「クリエイティブビジネスの短期留学先」
世界最大級のクリエイティブ・イベントであるSXSWは、音楽や映画などのカルチャーから最新テクノロジーを活用したビジネスまで内包する、ビジネスパーソンにとって最高のインスピレーションを得られるソースのひとつです。
これまでのやり方にとらわれないアプローチを求める人たちが世界から集うことから、クリエイティブビジネスの短期留学先と言っても過言ではないでしょう。
特に近年、生成AIの進化はクリエイティブ業界に大きな影響を与えており、SXSW2025においてもAIと創造性の関わりは重要なテーマとなっています。本記事では、AIとクリエイティビティの最前線を、SXSWを約10年間ウオッチしてきた筆者が現地から分析しお届けします。
なぜAIとクリエイティビティなのか?
SXSWでは2000年代後半から、ソーシャルメディア、モバイル、xR(VR/AR)などのトレンドが取り上げられ、2010年代には「Intelligent Future」トラックが設けられ、人工知能や機械学習、IoTのセッションや展示が目立ちました。
この頃、日本企業の存在感も強く、たとえば2019年にはソニーが「Technology×Creativity」をテーマにした大規模展示「WoW Studio」を公開し、人間の創造性の拡張をさまざまなプロトタイプを通して世界へ示していました。
そしてコロナ後、画像生成AIや大規模言語モデルが世界で一般公開され、2023年からは、生成AIの活用が最大のテーマのひとつとなり、SXSWでの存在感も増しています。今年は1500以上あるセッションのうち、約17%がAIに関連しています。
タイトルやテーマに「AI」を含むセッション数の推移。2025年2月中旬時点の数値(資料は筆者作成)。
私は現在、生成AIによるアイデアの発想に関する研究及び事業を行っています。よって昨年からは「AIとクリエイティビティ」というテーマで厳選したセッションやワークショップに参加しています。EXPOや華やかな企業ブースは、ほんの少し立ち寄る程度です。
というのも、セッションだけで1500以上もあり、「解」より「問」が議論されるSXSWにおいて、限定したテーマに対する自分の中の仮説をアップデートし、いろいろな人と意見交換しながら巡るのが、最も効率の良いインプットになるからです。
SXSWビギナーの方にも「絶対に何か自分のテーマをもってきてください。じゃないとレポート書けないですよ〜」とアドバイス(脅迫?)しています。
日本のマーケターによく知られるカンヌライオンズ・CES・SXSWの違いを筆者の視点で整理した図。
事前リサーチシートの一部。テーマに沿って300程度のセッションを抽出し、選定したセッションのスピーカーの背景情報をDeep Researchなどを活用して比較・精査した。
より多様な分野でのAI活用が語られる
昨年と今年を比較すると、AIをテーマにしたセッションの数に大きな変化はありません。しかし内容は少し異なるようです。
昨年までは「AIとの共同プログラミング」など技術論寄りのテーマが多かったのですが、本年は関連キーワードが細分化しており、より多様な分野においてもAIが語られることが見込まれます。
かつてのデジタル・スマホ・ソーシャルなどのビッグワードと同じことで、来年には「AI」は、わざわざテーマとして掲げるほどのキーワードではなくなっているのかもしれません。
AIに関連するセッションに付けられたタグの推移。テック系のキーワードが減少している(資料は筆者作成)。
AI×クリエイティブ 注目のセッション
本記事を書いているのはSXSWの会期の直前。現時点で個人的に注目しているセッションをいくつかご紹介します。Amy WebbやMichelle Obamaなどの大人気スピーカーや、有名企業のセッションはあえて除外しています。
①「Sentient Design: AI and Radically Adaptive Interfaces」
UXデザイナーのJosh Clarkが提唱する「センシエント・デザイン(知覚するデザイン)」のフレームワークや実践を紹介するセッションです。
センシエント・デザインは、AIを活用してユーザー体験(UX)を大幅に向上させるための新しいデザイン概念。システムがユーザーの状況や行動に適応し、あたかも「自己認識」しているかのように、リアルタイムで変化するインターフェースを提供するというものだそうです。今年はAIエージェント元年とも言われますが、我々が普段接するスマホアプリのUIも、自律的に判断して変化・操作する日は近いかもしれません。
②「Essence of Existence: How Scent is Shaping Humanity」
食の未来を多角的に研究するフードフューチャリスト Dr Morgaine Gayeによる「AIが生成する香りが人間の感情や行動に与える影響」などを紹介する講演。
疾病識別などのヘルスケアやマーケティング分野での活用に関して触れるようです。Gaye氏はAmazonの未来予測や国防省のシンクタンクにも関与しており、「この先タンパク質ブームを超え、“空気”を使った食品が登場する」など大胆で面白い見通しを立てる人物で、SXSWに行くとたくさん見かけるFuturistの中でも異彩を放つ存在だと言えます。
③「The Crisis or Hope of Global AI Governance?」
Amazonの『The Quantified Worker』の商品ページより
過熱するAI競争を冷静に見極め、負の側面にも焦点を当て、人類全体の利益のためにAIをどのように統治するかを議論するセッション。
2023年3月、GPT-4を超えるAI開発の一時停止を求める公開書簡に3万人以上が署名し、米国政府もAIの安全性・信頼性確保に向けた自主的取り組みを大手企業と発表するなど、世界的にAI規制への関心は高まり続けています。
スピーカーのAjunwaは『The Quantified Worker』という書籍を執筆しており、業務監視や採用においてAIが浸透することで起きる弊害について警鐘を鳴らしている人物です。経済成長ばかりではなく、多様な視点の議論が交わされるのがSXSWらしさのひとつといえます。
現地から引き続き発信をします
ここで紹介できなかったものの中にも、マッキンゼーのクリエイティブワークショップや、MITとハーバードによる人格のAIレプリカに関する研究など、楽しみなセッションが数多くあります。少しでも現地の熱量が読者の方に伝われば幸いです。
会期後には事後レポートも公開予定です。リアルタイムの臨場感を得たい方は私の個人のX上で随時発信を行いますので、もしよろしければ会期中だけでも(もちろんずっとでも!)フォローいただければ幸いです。
