持している状態なのです。
バイロン・シャープ教授は、たとえば調査で顧客のロイヤルティの高さで顧客を把握することに費用を使うことについて「無意味である」と指摘していますが、これはロイヤルティの高さは市場浸透度の高さからある程度予想できるからです。ロイヤルティの高さと貢献度はいわゆるパレートの法則が有名ですが、全体からしたら量的には小さい、ロイヤルティの高いユーザーによってより大きな売り上げのシェアがあるという知見は常識的なものです。この考え方は売り上げに貢献度が高いロイヤルユーザーを増やすことができれば、全体の売り上げも増えると受け止められがちですが、バイロン・シャープ教授によればそんなことは「あり得ない」わけです。
その理由のひとつは、さきほどのロジャースの普及理論によるセグメントでも説明可能です。北の達人コーポレーションの木下氏の視点で言えば、獲得できるロイヤルティの高い顧客(ヘビーユーザー)は構造的にみてそう多くないからです。バイロン・シャープ教授は、ライトユーザーを獲得することがブランドの成長(売上)に結びつく。既存顧客の購買量を増やすだけでなくライトユーザーの獲得を目指すことが購買の総量を増やすことにつながるとしているのです。
木下氏の視点は、ライトユーザーは確かに増やしていくのですが、あらかじめその顧客への獲得コストを基準にすることで市場浸透の規模を測っているわけです。このあたりはマーケター的には腹落ちしやすいでしょう。ロジャースの普及理論でいえば、イノベーター層の2.5%という割合は、仮にアーリーアダプター層までがすでに市場浸透している顧客層(16%)だとすれば、2.5%が顧客全体の15%にあたり、おそらくロイヤルティの高い比較的コスト効率のよい顧客だと想像できます。
バイロン・シャープ教授が『ブランディングの科学』で実際に紹介している英国の洗剤の市場浸透率とシェアの数字をみると、5つのブランドのうち最下位ブランドのサーフは市場浸透率が17%で市場シェアが8%です。想像するにこの2割がロイヤルティの高い層だとすると、1.6%でイノベーター層(2.5%)の6割がそれにあたるということになります。これに対してトップブランドのパーシルは市場浸透率が41%、つまりアーリーマジョリティ層の7割までで、市場シェアは22%。ここから2割だとすると4.4%になり、イノベーター層だけでなくアーリーアダプター層の一部までがロイヤルティの高い層にあたります。
ここで大事なのは最下位のロイヤルティ層はサーフとかぶっているところです。ブランドマネージャーとしては、サーフだけを選んでいるロイヤルユーザーを想像したいところですが、実際は洗剤のヘビーユーザーの購買リストにサーフも入っていると考えるのが適切でしょう。つまり、彼らは間違いなくパーシルも買っているということです。そしてその購買頻度は明らかにトップブランドよりは少なくなります。バイロン・シャープ教授のいう「ダブルジョパディの法則」とはこのような現実を指しているわけです。
したがって、ロイヤルティに対する過度の期待が起こりがちなのは、顧客を自社中心に考えすぎてしまうことから起こるように思います。そのためには、競争環境を含めた市場の構造の把握と、顧客維持に関してのマーケティング費用の経済性を明確にすることで、北の達人コーポレーションの木下氏が実現しているような市場浸透とロイヤルティの維持を両立させることができるように思います。
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