コラム

マーケティング・ジャーニー ~ビジネスの成長のためにマーケターにイノベーションを~

なぜ日本企業は累計3000億ドル以上、「スタチン」の売上を得られなかったのか? 「偽の失敗」を見極めてイノベーションを育む

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対策1:アイデアの発明者と擁護者を分け、擁護者を見つける

良いアイデアを発明しても、それが擁護されなければ、育てることは難しいです。偽の失敗を見極めるのも、その擁護者がいなければ見直されません。遠藤氏が三共を去った後に、スタチンを擁護する人が誰もおらず消滅してしまったのも、そのためです。また遠藤氏は優れた発明者でもあり、同時に擁護者でもありましたが、バーコール氏いわく、そのふたつを兼ね備えた人は珍しいと言います。なぜなら、そのふたつのスキルは異なるからです。

アイデアの擁護者には、その新しいアイデアの他者への提示の仕方、疑い深いリーダーの説得の仕方、乗り気でない組織内での支援の築き方などのスキルが必要になります。このような支援する力は、発明者が持っているとは限りません。

ただし、現実的にはこのような擁護者の役割は、実際には非常に困難なものでもあります。というのも、擁護する対象であるはずのクリエイティブサイドの発明者は、「自分たちの仕事はそれ自体で完結すると考えている」アーティストであり、積極的に周囲の理解を促す気持ちはなく「自分たちのアイデアがわからないやつのほうがバカ」であり、「そんなことをおおっぴらにアピールするなんて真っ平ごめん」という態度であることが多いからです(こういうセリフを社内の研究者、もしくは広告代理店ではクリエイティブチームから聞くこともあるでしょう)。

一方、それを売り込むビジネス側の営業のマネージャーからは、この擁護者のように「モノを作りも売りもしない人間は必要ない」とか、「社内で自分のアイデアを売り込むだけの人間はいらない」と感じていることが多くなります。概して現場の兵隊(つまり特に営業部隊)からは、こういうアイデアの擁護者は、よくわからないアイデアをお偉方に口先だけで売り込んで社内の予算をふんだくるコンサルタントのように見えているでしょう。ときに、組織内ではマーケターがこういう役割を担う場合がありますので、耳の痛い話です。

対策2:反対者の発言に好奇心をもって耳を傾ける

2つ目のアドバイスは、この脆いアイデアにおいて必ず訪れる他者からのネガティブな反応やフィードバックに対しての対処方法です。「偽の失敗」であるかどうかを見極めるためには、その「失敗」自体をよく吟味することが大事です。スタチンを発見した遠藤氏は、最初の動物実験がうまくいかなかった際、あきらめずにその理由を考えて何度も実験を繰り返して、そのうえでニワトリでの実験を依頼したのです。

自分の持っているアイデアを批判されたときに、その批判を自分自身のアイデアを進化させることに取り入れようとする姿勢を持つことは極めて難しいものです。
実際には腹を立てて、あわてて防御し、素知らぬ顔でやり過ごすのが普通の対応でしょう。ですが、そのときに本当に好奇心を持って相手が言っていることを吟味し、さらに相手に質問を繰り返し、その理由を考えるのは言うほど簡単なことではないかもしれません。

バーコール氏は、「偽の失敗」か、本当の失敗かを判断する分け目として、この最後の「好奇心をもって耳を傾けられるかどうか」をあげています。つまり自分のアイデアに固執して頑固であることだけでは、偽の失敗を見極められないというのです。
つまり、その見極めには、単なる意固地で柔軟性がないこととは相容れないというのです。むしろ、反対者が言うことに、さらにその理由を探るような態度になれないのであれば、自分のアイデアを諦めたほうがよい、というわけです。

“結果重視”マインドセットから、“システム”マインドセットに切り替える

バーコール氏は、この「偽の失敗」を見極めるだけでなく、成功した場合でも、再現性があるかどうかを判断するための思考のヒントを、チェスのチャンピオンであるガルリ・カスパロフ氏の『決定力を鍛える』から導き出しています。それは「結果重視マインドセット」と「システムマインドセット」の違いとして説明できます。

