巨大球体Sphereに掲出されたAdobe映像、なぜCEKAIがCDに?
ラスベガスに設置されているSphereとは、2023年9月にオープンした球体型の大型シアター。名前の通り、球形の外観が特徴で、高さは約112メートルにもおよぶ。内部は巨大なシアターになっていて、映像作品やアーティストのライブ会場としても使われている。
さらに外壁には全面的にLEDが設置されており、昼夜を問わずさまざまな映像を映し出すことができる。今回、Adobeが広告を掲出したのはこのSphereの外壁だ。
Sphereに掲出されたAdobe広告。
しかし、Sphereに投影するクリエイティブ制作に携わることができるのは、一握りのクリエイターに限られているという。CEKAIは数年の歳月をかけ媒体社であるSphere側と、そのプロセスをクリアしていた、とCEKAIの井口皓太氏は話す。
「Sphereのコンテンツ映像を制作できるプロダクションは、ある程度審査やプロセスがあり。私たちは事前にそのプロセスをクリアしていました。当時、日本の会社としてはおそらく初めてだったと思います。今回のAdobeさんのクリエイティブ制作においても、スフィア側から声がかかり実現したものでした」(井口氏)。
テーマは「AIが導き出したものを人間がどう拡張できるか」
今回Adobeが掲出した映像作品は「Video World」「Collage World」「Illustration World」の3つ。井口氏がクリエイティブディレクターとして全体を統括しながら、それぞれのテーマに合った表現を構築した。Adobeの存在感やAdobeSummitでも多く語られたテーマである「AI」を強く打ち出す内容になっている。
Adobeのインスタグラムより
「メインテーマはAdobeのサービスを使って制作している世界中のクリエイターの存在を見せたい、ということでした。AdobeSummitが近づくにつれて、『AI』の存在感も出すような構成にマイナーチェンジしました。その中でも私たちがこだわったのは、クリエイティブの純度を保ちつつ、広告然としないようにしたいということでした。Sphere側もその考えは尊重してくれてました。(井口氏)。
そして、3つの映像作品に共通するのは、「AIが導き出したソースを、人間のクリエイターがどのように拡張していけるか」という点だと井口氏。Adobeからも、AIだけで作品を完結させるのではなく、Firefly*などで生成された素材を出発点にして、クリエイターの手によって世界を拡張していくプロセス自体を見せたいというオリエンがあったという。
*Adobeから展開されている生成AI技術を活用した画像コンテンツ作成サービス
Adobe Summit 2025: Sphere Experience「Video World」
Video World。
「例えば『Video World』では、ゾエトロープという古典的な映像装置をモチーフにしています。本来ゾエトロープは静的な連続画像を回して動きを見せるものですが、スフィアという立体メディア上では、ゾエトロープを起点に次々と新しいイメージが拡張して出てくるように設計しています。そして『Collage World』は、Photoshopを用いて作られたコラージュの奥にさらに別の世界が広がっていくという構成です。最後に『Illustration World』では、手描きのようなイラストの世界がひっくり返ったり、街並みが変容したりといった動きを通じて、イメージの広がりを表現しています。それぞれAdobeの代表的なツール──Premiere、After Effects、Photoshop、Illustratorに対応した内容になっていて、映像の中にもあらゆるAdobeの機能の要素が散りばめられています。『そのツールを使った』ことだけが目的ではなく、それによってどんな世界が開けるのかを表現することが重要でした」(井口氏)。
フレームがないメディア 球体の難しさは「自由なようで制約が大きいこと」
これまでも3Dサイネージやドローンを用いた立体的な表現に挑戦している井口氏だが、球体のメディアでの映像作品を手がけるのは初めてだったという。Sphereは「中に入って見るVR」ではなく「外から見る球体」。視覚的な情報の設計や視認性、認知のさせ方にはものすごく工夫が必要だったと井口氏。そうした試行錯誤を重ねる中で、球体だからこそできる新しい表現に挑戦できた手応えはありながらも、「フレームがないこと」には表現の難しさも感じたと話す。
Adobe Summit 2025: Sphere Experience「Collage World」
Collage World
「私たち映像作家にとって、『フレーム(画面の枠)』はとても重要なんです。でもSphereにはそれがない。フレームがなく、360度どこからでも見られるというのは、自由なようでいて、制作側からするとものすごく制約が大きいと気づきました。そのうえSphereは巨大。どこから見ても完全な作品として成立するように制作するのは難しいんです。とはいえ、以前手がけた3Dの立体映像や、東京オリンピックのドローン演出(エンブレムの立体化)などで培ってきた経験が活かされたのは事実だと思っています」(井口氏)。
どこから見ても完全な作品として成立するようにつくることが難しいという、球体やスフィアならではの制約を乗り越えるために、井口氏たちが行ったのは「ビューポイント」の設計。「このアングルで見たときに一番美しく見える」という視点を設け、そこを中心にデザインしていったという。
「ビューポイントの設計は、SNSなどで拡散されることも見越して行ったものでもありました。最適な“見え方”を構成の軸に据えて、デザインしていった形です。今回はビューポイントを東・西・南・北で意識しながら、『どこでどう見えると成立するか」を一つひとつ検証しながら設計しました』(井口氏)。
「日本のクリエイティブは世界と戦える」と伝えていきたい
さらに今回のプロジェクトは、制作に関わったクリエイターが全員アジア出身のクリエイターであったことも大きな特長。これも井口氏のモチベーションに繋がったという。CEKAI、井口氏、牧野淳氏をはじめ、日本のチームが中心となってつくり上げたほか、「Illustraion World」のイラストを担当したクリエイターはインドネシア出身。CEKAIは以前、大瀧詠一さんのナイアガラトライアングルのMVで共に制作に携わったことがあったのだという。
Adobe Summit 2025: Sphere Experience「Illustration World」
Illustration World
「『Illustration World』は80年代の日本のデザインに影響を受けたインドネシアのアーティストに依頼して制作するという、ちょっとひねりを効かせています。『いかにも日本』という表現はなるべく避けたかったんです。僕らが目指したのは、“今のアジアが捉える日本”を、スフィアという、いわばアメリカ的な象徴の中に持ち込むということ。これは、かなり重要なチャレンジだったと思っています。結果として、Sphereという場に、アジアの感性や日本的な美意識を実装できたことは大きな意味があったと思っています。Adobeさんのグローバルな発信の一環であり、Adobeさんがサミットで伝えたいメッセージがある中でこのような表現にチャレンジできたことはとても光栄でした」(井口氏)。
しかし井口氏によると、アジア出身のクリエイターが選ばれたのは、偶然の産物だったと捉えていると話す。候補としては、様々な国のクリエイターを提案したが、結果として採用されたのが日本やインドネシアのチームだったのだという。
特にSphereのような世界最先端のメディアに、日本やアジアのチームがフロントで立てたということ。これは、自身の励みにもなったし、きっとこれから挑戦したいと思っているクリエイターたちへの希望にもなるのではないかと井口氏は続ける。
「海外の仕事って『別世界の話』に感じてしまいがちですが、実際にやっているのは、日本のクリエイターだったりするんです。でも、それが伝わってない。たとえば、海外で何かの作品や技術を目で見て、『うわ、すごいな』と日本の人が驚いているとしましょう。でも、実はそれを作ってるのが日本人だったりするんです。名前が出てこないだけで。だから私としては、『日本のクリエイティブは世界と戦えている』という事実をちゃんと伝えていきたいと思います。今回のAdobeさんのプロジェクトなどを通して、多くのクリエイターに気づいてもらえたら嬉しいです」(井口氏)。
