児島令子さんに聞くコピーの裏側 第3回:「愛と革新。」「ウイスキー飲もう気分。」他、フレームワードでキャンペーンの世界を広げる

自分がリアルに実感できる感覚から言葉を引き出す

君はいま、
「どこまで行けるか」を試すこともできるし、
試さずに過ごすこともできる。

君の、
志望する、
人生のために。

(河合塾/企業/2008年)

児島:2024年のTCCグランプリのカロリーメイトに代表されるように、受験生に向けた広告って毎年ありますよね。私も過去に受験した経験があるから、受験生の気持ちになってコピーを書くこともできなくはなかったけれど、河合塾に行くほど勉強していなかったなとも思って、この依頼が来たとき、さてどうしようかなと。

そのときに受験ということにとどまらず、何かの目的に向かって頑張っている人に対するコピーにして、自分ごと化していったら書けるかもしれない。そう思って書いたものが「君はいま、「どこまで行けるか」を試すこともできるし、試さずに過ごすこともできる。」です。

私自身の日々のコピーワークや、まだ新人賞を獲れないときに「これで賞を獲れるかな、いや、まだここでペン置いちゃいけない」と葛藤していたことも、受験生と全く一緒だなと思って。「何かを頑張っている時に、どこでペンを置くんですか。ペンを置いて遊びに行けるよ。でも、その頑張ることもあなた次第よ」ということを書く。そういう自分がリアルに実感できる感覚から、言葉を引き出していきました。安易に受験生にエールを送るコピーはちょっと嘘っぽくなるから、今ギリギリでやっている子たちにはこういう言葉のほうが届くんじゃないのかなと。

受験ということだけではなく、コピーライターとしての自分の人生を振り返ると、TCC新人賞を獲るためにがんばっていた時期がありました。私は1回では獲れず、今年はどうだろうと苦しんだこともありました。もちろん新人賞だけではなくて、TCC会員になってからはTCC賞だったり、他のコンペだったり、いろんなことを頑張ってきて、その中で自分が成長してきたという実感があります。その実感から出た言葉はやはり強いかなと思って、それをこのコピーに書いたんです。

三島:「どこまで行けるか」は、仕事において僕も毎日感じていることです。「どこまででも行けるんだ」という境地を児島さんのコピーは示してくれるので、受験生はもちろんですが、コピーライターである僕たちにとっても深く刺さるものがあります。

児島:コピーライターの仕事って、本当に日々そうですもんね。

三島:コピーライターは、このコピーを肝に銘じるべきだと思います。

次は小野薬品工業の企業広告です。

定年の日は、
ある日突然やっては来ない。

いま、どれくらい、
成人病を気にしてますか。(その1)

 

真面目な人ほど、
あぶないなんて、不公平。

いま、どれくらい、
成人病を気にしてますか。(その2)

 

ミセスに健康診断をすすめるのは、
誰の役目でしょう。

いま、どれくらい、
成人病を気にしてますか。(その3)

 

「景気と食生活」について、
思いあたるふし。

いま、どれくらい、
成人病を気にしてますか。(その4)

 

若者も健康の自覚を!
(いや、自覚しないからこそ若者だ。)

いま、どれくらい、
成人病を気にしてますか。(その5)

 

いちばんしたくない、
「身体にいいこと」は、なーに?

いま、どれくらい、
成人病を気にしてますか。(その6)

(小野薬品工業/1996年)

児島:小野薬品工業は医療用専門の医薬品会社で、エンドユーザーは直接の顧客ではないのですが、企業広告として新聞広告を出稿したいということでお話をいただきました。全部で21本制作して、これはそのうちの成人病シリーズの6本です。

極めて専門性の高い最先端の製薬の話を、新聞をめくるすべての人に語り直したい。と考えて、いかに柔らかく、少しでもチャーミングにできるか注力しました。

うちの母さんにかぎって
病気なんかしない、と、
すべての子供は思うんだ。

(小野薬品工業/企業広告/1995年)

これは母の日の広告です。糖尿病の薬がテーマで、女性の糖尿病患者が増えているから検診してくださいというアプローチで企業としての活動を伝えているのですが、そのときは自分が子どもだったときの気持ちで書きました。

