児島令子さんに聞くコピーの裏側 第3回:「愛と革新。」「ウイスキー飲もう気分。」他、フレームワードでキャンペーンの世界を広げる

キャンペーンをけん引するフレームワード

三島:勇気や実験ということでは、こちらもインパクトがあります。

別ヨ

ANA’S 別冊ヨーロッパ

(全日本空輸/2000年)

児島:これは旅の商品のネーミングであり、キャッチでもあります。もともとの商品には「欧州日記」という名前があったのですが、「ネーミングから考えてもらってもかまわない」という話をいただきました。当初のオリエンでは、初めてのヨーロッパ旅行ではなく、2回目以降のリピーターが対象である、と。そうなると観光ではなく、暮らすように旅するみたいな、旅を編集するみたいなことかなと思い、そのときに浮かんだのが「別冊ヨーロッパ」でした。

このままでもいいんだけれど、「別冊ヨーロッパ」という言葉から自然と『別冊マーガレット』につながりました。『別冊マーガレット』は昔から「別マ」という愛称で知られていたから、「別ヨだよね」とシナプスがつながっていったんです。女性がターゲットだから「別ヨ」の感じはわかってもらえるだろうとも思いました。

三島:文字の見た目として画期的なネーミングですし、ポスターなどを遠くから見たときにもはっきり伝わる記号的な面白さもありますね。

児島:記号的な面白さだけではなく、あわせて「私は別よ」という意味も含んでいるんです。「そんなオノボリさんじゃないの。ありきたりの旅はしたくないの。私は私ですよ」という意味もそこに込めました。だから、この短いネーミングにメッセージ、世界観が内包されているんです。

ポスターのアートディレクターは服部一成さん、撮影は若き日の瀧本幹也さん。2人はハンディカメラを持ってヨーロッパに行き、撮影したムービーから写真を切り出して、さらにポップに色調整し、グラフィックを制作しました。通常、旅のポスターと言えば美しい景色を見せていたわけですが、ちょっと解像度の荒い写真を使うことで、彼らなりに新しい旅のポスターにしたかったのかなと思います。CMのCDは佐々木宏さんで、プランナーは澤本嘉光さんでした。

別ヨからさらに、別パ(パリ)、別ロ(ロンドン)、別フ(フランクフルト)という感じで展開し、広告だけではなく案内の冊子もつくりました。そのときは、例えば「タクシーじゃなくて地下鉄で移動するのが別ヨ」「お土産屋さんでお土産を買わずに、ファーマシーで歯ブラシを買うのが別ヨ」みたいな、ふつうの旅のルールとは違うルールをつくってメッセージで展開しました。これも「別ヨ」というフレームワードがあったからこそ展開できました。

ヨーロッパが奥深いのではない。
この私が、奥深いのである。

センスよく旅するって、どういうことだろうか?海外に行くと急に海外旅行モードに変わっちゃって、観光と買物にふれきっちゃう人いるけど、私、もうそういうのパスである。(そんな頃もあったけどね。)とはいえ、自分で作る旅!とかいうが、そんなゼロから作り上げるのもけっこう疲れるのである。(肩にチカラが入り過ぎの感じ。)
考えてみたら、私は日本ではけっこうセンスよく暮らしている、ではないか。海外でも自分のペースで暮らすように旅する。が、いいのではと思うわけ。同じヨーロッパでも、暮らすという視点で楽しめば、いままでとはちがう「別ヨ」になる。私がそうするのである。
いま、私の中でヨーロッパが別冊になった。

 

*フルコースをヘビーに感じる日は、メインディッシュをやめて、前菜とサラダだけでディナーするのは、「別ヨ」。(かっこ悪いからとフルで注文して食べ残すのは「別ヨ」ではないよね。)
*日本にいるときと同じように、地下鉄で移動するのが「別ヨ」。タクシーばかりじゃ、街を自分のモノにできないもんね。最寄り駅、という感覚を鍛えよう。
*とはいえ、観光をバカにしちゃいけません。混雑する時間は避けて、早朝や日没のサイトシーイングとか。メジャーなモノを少しずらして楽しむのは、かなり「別ヨ」。
*おみやげは、おみやげ屋さんで買わないのが「別ヨ」。街角のファーマシーで買ったハブラシを、パリみやげにしよう。センスのいい日用雑貨には、私たちはとっても敏感なのだ。

 

私が、ヨーロッパを、「別ヨ」にする。

(別ヨパンフレット)

三島:フレームワードで言えば、サントリーの「ウイスキー飲もう気分。」もそうですよね?

