今必要なのは「主観の創造力」 共感関係を育むクリエイティブとは

効率性と合理性だけでは人の心は動かない。ブランドへの共感は、論理を超えたクラフトの力で生まれる。「行くぜ、東北。」などのキャンペーンを手がける電通のエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター八木義博氏が、ブランドと人のつながりをデザインするとはどういうことかを語ります。

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「千客万来」の再解釈から始まる、ブランドとユーザーの新しい関係

通勤途中、とある駅の広告看板に「千客万来」という言葉が掲げられているのを見かけるんです。鰻屋のキャッチコピーとして添えられていたそれは、江戸時代から商売繁盛を願う縁起の良い言葉として親しまれてきたものです。千も万も客が来る。たくさんの客がひっきりなしに訪れる様を表現したものでしょう。しかし、ふと僕はこう読み替えてしまいます。「千の客が万回来る」。つまり、たくさんの人が一度だけ訪れるのではなく、ひとりの客が幾度も戻ってくる。そこには、経済的な関係を超えた、ブランドとユーザーの精神的なつながりがあるように思います。

まさに現代の商売繁盛とは、なんでもいいからモノがたくさん売れて消費されてしまうのではなく、そのブランドの意志に共鳴し、自分が選ぶべきブランドとして深いつながりが生まれること。僕たちのクリエイティブやデザインの力はそのつながりを作ることに活用できると信じています。

ブランドとユーザーの、接触面に機能するクラフト

Cannes LionsのIndustry Craft部門で審査委員長を務めた際、クラフトの技術的な完成度だけでなく、ブランドとユーザーの精神的なつながりをどれだけ生み出しているかにも注目しよう、と審査のクライテリアを提案しました。それは、クラフトとは何のために存在するのか、そしてブランドとクリエイターがどうコラボレーションするべきかを、あらためて問い直したかったからです。

技巧や装飾として表面的にクラフトを捉える向きもありますが、僕たちが見たいのはそうした側面だけではありません。クラフトとは、ブランドの目には見えない哲学や声色を、質感として感じられるかたちに翻訳する営みです。

ブランドのビジョンやフィロソフィは、言葉にすれば理念として語れても、その人となりや熱量までは伝わりません。だからこそ僕たちは、デザインやクラフトの力を使って、それを見えるように、感じられるように、触れるようにして届けたい。

人の心を動かすとき、論理だけでは到底届かない領域があります。クラフトは、ブランドとユーザーが接触する最後の質感として、感情に働きかける重要な役割を担っているのです。現代のブランド戦略において、効率や合理性だけではなく、論理を超えた感性の力によって、人間の感情にアプローチすることが、ますます求められていると感じます。

効率性、合理性、そして主観の創造力

日頃のクライアントワークでは、効率や合理性の観点から、データやインサイト調査をもとにコンセプトを設計し、社内の合意をとりながら戦略を立てていくことが多くあるかと思います。これらのアプローチはとても論理的で再現性があり、たしかに正解に近づける感覚を与えてくれます。

でもその一方で、どこかで立ち止まってしまうことも少なくありません。なぜなら、使っている情報源も、導き出すロジックも、多くの場合、競合と同じ構造を辿っているからです。その結果、どうしても似たようなコンセプトや表現に収束してしまい、差異を生み出すのが難しくなってくる。だからこそ、今必要なのはブランド自身の意思や価値観、そしてそれを生み出す主観の創造力だと僕は思います。

コンセプトや戦略といった概念は、あくまでも土台であって、それだけでは模倣も可能な状態です。そこにそのブランドならではの表現が伴って、はじめて差異が生まれる。多くの優れたアートや小説、学術論文がそうであるように、情緒や新しい意味に人は心を動かされます。普遍や既存の知見に、パーソナルな文脈・美意識・時代性を重ねることで、ブランドがユーザーに消費されることなく、感じられるもの、深くつながりたくなるものになれるのではないでしょうか。

「行くぜ、東北。」に見る旅の価値と共感関係

もし、効率性や合理性だけを判断基準にしていたら、今すぐ旅行を検討している層に向けてデジタル広告でターゲティングする、という手法が選ばれていたかもしれません。でも、旅という行為には、それとはまったく異なる、もっと長い時間軸の中で育まれる価値があるように思います。

たとえば、僕は子供の頃に見たウイスキーの広告がとても格好良くて、自分も大人になったらあんな風に飲みたいなと思っていました。何か憧れのようなものが長い年月の中で膨らみ育っていくようなものです。

イメージ 「行くぜ、東北。」のクラフトを巧みに使ったポスター

もし、「行くぜ、東北。」のクラフトを巧みに使ったポスターを見て誰かの心がふと動いたら、その感情は今すぐの行動にはつながらなくても、5年後、10年後に旅への渇望感となって強い動機を生むかもしれません。それを近視眼的なコンバージョン指標だけで切り取ってしまえば、未来のユーザーとの関係性が途絶えてしまい、感情的にも経済的にもつながりは希薄になってしまいます。さらに言えば、旅というテーマは多くのブランドが繰り返し語ってきた普遍的な概念です。それに対して「行くぜ、東北。」は、東北という地域性、震災以後という時代性、そしてローカル線というJRならではのアセットといった複数の文脈に、さらにアートディレクター個人の美意識や価値観が重ねられることで、単なる観光誘致にとどまらない、日本における旅の再定義とも言える表現的差異を生み出すことができたのではないかと感じています。

旅をすぐに消費されるものではなく、ブランドとの共感関係を育むものとして捉えたからこそ、判断基準が変わり、その判断がアウトプットを変え、クラフトが機能し、結果としてブランドとユーザーとの関係性が持続的なものへと育っていったのです。

――続きは6月2日(月)公開予定です。

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八木 義博

電通
エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター

ブランドとユーザーとの接点であるアウトプットを重視したDriven by
Design型クリエーティブディレクションで、ビジネスコンサルティングから、企業ブランディングなど、ノンバーバルなコミュニケーションを展開。
カンヌでは2度のグランプリ、その他アワードでも多数のグランプリを受賞し、カンヌ審査委員長経験や国際キーノート講演経験多数。

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