学校から帰ったときに、お母さんが寝込んでいると、子どもとしてはかなりショックで。ただお母さんが心配というだけでなく、ご飯作ってもらえないとか、いつもと違う家の空気に対するショックが大きかった。お母さんの病気を通して、そのときの自分の気持ちを書いたのが、このコピーです。個の気持ちですが、人間共通の普遍性へと導くキャッチにしたつもりです。

通常、医療専門の製薬会社の広告はお堅い、面白みのない広告になりがちです。でも、そこをコピーの力でヒューマンなものへともっていく。ボディコピーの後半は製薬の堅めの話になるので、入り口はちょっと読んでみようかなと思ってもらうことを意識しました。

三島:次のコピーは、ソフトバンクのコピーですが、通常の広告とは立ち位置が違うものですね。

努力って楽しい。

無理難題って、楽しい。逆境って、楽しい。壁って、楽しい。あきらめないって、楽しい。しつこいって、楽しい。有言実行って、楽しい。大風呂敷って、楽しい。時間なさすぎって、楽しい。大至急って、楽しい。ダメだしもらうって、楽しい。背伸びって、楽しい。二兎を追うって、楽しい。悩むって、楽しい。失敗って、楽しい。前人未到って、楽しい。
SoftBank

(ソフトバンク/企業広告/2012年)

児島:これはソフトバンクグループのバリューワードです。当初、インナー向けに開発したものでしたが、広告としても展開しました。

ソフトバンクと言えば孫さんですが、当時、その孫さんイズムみたいなものが若い社員にあまり浸透していなかった。そこで、あらためて孫さんイズムを社員に共有したいという依頼で、そのアウトプットとしてCMや新聞広告もつくりました。

山のように資料をいただいて読み込んだのですが、これをコピーにと言われても、私はイタコじゃないし…。そこで、孫さんイズムと自分の接点を探すことにしました。そこで見つけた接点は、努力。孫さんが書いたものの中に、「脳がちぎれるほど考える」という言葉もありました。実際に私も脳がちぎれるほど考えているわけだし、なぜそれを考えるのかと言えば、不毛な努力をしたくないからなんです。

クライアントがこう言っている、CDもこんなことを言っている、それに応えるコピーを明日までに書かなくてはいけないとなったら、どう書いていいかわからない。それって、不毛な努力じゃないですか。

そうではなくて、私はもっと楽しい努力をしたい。そういう仕事のやり方は自分のモットーでもあり、そこに孫さんイズムとの接点を見つけました。ソフトバンクの社員の皆さんに苦しくて不毛な努力ではなく、楽しいと思えるような努力をしたいよねというメッセージを込めて、「努力って楽しい。」というコピーを書きました。つまり、努力することが楽しいと思える仕事をしようということ。

どんな仕事でも、私は自分の主観をどこかに見つけ出したり、取り出したりしないとコピーが書けないし、書きたくないんです。「努力って楽しい。」というコピーは、心の底から自分がそう思えたものだったから、その後のコンテンツを考える作業も楽しくできました。

(第4回へ続く)

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児島令子

児島令子事務所
コピーライター

主な仕事に、Tinder「愛は他人と。」、ライフカード「僕ら以上の僕ら。」、帰ってきたあぶない刑事「無茶しないと、滅びるぜ。」、earth music&ecology「あした、なに着て生きていく?」、天然水THE STRONG「刺激なき人生はなき。」、LINEモバイル「愛と革新。」、日本ペットフード「死ぬのが恐いから飼わないなんて、言わないで欲しい。」、大阪ブレストクリニック「ママはおしゃれな、がん患者です。」、TCC最高賞など受賞多数。著書「私、誰の人生もうらやましくないわ。」

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三島邦彦

電通
コピーライター

長崎県長崎市出身。主な仕事にNetflix「人間まるだし。」「再生のはじまり」「上を見ろ、星がある。下を見ろ、俺がいる。」ONE PIECE実写版「いいものつくろう。」Honda「難問を愛そう。」Honda F1ラストラン「じゃ、最後、行ってきます。」Vポイント「ぶいぶい、貯まる。ぶいぶい、使える。」など。著書に『言葉からの自由 コピーライターの思考と視点』(宣伝会議)。

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『コピー年鑑2024』

編集:東京コピーライターズクラブ

発行:株式会社宣伝会議

編集委員長:尾形真理子

アートディレクター:丸山もゝ子

編集委員:国井美果、栗田雅俊、吉兼啓介

発売:2025年1月20日

定価:22,000円(税込)

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