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音楽家 渋谷慶一郎が問う、AI時代の人間の価値「真摯に新しさを求める狂気が必要」

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音楽家 渋谷慶一郎さんによるアンドロイド・オペラ『MIRROR』が6月21 日から23日にかけ、パリ・シャトレ座で上演された。オペラにおいてステージ中央でオーケストラと歌うのはAI を活用した人型アンドロイド「オルタ4」。2018年から本プロジェクトを続ける渋谷さんに、今考える自身とAI との関係性、音楽とAI の関係性について聞いた(本記事は月刊『ブレーン』8月号「『仕事を奪う』は本当か 生成AIの隆盛とクリエイターの未来」特集からの転載記事です。特集の詳細はこちらから)。

ChatGPT を活用した曲『LUST』

6月23日までの3日間、パリのシャトレ座で上演されていた『MIRROR』。2022年にドバイ国際博覧会で発表した内容をベースに渋谷慶一郎さんが新たに楽曲を書き下ろした、約70分の演目である。ChatGPTを活用したアンドロイド「オルタ4」が歌唱を務め、パリ現地のオーケストラ「Appassionato」、高野山に伝わる仏教音楽「声明」を唱える5 人の僧侶、そして渋谷さん自身が演奏するピアノとエレクトロニクスが共鳴し、人間とテクノロジーの融合の新たな可能性を提示した。

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6月21 日から23 日にかけ、パリ・シャトレ座で上演されたアンドロイド・オペラ『MIRROR』。

本公演における最後の楽曲『LUST』は、上演の約2 週間前に完成した。

「事前にリサーチを進める中で、欲望を肯定する『密教』の教えである『理趣経』の最初の部分『十七清浄句』に行き当たりました。これは男女の愛欲を清らかなものとして認めるもので、その意図を僕は“自分と他人の境界を超え融合し、欲望のエネルギー=生命のエネルギーを世界に拡げていく”ということだと解釈しています。この教えが今回の演目にもぴったりだと思い、これをベースに今回の楽曲をつくろうと考えたんです」。

「オルタ4」が歌う部分の作詞は、ChatGPTに次のように問いかけながら行われたという。「今回のコンサートの最後の曲の歌詞をつくりたい。アンドロイドにはChatGPT(君)の化身として舞台に立ってもらう。君の周りには密教の僧侶が5 人いて、十七清浄句を唱える。僕は君に向かい合ってピアノを弾いていて、君の後ろにはオーケストラがいる。会場はパリで一番古い劇場。君はこれから最後の曲を歌うが、どんな歌詞の歌を歌いたいか」⸺。

渋谷さんと「オルタ4」。

 

「結果として生成されたのは意外にも、『私とあなたの境界が見えなくなっていく』という、西洋のオペラであってもおかしくないようなロマンチックな内容でした。アンドロイド・オペラという通常と全く異なるフォーマットで、オペラとかけ離れた密教のテクストを参照しているのに、こうした反転が生まれたのが結構面白いなと思ったんです」。

こうした対話から生まれた歌詞をオーケストラの各パートに反映させ、『LUST』という曲に仕上げた。

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2022年のドバイ国際博覧会での公演の様子。

 

AI は自分を反映する「鏡」である

渋谷さんはこのChatGPT による歌詞の生成を、5 月12、13 日に東京都庭園美術館で開催されたアートイベント「プラダ モード」において「オルタ4」と協奏した楽曲の制作においても活用している。そんな風にAI と対話する中で改めて感じているのは、「世界は言葉でできている」ことだと話す。

「音楽をつくるにしても、全て言葉なんです。AI、特にChatGPT の台頭による大きな影響は、人々が世界は言葉でできていることを再認識したことだと思います。AIには適切な言葉を入力し指示できないと、求めるものは生成されない。AIに畏怖を抱いている人は、自分の言語化能力やコミュニケーション能力に不安があるのだと思います」。

その意味で、AI は自身の言葉が反映される存在、つまり「鏡」であるとして、今回の演目も『MIRROR』と名付けられた。

「AI によって仕事が奪われてしまうのではないか、と危惧する声も聞きますが、マニュアル的なものは全てAIが代替できるので、それで淘汰されてしまう存在であれば仕方がないでしょう。今後人間に求められるもののひとつは、極端さや異様さなど、アノマリーな部分です。そしてAIをうまく活用するには、その極端さをロジカルに自由に言葉で表現、伝達できることが重要です」(渋谷さん)。

 

「新しいものを生む」ことが人間の価値

軽やかにAI と対話して楽曲制作を進める中、音楽業界におけるAI活用をどのように見ているのだろうか。

「ポップスなどヒット曲の生成においては、ある程度活用が進んでいますよね。いくつかそういうアプリも触ってみましたが、過去の音楽を参考にコード進行をつくりメロディーを乗せるみたいなものは、今後もいくらでも出てくると思います。

でもそれは面白くはない。作業を短縮するものであって、新しい何かを生み出してはいないからです。そしてそんな風にスナック感覚で消費できる音楽が増えると、人はやがて音楽というジャンル自体に興味をなくしてしまうと思います」。

新しいものが生まれなくなった先にあるのは、対象への無関心だと考える。

「そうすると、よく言われる『AI が人類を淘汰して地球が終わる』という話になるんです。ただ、僕はAI が一気に進化する今、いつかそんな世界の終わりを見ることが一番のモチベーションなんですけど(笑)。

そう考えると、逆説的には人間の価値は、新しいものをつくるということにあります。新しいことにチャレンジしない人には価値が無い。これは批判ではなく、本当に人間の真価はそこにしかないんです。自分の価値は自分にしかつくれず、新しいことを生むそのプロセスや思考は均質化され得ないもので。AI が浸透した世界で生き延びるには、真摯に新しさを求める狂気が必要だと思います」(渋谷さん)。

〈END〉

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しぶや・けいいちろう

音楽家。東京藝術大学作曲科卒業。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンドインスタレーションまで多岐にわたる。2023 年6月にはパリ・シャトレ座で新作アンドロイド・オペラ『MIRROR』を発表。創作にAI やロボットを取り入れるなどテクノロジー、生と死の境界領域を、作品を通して問いかけている。

月刊『ブレーン』2023年8月号

【特集】
「仕事を奪う」は本当か
生成AI の隆盛とクリエイターの未来

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クリエイティブ力を拡張するAI の使い方
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柴山 大(アイレップ・博報堂テクノロジーズ)
毛利真崇(サイバーエージェント)

▼OPINION
・渋谷慶一郎/音楽
・一ノ瀬京介/映画
・橋本祐樹・リョウマツモト/ファッション
・手塚 眞・栗原 聡/漫画

▼REPORT
グローバル事例に見る
未来の可能性
志村和広(電通)

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