ホフステードの6次元から見る日本の文化的側面
ホフステードの6次元とは①権力格差(社会的権威が強いか、公平性が高いか)、②集団主義/個人主義(集団を優先するか、個人の自由を優先するか)、③男性性/女性性(勝利や競争が大事か、まわりへの配慮や寛容が大事か)、④不確実性の回避(未来の未知を恐れ規則的に対処するか、未知が自然なので実務的な対処をするか)⑤短期志向/長期志向(個人を中心に結果をすぐ求めるか、将来を見据え倹約し辛抱強く努力するか)、⑥人生の楽しみ方(抑制的、余暇は重視しないか、充足的で人生は楽しむものか)の6つの次元で各国の文化を定量的に比較したスコアです。(ホフステードのコンサルティング企業であるホフステード・インサイツはこのスコアをウェブサイトで公開しています。ちなみにホフステード・インサイツ・ジャパンの代表取締役の渡辺寧氏は『宣伝会議』で、富士フイルムの山本真郷氏とともに「パリで働く、日本人マーケターのトレンドレポート」を連載していました。)
このホフステードの6次元は、国によって奨励される文化的価値観が異なることを6次元の軸で比較することで、国別の社会や文化的な違いを説明することができます。また、一般的に言われているような国民性とは違った点も示しているのも特長です。(特にホフステードの6次元の「人生の楽しみ方」のスコアを見ると、一般的に快楽的だとみなされるフランスやイタリアは、スコアが思った以上に低く「抑制的」という評価です。特にイタリアは日本より低く、男性性と不確実性の回避がともに高く、ストレスの高い社会と言えます。ただし異なるのは両方とも日本よりも個人主義的なため自由であり、充足的に見えるのかもしれません。)
日本の特長は、特に「男性性」と「不確実性の回避」がともに高く、それが組み合わさっていることです。これはイスケ教授によれば、大きなことを達成しようとする野心が高い一方で、できればあまりリスクを伴わないほうが良い、ということです。つまり、ビジネスに例えると「規模は大きいが、コントロールしやすく、抑制と均衡のとれたプロジェクト」で、オリンピックのような大規模イベントは好まれ、すべてのことを完璧に整備されていることを目指す、というのです。日本の新幹線の時刻表の誤差が非常に小さいのも、このような文化的な価値観のためであるとイスケ教授は説明します。
日本にスタートアップによる失敗が少ないのは文化のせい?
逆に、権力格差のスコアは決して低くなく、集団主義のスコアが比較的高いので、「男性性」「不確実性の回避」がさらに強化されてしまい、トライ&エラーを繰り返し、素早く小さな失敗をして学習するような「アジャイル」なアプローチは、日本社会ではあまり支持されません。
このような文化的な側面からすると、日本が米国流のイノベーションが不得意なのは、人材流動性や多様性の問題ではないという視点が見えてきます。つまり、米国のイノベーション企業でみられるようなスタートアップ企業が数多く生まれて失敗によって生き残った企業が成長することは、日本社会ではあまり文化的に評価されていないということです。
どちらかというと、日本では小さく行動して、常にベータ版で小さなトライ&エラーを推し進めるような身軽さより、大きく考えて正しく行うほうが日本人の思考方法に合致する、とイスケ教授は結論付けています。そして、日本でイノベーションが育つ方法は、日本の「長期的思考」のスコアが高いことと結びついて、バランスが取れることによって、そのなかで失敗に関するプロセスを取り組むことではないかと考えられます。
この文化的側面は、組織で働く個人にとって、失敗が大きなリスクとなり得ることを示唆します。イスケによれば、「権力格差」が高く、「集団主義」であり、「長期志向」「不確実性の回避」の4つが組み合わさると、組織、家族、社会全体において個人が失敗して面子を失うことは、かなり受け入れがたいという社会規範を生むことになります。
これはたとえば、社会において不正や不道徳を犯した際のスキャンダルが非常に個人の人生とキャリアにおいて大きくのしかかることや、自殺率の高さにネガティブに現れます。実際、この4つが高いロシア(10万人あたりの自殺率21.6%)、韓国(同 21.1%)、日本(同12.2%)は、ともに自殺率の高い国です。(WHOの2019年の統計より)
これらの国はマクロレベルでみれば社会経済的には国際的な比較において低いわけではないのに、自殺率が高いということは、それだけ社会自体が「不寛容な国」ということです。
米国にイノベーションが生まれやすいのは文化のせい?
この文化的側面でいえば、イノベーションが盛んに起きる米国はどうでしょうか。米国の特長は、「男性性」と「個人主義」が結びついていることと、「権力格差」が小さいことで、個々人が平等に競争することで成功を勝ち得ることが奨励されていることです。あわせて「不確実性の回避」が低く、「短期志向」であるので、人々は新しいものを受け入れ、すぐに結果を求める傾向にあります。これはスタートアップ企業がすぐに社会に役立つイノベーションを提供することで、優れた短期的な業績や結果を出すことが奨励されているという意味です。
この点からすると、さきほどの清水洋氏の主張は、文化的側面からするとあながち間違ったものではないと言えます。米国のイノベーション傾向は、特徴として「短期志向」になりやすいからです。しかしこれ自体は社会全体の傾向であって、個々の企業に必ずしも当てはまるものではありません。米国の企業は四半期ごとに結果を出して株主の価値を向上することを求められていますが、Amazonのように、短期的には利益を出していなくても、長期的視点で投資をすることで高い評価を得る企業もあるからです。
日本企業に必要なのは「失敗」を避けずに学びに取り入れること
日本の文化的側面であり、世界が日本企業に抱いているイメージは、この「長期的志向」であると言えます。したがってこのような長期志向と、勝利や成功にこだわる「男性性」の高さは、日本の強みであると言えます。
しかしながら、「失敗の原因」という点でいえば、直近の東京五輪でみられた迷走のように、イスケ教授は「日本の失敗の典型は、だたひとつの『美しいシナリオ』を押し通した末での失敗」と指摘します。想定したシナリオが一度失敗してしまうと、修正が利かずに、そのまま総崩れになってしまう傾向にあるのです。悪いことに、先の大戦がそうですが、負けるとわかっていても、つまり、別のシナリオに移行しなければならないときでも、一つのシナリオに固執しようとしてしまいます。それは、さきほどの失敗の型でいえば、特に「深く刻まれた渓谷」という組織バイアスに注意すべきだということです。
日本は「イノベーションがなぜ生まれないか」を問う前に、そもそも様々なタイプのシナリオを想定したうえでの機敏な実践や、そのような状況や対処をするための構想力が必要であると言えます。それは、失敗の経験から学習する知恵をつくりだす仕組みを、ないものねだりの文化的な側面に頼らずに、自国に合った「長期的志向」のなかで作っていく努力ではないかと思います。
それには日本の文化的側面の「不確実性の回避」が生む、失敗自体を誤りとするような、あってはならないもの、という捉え方ではなく、「起こるべくして起こる」試行錯誤の産物として捉えることで、成功から学ぶのではなく「何に失敗してうまくいったか」という経験を増やすことではないでしょうか。それは、イスケ教授の言葉を借りれば、未来の成功に活かすことができる「輝かしい失敗」がもっともっと求められているということです。
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