再生処理の啓蒙のためのブランド
「再生処理」とは、医療機関の診療や手術などで使用された医療器材を洗浄・滅菌して、安全に再使用できるようにする業務のこと。各病院内の「中央材料室」という部門などで行われている。再生処理が適切にされなければ、医療行為が細菌やウイルスによって別の病気の引き金にもなりかねない。極めて重要な業務だが、実は病院で働く人でもその存在を知らない場合があるという。日本で滅菌のプロセスを検証・点検している医療機関の割合は欧州より各段に低く、日本の再生処理は欧州より20年遅れているといわれている。
そんな日本の再生処理の精度向上と、重要性の啓蒙のために誕生したプロダクトブランドが、SALWAYだ。名優が輸入・販売する一連の再生処理製品をブランド化したもので、エイトブランディングデザインが事業戦略の立案からコンセプト開発、ロゴ、パッケージ、ブランドムービー、オウンドメディアのコンテンツ制作をサポートしている。ブランド開始から約1年半、2024年12月時点のSALWAY全体の売上は、前年同期比で約26%増、新規受注数は32%増加。メーカーから自社製品をブランドラインアップに加えてほしいといった相談がきたりと、競争力を高めているという。
名優のプロダクトブランド「SALWAY」。再生処理の達成基準である「無菌性保証水準(Sterility Assurance Level)」の略称「SAL」と、その実現を目指す道「WAY」をあわせた造語。2024年度グッドデザイン賞金賞受賞。
デザインの力で経営改善
エイトブランディングデザインに名優から連絡があったのは、2021年5月。当初の相談は、サージカルマスクのブランディングについてだった。代表の西澤明洋さんは、「コロナ禍で、毎年70以上出展していた展示会の多くが中止となり、売上のためにも自社の高性能なマスクをBtoCで販売することを考えたそうです。ただヒアリングを進めると、マスクに限らずブランディングに取り組むことで、現状を突破したい思いがあることがわかりました」と振り返る。
西澤さんが考えるブランディングの最終的なゴールは、デザインの力でクライアントの経営を改善させること。名優のマスクのポテンシャルは高かったが、「これまでの経験から、マスク単体では名優全体の経営改善の一手にはなりにくい」と考えた。そこで、まず事業構成や事業構成別の売上などから、ブランド化に欠かせない競合との差異化要因を探っていった。
そこで着目したのは、名優全体の売上の45%を占める、中央材料室向けに販売している再生処理関連の製品群だ。再生処理には「洗浄」「組み立て」「包装」「滅菌」というプロセスがあるが、名優では洗浄用のブラシや器材の保護キャップ、滅菌専用のコンテナや滅菌のテスト器具など、再生処理の工程全てに関わる製品をトータルで取りそろえている。ユニークな製品もそろえ、再生処理の全工程を網羅しているメーカーは非常に珍しい。そこで、西澤さんは再生処理関連の製品群を有す点に独自性を見いだし、プロダクトブランドとしてブランディングを行うこととした。
ブランディングの目的に掲げたのは、競争力の強化だけでなく、日本の再生処理の底上げと中央材料室の地位向上だ。「業界全体を底上げする立ち位置をとることで、『再生処理といえばSALWAY』というポジションを確立させようと考えました」と西澤さん。そのための事業戦略や戦略ストーリーのアイデア出しにも全員で取り組んだ。戦略ストーリーをもとに、「日本の再生処理を『再生』する」というコンセプトも決まった。
再生処理の4つの工程において、名優が扱う商品の数々。中でも洗浄ブラシのシェアは34%と高く、滅菌が完了しているかテストする器具「コンパクトPCD」は、日本での独占販売権も持っている。
「SALWAY」のオウンドメディア。再生処理の仕事を聞く「再生処理の現場」や、従事者向けの「再生処理の知識」なども更新中。
コンテンツ起点で広める
コンセプトを実現し「再生処理といえばSALWAY」というポジションを確立させるための主な施策は、オウンドメディアでの情報発信だ。「再生処理の専門メディア」のような位置付けで運営している。オウンドメディアのPV数は、日本の滅菌技士(滅菌技師)が約1万人であるのに対し、月間約2万PVと好調だ。サイトではSALWAYの紹介はもちろん、製品の使い方や解説動画などのほか、再生処理の現場で活躍する人たちへのインタビューや、再生処理に関する知識や情報など、関わる人たちに向けて有益なコンテンツを無料で発信し続けている。「差異化したブランドの価値や魅力が、伝言ゲームのように自然と伝わっていくことが理想。Webでの情報発信は、その仕掛けのひとつ」と西澤さん。
オウンドメディアのSEO対策もサポートしているが、コンテンツ制作は名優が主体となって取り組んでいる。通常、企業が自社でオウンドメディアを継続することは難しく、休眠サイトになりがちだ。1年半、継続している要因は、名優にはもともと「再生処理の価値を啓蒙したい」という情熱があったからだ。以前から製品やサービス向上のための研究や発表、セミナー開催を行い、専門書の翻訳なども行っている。オウンドメディアは将来的に、BtoC向けの情報発信などにも取り組んでいく計画だ。
「企業経営のためのブランディングは、10年、20年といった長期的なスパンで取り組むものなので、オウンドメディアのコンテンツも毎月2、3本は必ず更新し、情報を積み上げていくことが重要。伝言ゲームによって複利効果が生まれ、再生処理といえばSALWAYというポジションを築くことに繋がると考えています」(西澤さん)。
商品の梱包パッケージもロゴをベースにデザイン。日本パッケージデザイン大賞2025の輸送用ケース部門でも金賞を受賞している。
企業や団体が新たに取り組む事業やプロジェクトにクリエイターが参画する際、一体どのように課題を抽出しているのか――。一方的な提案ではなく、事業主とクリエイターが良きパートナーとして傾聴と対話を重ね「共創」を進めていくスタイルが広がっている今。そのプロセスはやがて、未来の社会の創造につながっていきます。春には大阪・関西万博が開催され、未来に向けたクリエイティブな提案がますます盛んになりそうな2025年。今回は実際にローンチされた事業やプロジェクトの実例について、課題発見から実現までの流れを追っていきます。