まずはチェスの指し手の良し悪しを考える時、それによる結果を判断するという「結果重視マインドセット」があるでしょう。これは、当たり前の思考法のように思えます。さらに、これに加えて、よりレベルの高い分析としては、その指し手の背後にある、意思決定プロセスを明らかにすること。これを「システムマインドセット」と呼んでいるのですが、こうしたマインドセットが必要とされるのです。

システムマインドセットとは、結果の質だけでなく、その意思決定の背後やプロセスを注意深く見ることを意味します。その決定にはどのような要素が優先順位だったのか。その決定には誰が関わっていたのか。どのような分析をもとにしていたのか。
たとえば、結果が悪かったとしても、そのプロセスが悪かったとは限りません。また、逆に結果が良かったとしても、そのプロセスが良かったとは限りません。プロセスが悪かった場合、再現性が低い成功である可能性があります。また、そのプロセスが悪かったせいで、結果が悪い場合、「偽の失敗」である可能性が高いということになります。

このシステムマインドセットの好例を、フルCGの3Dアニメーションで業界を塗り替えたピクサーのエド・キャットマル氏が、クリエイティブサイドのアーティストたちに建設的な意見をフィードバックする行動に見ることができます。
ピクサーではクリエイティブを担当するプロジェクトは監督によってリードされていますが、彼らが提出するクリエイティブアイデアの良し悪し(結果)だけを、単純に他人が評価することは簡単です。ですが、これは典型的な“結果重視”マインドセットです。したがってこのプロセスをもっと建設的にする場合は、この結果に対するフィードバックそのものをちゃんと活用してもらうためには、“システム”マインドセットが必要です。

さきほど、アイデアの擁護者がクリエイティブサイドには嫌われる、という話がありましたが、ただ結果の良し悪しを伝えても、そのフィードバックがビジネスやマーケターからされた場合、クリエイティブを担当する監督たちが聞き入れない可能性も高くなります。
そこで、キャットマル氏がそれを避けるためにしたことは、ピクサー社内でプロジェクトの監督が、他のプロジェクトの監督からフィードバックを受けるアドバイザリーボードを形成することでした。つまり、違う価値観のビジネスやマーケターのような人間ではなく、同じような立場でクリエイティブを担当する同僚である監督たちがフィードバックすることで、より意見を聞き入れやすくするのです。

このようなキャットマル氏の取り組みは、アイデアの擁護者としてのシステムマインドセットによるプロセスの見直しです。このフィードバックがされることで、アイデアの発明者としては、自分のアイデアをどう育てればよいかを考え直すことができるからです。
そうすれば、仮に最初のアイデアの評価が低かったとしても、そのアイデアをすぐに捨て去らずに改善することができます。つまり、他者による「偽の失敗」などの判断を避けることが可能になります。
アイデアを考える発明者やアーティストは、広告クリエイターもそうですが、自分のアイデアが素晴らしければ「勝手に自走する」と考えがちです。しかしエド・キャットマル氏は、初期のクリエイターのアイデアはすべて「醜い赤ん坊」であると言います。実際にはアイデアが最初から美しい姿で、他人がもろ手をあげて評価することはありません。それは赤ん坊のようにうまく育て上げない限りは、アイデアとして成就しないのです。

バーコール氏は、アイデアの擁護者であること、また、システムマインドセットを活用して、クリエイターや発明者の素晴らしいアイデアを育てるには、一般的に思われている以上に「クリエイター=発明者と作り上げるアイデア」にきちんとしたコントロールが必要で、単に彼らを信頼し任せるだけは不十分であると主張します。

実際、ピクサーのイノベーションを成功に導いたのはアップルの創業者のスティーブ・ジョブズ氏ですが、彼はアイデアのみならず発明者がイノベーションを生み出すためのシステムへの目配りは忘れませんでした。ジョブズ氏は、プロジェクトの初期段階で自分が、アイデアに対して悪い影響を与えないように、発明者には敢えて口を出さないような気遣いをした一方で、ビジネスとして拡大するために鍵となったピクサーのIPOのタイミングやディズニーの交渉をリードしたのです。

このような態度は、多くの人が関わるプロジェクトに関わるマーケターが学ぶべきことかと思います。そのうえで、素晴らしい結果をもたらす可能性の高いルーンショットを偽の失敗で見過ごさないように努めるべきでしょう。

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