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日本ワインを牽引する「千曲川ワインバレー」が生み出すサスティナブルなワイン産業とは?

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イベントを通して新しい造り手を知ってもらいたい

千曲川ワインバレーの若きリーダー成澤氏(写真提供:NAGANO WINE応援団運営委員会)

坂城葡萄酒醸造株式会社
CEO 成澤篤人氏

――千曲川ワインバレーの立役者である玉村氏からの信頼も厚く、千曲川ワインバレーの造り手達をまとめるリーダー的存在なのが、坂城葡萄酒醸造株式会社CEOの成澤篤人氏。成澤氏は、千曲川ワインアカデミーの1期生。ぶどうの栽培から、醸造、レストラン経営、小売、サービスとワイン産業の川上から川下までを実践している経営者でシニアソムリエでもある。成澤氏が経営するレストランでは多くの長野ワインを取り扱っていることもあり、長野県が策定するワイン産業の振興策「信州ワインバレー構想」の前段である研究会に有識者として参画した経験を持つ。

「造り手が増える中で、いかに開業間もない新たな造り手をイベントやワインフェスティバルのラインナップに加えて、人に知ってもらうかが重要だと思っています。パンデミック前ですが、創業5年以内の若い造り手限定のイベントをした時は、予想をはるかに上回る2500人の集客がありました。

ゆくゆくは、いろんな場所で複数イベントを同日開催して、会場を周遊できるようなものができたらいいなと思っています」と語る。成澤氏は、2013年に長野県が策定した「信州ワインバレー構想」のイベント運営の実績もあり、関係者も大きな期待を寄せる。

オーダーメイドのワイナリーツアー

「まだアイデアベースですけれど、例えば、山岳ガイドのワインバージョンのようなガイドさんがいてくれたらいいなと。ワインガイドさんが車を出して、試飲もして、案内もできたらいいですね。バスツアーだと決められた時間にバス停まで来るという流れになってしまうので、ツアーよりお客さんのオーダーメイドで、自由に色んなワイナリー回れるようにしたいと思っています。

時間を気にせず、思うままに美しいぶどう畑やワインを楽しんでいただけたらなと。千曲川ワインバレーを知らない人は、ガイドのおすすめワイナリーツアーを、この地域に詳しい人はご自身が好きなワイナリーへ案内するとか。このあたりに旅に来る人には、オーダーメイドのツアーやタクシー貸切りのツアーがフィットするのではないかと思っています」と常識にとらわれないアイデアが次々とでてくる。

――小規模ワイナリーが急増し、盛り上がりを見せている千曲川ワインバレー。しかし、小規模ワイナリー故の課題を抱えていた。限られた人数で畑作業、醸造や瓶詰めなどの製造、経営に関わる事務作業を行っているため、わざわざワイナリーを訪ねてくるお客さんへ対応やワインの販売まで手が回らないのだ。そんなワイナリーに救世主が現れる。

造り手と訪れる人をつなぐ仲人役に

東御ワインチャペルの石原氏(写真提供:NAGANO WINE応援団運営委員会)

東御ワインチャペル 
ソムリエ 石原浩子氏

――元々はご主人と日本橋(東京)でレストランを経営していた東御ワインチャペルのソムリエ石原浩子氏。ソムリエ資格を取得後、長野にUターンで戻ってきた際、リュードヴァン(長野県東御市)のソーヴィニヨンブランを飲んで「地元でこんな良いワインが造られているんだ」と感激したという。他のワイナリーのワインと飲み比べできて、地元のワインを買えるお店があったらいいなと思い、2016年にワインショップ&レストランを長野県東御市にオープンする。現在は、委託醸造でワインをリリースしている造り手を含めると約40の造り手、100種類のワインを取り扱う。

「小規模ワイナリーや委託醸造の造り手は人手が限られているので、ワイナリーの見学や試飲、販売まで手が回らないといった現状があります。昼間に畑作業をして、夜中にワインの発送作業をしている造り手さんもいるので、人が訪ねてきても案内や試飲がなかなかできない。試飲も週に1~2回の試飲のためにボトルを開けてしまうと、残ったワインはどうするんだということになってしまいます。

東御ワインチャペルに来てもらえれば、試飲もできて、同じ品種で他の造り手さんのワインを飲み比べて、購入も可能なので、手の回らない造り手さんに販売窓口という使い方をしてもらえたら」と造り手への全面的なサポートを提供する。