ねぇ、みなさん、
誰の人生にも、
ウイスキー飲もう気分。
のときがある
と言ったら、
おこったりしますか。

 

WE-SUKI
SUNTORY

(サントリー/ウイスキー/1998年)

児島:はい、ウイスキーのフレームワードです。ウイスキーが酒税改正でちょっとお安くなったタイミングに、サントリーから大々的にウイスキーのキャンペーンをやりたいというお話がありました。

ただ、ウイスキーが少しダウントレンドな時期で、「どういうコピーにしたらいいかな」と考えたときに、フレームワードだからシンプルに「この指止まれ」のコピーを開発しようと思いました。だけど「ウイスキー飲もう」と言いたいわけじゃない。サントリーはすでにウイスキーの王者であり、それじゃ一方的な企業の言葉になってしまうので、そこに気分をくっつけて「飲もう気分」というコピーにしました。

このときは「記号じゃなくて、気分を転がすキャンペーンです」とプレゼンしました。当時はウイスキーの気分より、ビールやワイン気分が強かったでしょう。でも食事の後もう少し話したくて2軒目に行くとなったら、やっぱりウイスキーハイボールを飲むよねとか、そういう気持ちはあると思うんです。「そういう気分を転がしていって、熟成させていくキャンペーンにしましょう」というプレゼンをしました。

当時、毎週のように新聞15段を出稿し、テレビCMもつぎつぎオンエアしました。大きなキャンペーンの場合、こういう言葉が一つあることでみんなが動けるんです。CMもグラフィックも、店頭も販促も、この言葉のもと、みんな動ける。それはコピーライターが考えるものなので、そこはなるべく骨太にしたいと思って考えました。キャンペーンの規模は全然違うけれど、「ウイスキー飲もう気分。」と「別ヨ」をひもといてみると、つくり方が近いですね。

三島:「ウイスキー飲もう気分。」というコピーにどれだけの展開力があるかを考えたわけですね。

児島:そうそう。結果、長く続けていける展開になりました。

三島:このキャンペーンは、キャスティングとビジュアルの力も大きかったと思います。

児島:これはクリエイティブディレクターが佐々木宏さんで、アートディレクターが副田高行さん。写真は、坂田栄一郎さんです。そもそもは佐々木さんがウイスキーの話法をがらりと変えたいと思っていたからこその、KONISHIKIさんというキャスティングだったと思います。それに加えて、KONISHIKIさんの体がオールドのボトルに似ていたこともビジュアル面では大きかったですね。

コピーライターとしては、こういう大きいキャンペーンのときこそ、のみこまれないようにして、自分のスタンスを守って自分のコピーで勝負していくことが大事。キャンペーンの大小に関わらず、私は基本的には1案しか見せないぞという気持ちでいました。ずっとフリーでやってたので、コピーを選んでもらうという感覚がないのです。そのかわり「こういう展開ができます」と展開を考えていることをきちんと示すようにしていました。

21世紀 My Car。

おはようヴィッツ。
21世紀のみんなのマイカーになるために生まれたヴィッツ。
ヴィッツは、小さいことをすべてにおいてメリットにしたクルマだね。

 

小さなヴィッツは、びっくりヴィッツ。
VITZ

(トヨタ自動車/ヴィッツ/1999年)

児島:ヴィッツという車はトヨタのコンパクト市場における世界戦略車でした。当時、ヨーロッパではヤリス、日本ではヴィッツという名前で売り出していて、車体は全部トヨタがコンパクトカー用に新しく作り直したものです。

このときは大競合で、大プレゼン大会でした。「私、誰の人生もうらやましくないわ。」のような感覚的な方向だけのプレゼンではクライアントを説得するのは難しいと思ったので、何かもっと自分ならではのロジックのある言葉にしたいと思っていました。「21世紀」という言葉は単なる記号、普通の言葉です。「My Car(マイカー)」も、モータリゼーションの初期だったらすごいありがたみのあるワードだったかもしれないけれど、もう普通の言葉。でも、「21世紀」と「マイカー」を組み合わせることで、新しいメッセージになるんじゃないかと思ったんです。

三島:それはなぜですか?

児島:「My Car」という言葉は、かつては車を所有することを意味していました。でも、21世紀からのマイカーには、自動車メーカーとして環境への責任や、乗る人にも地球市民としての責任がある。そういうものを兼ね備えた車を「21世紀のマイカー」と呼ぶ。逆に環境に負荷を与えるものは「21世紀のマイカーじゃないよね」という。そのロジックをプレゼンで話したところ、トヨタの皆さんは「それは素晴らしいですね」と言ってくれました。

私は言葉としても新しい時代の幕開け感、ワクワク感を出したかった。環境などを優等生っぽく語って「そんな時代のコンパクトカー」みたいに言うのではなく、「21世紀 My Car。」というフレームワードにすることで、その登場感を際立させるのがいいかなと思ったんです。

三島:21世紀というものを誰もが意識していたタイミングであり、当時はもう誰も「マイカー」という言葉を使っていなかった。その二つが組み合わさった時に化学反応が起きる。同じコピーライターとして、その鮮やかな解決に憧れます。こういう組み合わせを見つけられることがすごい。

児島:よくミスマッチな言葉と言葉をくっつけると強くなると言う人がいるけれど、それは危ないと思うんです。必ずしもそうじゃないし、それはただの方法論に過ぎないし、そこには心もない。すでに世の中にある言葉と言葉をくっつけるのであれば、私はそこに新しい意味やメッセージが生まれるものにしたいんです。だから必ずしも正反対の言葉はくっつけなくてもいい。「21世紀マイカー」も別に正反対の言葉でもなんでもないですから。「21世紀」をつけることで、「マイカー」が新しい意味を持つよねという。その「新しい意味を持つよね」こそがメッセージなんです。

三島:組み合わせによって新しい意味が生まれる。奇をてらわないけれど、みんなが納得できる、「新しい意味が生まれる」というのは本当にすごい仕事だなと思います。

前のページ 次のページ
1 2 3
この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

この記事を読んだ方におススメの記事

    タイアップ