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日本ワインを牽引する「千曲川ワインバレー」が生み出すサスティナブルなワイン産業とは?

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本記事では、宣伝会議「編集・ライター養成講座」43期修了生の反中恵理香さんの卒業制作(2022年1月10日提出)を紹介します。

――私達は、今ものすごく面白い時代に生きている。日本ワインが、その土地の個性(テロワール)を語れるようになり、日本ワインの方向性を表現できるようになってきた。そして、それが世界にも認められつつある。さらに、安定供給を目的とした大量生産型のワインと小規模ワイナリーの個性豊かなワインのどちらも楽しめる時代に私達は生きている。

いま日本で最も勢いのある千曲川ワインバレー。その快進撃は今に始まったことではない。数十年という長い年月をかけ、多くの先人達が「少しでもよいワインを造りたい」と奮闘した結果、その経験という土壌と想いが新たな造り手達に引き継がれている。そして今、ようやくその土地の魅力がワインを通じて表現され、世界中の人々に届きつつある。

500本のぶどうの苗がワインの聖地になるまで

長野県でワイナリーの新規参入が相次いでいる。2013年1月時点で25軒だったワイナリーは66軒(2021年11月現在)まで増えている。特に「千曲川ワインバレー」と呼ばれるエリアで、小規模ワイナリーが急増しているのだ。

豊かな自然が広がる千曲川ワインバレー(写真提供:シャトー・メルシャンHP)

長野県東信から北信地方に流れる千曲川流域に位置する(写真提供:アルカンヴィーニュHP)

「千曲川ワインバレー」は、長野県の北東にある小諸市、東御(とうみ)市、上田市、千曲市、長野市、坂城(さかき)町などの千曲川流域に位置する市町村を指す。

かつて養蚕業で栄えたこの地域には、桑畑が広がっていた。和装需要が減り、安価な輸入糸が普及したことで荒廃地となった桑畑は、ヴィンヤード(ワイン用ぶどう畑)として生まれ変わりつつある。降水量が少なく、日照時間が長い上、昼夜の寒暖差が大きく、水はけのよい土壌は、ワイン用ぶどうの栽培にも適しているのだ。

「千曲川ワインバレー」は、1973年にマンズワイン小諸ワイナリーを開設。1991年にはエッセイストの玉村豊男氏が、千曲川ワインバレーの東地区にあたる長野県東御市に移住し、自家用に500本のワイン用ぶどうの苗を植えたことに始まる。

2003年、玉村氏が「ヴィラデストガーデンファームアンドワイナリー」(以下、ヴィラデスト)を開業したことを皮切りに、千曲川流域には、多くの造り手(ワイン用ぶどうの栽培・醸造を行う人)が次々と参入している。ではなぜ、造り手は「千曲川ワインバレー」を目指すのだろう。その理由を探った。

ワイン造りの学びの場

長野県には、ワイン造りをはじめる人をサポートする制度や学びの場が多くある。公的なものでは、長野県の「ワイン生産アカデミー」、塩尻市の「塩尻ワイン大学」。そして2015年、民間で初の学びの場である「千曲川ワインアカデミー」が開講した。ヴィラデストの玉村氏と醸造責任者の小西超(とおる)氏がはじめたアカデミーで、現在7期生が受講している。

長野県上田市のカベルネ・フラン。甘みを凝縮するためギリギリまで収穫を待つ(筆者撮影)

これまでの総受講生は約220名にも及ぶ。長野県出身者に限らず、日本中からワイン造りを学びたい人々が「千曲川ワインアカデミー」の門を叩く。アカデミーの内容は、ぶどうの栽培や醸造だけでなく、ワイナリー経営や農地取得から免許申請のプロセス、小規模ワイナリーのブランディングなど充実した内容だ。

講師陣も、土壌コンサルタント、研究者、日本各地の実力のある栽培醸造家など、その道のプロフェッショナルから学べる機会がある。卒業生同士や講師陣とのネットワークも強く、困ったときに相談でき、切磋琢磨できる貴重なつながりとなっている。また、アカデミーの開講と同時に「アルカンヴィーニュ」というアカデミーの卒業生らが醸造を委託できる施設も開設している。

醸造施設がなくてもワインがリリースできる仕組み

新規参入者がワイナリーをはじめるにあたって、ぶどう畑の取得と同時に醸造施設(ワイナリー)を創らなくても、醸造工程のみを第三者に依頼できる委託醸造という仕組みがある。それによって、資金面や品質面において参入のハードルが低くなっている。よいぶどうを収穫することさえできれば、醸造施設を持っていなくても自分のワインをリリースできるのだ。

長野では、委託醸造の仕組みが充実している。かつては、アルカンヴィーニュが中心となって委託醸造を引き受けていたが、現在は醸造家を選べる様になってきた。「マザーバインズ長野醸造所」のような委託醸造専業の醸造メーカーや、「テールドシエル」や「南向(みなかた)醸造」のような、自社ワインのみならず、他の造り手の醸造を受託しているワイナリーもある。醸造家を選ぶというのは、その醸造家のワイン造りを知ることだという。

例えば、ワイン造りの考え方にはじまり、房を潰すのか、濾過するのか、亜硫酸添加のタイミング、使う酵母の種類など、ワイン造りには無数の選択肢がある。醸造家を変えるだけで、ワインが全く違う印象になることもあるそうだ。醸造のバリエーションが増えたことで、味の深みや複雑さが出にくい樹齢の若いぶどうであっても、ワインの個性が出やすくなったという。中には醸造施設を持たず、よい醸造家を見つけて、ぶどうの栽培に専念する造り手もいる。栽培者と醸造家との対話がワインの品質向上と地域の強いコミュニティを創り出している。

国の「ワイン特区」に認定

国が指定する構造改革特区の1つである「ワイン特区」に認定されている。特区に認定されることで、酒類製造免許に係る最低製造数量基準(6キロリットル)が、域内の原料を使う場合、2キロリットルに引き下げられ、小規模な事業者も酒類製造免許を受けることが可能となる。また、ワイン用ぶどうの苗木や栽培関連設備の購入、桑畑だった有休農地を活用するために必要な経費も補助している。新規就農者に助成金を支払う市町村もあり、ワイン産業を盛り上げるために様々な施策がとられている。

新規参入者が後を絶たないのは、前述の「千曲川ワインアカデミー」の存在が大きい。広く学びの場を提供することで、日本全国からワイン造りに興味のある人が千曲川ワインバレーに集まってくる。講師や卒業生、同期とのつながり、創業時から醸造設備を持たなくてもワインがリリースできる委託醸造の仕組み、自治体の積極的な支援は参入の大きな後押しとなって、よい循環を生みだしている。

造り手が増え、縦横のつながりもできて、サスティナブルな生産の仕組みが出来てきた。更なる発展に向けて、より多くの人に千曲川のワインを知ってもらい、ファンになってもらうには、体験してもらう場作りが必要だ。

次ページ 「イベントを通して新しい造り手を知ってもらいたい」へ続く