一流ホテルやワイン愛好家が集まるポータルサイト(入口)に

「先日オープンした高級ホテルのサービススタッフの方々が、千曲川流域のワイナリーの状況を聞きに来て、ワインの飲み比べをしていかれました。東京のホテルや飲食店さんをはじめ「日本ワイン」に力を入れている飲食店さんが直接買いに来ることもあります。あとは、パンデミックの影響で海外のワイナリーに行けないから、このあたりにワインを買いに来る方ですとか。一般のお客さんで、ここで作戦会議をしてどのワイナリーに行くか決めてから、千曲川ワインバレーを回る人もいらっしゃいますよ」と話す。

レストランが併設されていることで、千曲川ワインアカデミーの卒業生や学んでいる人たちの情報も入ってきやすいそうだ。「5年やってきて、ようやく千曲川ワインバレーのポータルサイト(入口)として認知されてきたのかも」と話す。増え続ける小規模ワイナリーの情報収集、試飲、購入などが1か所でできるのは、訪れる人にとっても、造り手にとっても貴重な存在となっている。

――もう1つ千曲川ワインバレーの課題がある。小規模ワイナリーが生産する個性豊かで希少価値の高いワインは、生産量が限られることから一般市場には出回りにくい。人気のある造り手のワインはすぐに完売してしまい、入手するにはおのずと現地を訪れてもらわなくてはならない。最近では、レストランや宿泊施設を併設したワイナリーも開業しはじめている。千曲川ワインバレーは「ワインツーリズム」に舵を切ろうとしている。

日本初・アジア初世界30位のワイナリーに

椀子ワイナリーワイナリー長 小林氏(写真提供:シャトー・メルシャンHP)

シャトー・メルシャン椀子ワイナリー
ワイナリー長 小林弘憲氏

――2年連続でワールドベストヴィンヤーズ33位(2021年)、30位(2020年)に輝いたシャトー・メルシャン椀子(まりこ)ワイナリーが、千曲川ワインバレーの長野県上田市にある。

このアワードは、世界のベストレストラン50などを主催する「ウィリアム・リード社」が2019年にはじめたもの。この受賞は、日本初どころかアジア初の快挙となった。

ワールドベストヴィンヤーズ 受賞メッセージに書かれていたこと

2003年、シャトー・メルシャンの自社管理圃場(ほじょう)として開園したヴィンヤード(ワイン用ぶどう畑)の敷地内に、2019年ワイナリーを開業した。「ワールドベストヴィンヤーズを取ろうと思って取組んでいたわけではなく、長年地道に活動していたものがたまたまこういう結果として返ってきた。

今回の受賞メッセージには、「ワインの香り、味わいが非常に特徴的。世界中の他のワインの産地とは異なる1つの方向性がある」というコメントがあった。『1つの方向性がある』というのが重要で、日本でワインを造る意味というのはまさに、その土地が持つ個性(テロワール)がしっかりワインに表現され、それが人々に認識されること」だと小林氏は語る。

パンデミック後を見据えたワインツーリズム

椀子ワイナリーでは、スタンダードなワイナリーツアーから、料理とワインのペアリングを提供する限定ツアー、ウォーキング&ランチツアーなど様々なツアーが組まれている。

広大な椀子ワイナリーのヴィンヤードの眺め(写真提供:シャトー・メルシャンHP)

パンデミック以前は、多くの訪日外国人観光客が長野県を登山、スキーなどで訪れていて「インバウンドを含めた取組みをしていかなければならないとメルシャン全体で考えていたところだった。まだ実現していないが、複数言語での看板の設置、英語で行うツアーに取組んでいきたい」と話す。千曲川ワインバレー内のマンズワイン(小諸市)とイベントを行うなど地域内の交流も盛んだ。

「マンズワインと椀子ワイナリー間にシャトルバスを走らせてスタンプラリー形式のイベントを開催していました。今後、千曲川地域内でイベントも行っていきたいと思っています。椀子ワイナリーが千曲川ワインバレーを訪れるきっかけになってくれたら嬉しいですし、みなさんに来ていただいて、地元の食や地域での体験に結び付けていければ」と話す。

かつては美味しくなかった日本ワイン

1980~90年代、ぶどうといえば食用ぶどうか加工用ぶどうの2種類しかなく「ワイン用ぶどう」という概念がなかった時代、日本ワインは世界に誇れるものではなかった。ワイン用ぶどうは生食用ぶどうと比べると単価が安く、栽培農家にとって採算がとれないものだったからだ。当時の日本の農業スキームからは高品質のワインを造ることが難しく、海外から濃縮果汁を輸入してワインを造ることもあった。

2000年頃、大手メーカーが農業法人を作って、農地所有適格法人がワイン用ぶどうの栽培をする流れができはじめた。2010年頃から、会社を退職した人が、個人で栽培をはじめ、ヨーロッパの栽培様式(垣根式)でぶどうを栽培する流れができてきた。ワインが人々の生活に普及してくると、贈答用の「お土産ワイン」だったものから「食事に合わせるようなワイン」が増えてくる。人々が「産地の個性」を語りだす。そして今ようやく、日本のワイン文化は、一般の人々の生活の中で醸成されつつある。

世界に認められた千曲川ワイン

玉村氏が開業したヴィラデストのワインは、栽培醸造責任者に小西氏を迎え、日本国内にとどまらず、世界的にも高い評価を得ている。

ヴィラデストから望む千曲川ワインバレー(写真提供:ヴィラデストHP)

トップキュヴェである、ヴィニュロンズ・リザーブ・シャルドネは、日本ワインコンクールにて金賞・最優秀カテゴリー賞を受賞。2008年洞爺湖サミット、2016年伊勢志摩サミットにて、各国首脳に提供された実績を持つ。その品質は、世界最優秀ソムリエとなったパオロ・バッソ氏が「ブルゴーニュの高級白ワインに匹敵する」と賞賛したほどだ。

そんなワインを生み出したヴィラデストを訪れると、目に飛び込んでくる景色がある。千曲川流域の街並みと、どこまでも広がる八ヶ岳の山々を一望する眺めだ。この地には、個性豊かな造り手や味わい深いワインだけでなく、美しい自然、新鮮な食材、温泉があり、造り手を支える多くの人々がいる。この美しく豊かな地域の魅力をどのように伝え、広げていくのだろう。千曲川ワインバレーの挑戦はまだ始まったばかりだ。
 

反中恵理香(たんなかえりか)

シンクタンク研究員、外資系戦略コンサルティングファームのリサーチャーを経て独立。過去のビジネス経験(金融、M&A、ガバナンス、ESG、サステナビリティ)から社会問題まで幅広いテーマをカバーしている。人生100年時代の生きかた・キャリア観などのインタビュー記事のほか、企業のサステナビリティ/ESGレポートなどを手がけている。

≪執筆記事≫商社勤務から“3000本が即完売”の若手ワイン醸造家に転身。「人生を変えるのに覚悟はいらない」(BUSINESS INSIDER)

【反中さんコメント】
書くことを仕事にしたいと思いながら、長らく向き合ってこなかった私にとって「編集・ライター養成講座」の受講は大きなチャレンジでした。

講義前半では、業界の一線で活躍する豪華ゲストスピーカーの臨場感あふれる講義。後半の少人数クラスでは、お店紹介、本の紹介などに始まり、クラスメイトや映画監督のインタビュー記事など、今まで書いたことのない文章を書く機会があり、講師からの細かい添削は大きな気づきと学びになりました。

特に少人数クラスのメンバーは、卒業制作の提出前に原稿を回し読んでコメントし合うなど、共に学び、高め合っていくような雰囲気がありました。43期生全体では、卒業後もSNSを通じて定期的に集まるよいコミュニティがあり、独立したての私の心の支えになっています。

卒業制作は、友人の勧めで参加したワインブドウの収穫で「千曲川流域で新規ワイナリーが増えている」という話を聞いて興味を持ったこと、少人数クラスの課題でペアになったクラスメイトが長野県の方だった偶然が「千曲川ワインバレー」というテーマを運んできてくれました。

ワインについては素人でしたが、これを機に1から調べ、ワインを知らない人にも読みやすい記事を心掛けました。取材させていただいた方が素敵な方ばかりで、わたし自身がこの地域のファンになってしまい、地域の魅力を伝えたいという思いで執筆しました。

少しでも多くの方に「千曲川ワインバレー」を訪れるきっかけになったら嬉しいです。快く取材にご協力いただいた皆さま、苦楽を共にした受講生の皆さん、講師の方々、事務局の皆さまに、心からお礼申し上げます。