コンビニやスーパーなどを中心に「小売業の広告メディア化」の流れが波及し、市場拡大の機運が高まっている。そこで宣伝会議では、リテールメディア保持企業の戦略と、それを利用する事業会社の活用事例を紹介する『リテールメディア研究会』を発足。2025年1月と2月のセミナーに続き、3月24日に第3回目の開催としてカンファレンスを行った。
当日の登壇者から、資生堂ジャパン、セブン‐イレブン・ジャパン、ファイントゥデイ、イオンリテールの事例について紹介していく。
CRM戦略の一環としてのリテールメディア
「資生堂が目指す リテールメディアで実現するLTV向上戦略」について、資生堂ジャパンのエイジングケアマーケティング部ブランドマネジャーの小暮亮祐氏から紹介があった。題材として挙げたのは、エイジングサインが気になり始めた人に向けたシリーズである「ELIXIR―エリクシール―」。顧客の変化として、デジタルでの能動的な情報収集がコロナ禍により顕著になり、ケアにお金をかけるところ、かけないところのメリハリが強くなった。中価格帯であるエリクシールは苦戦を強いられ、ブランド戦略を一変。スキンケアにおいて売上No.1ブランドであったためターゲットは広く浅く、顧客アプローチはフロー型だったところ、ターゲットの選択と集中を行い、LTVを重視するストック型の顧客アプローチを取り入れた。これを実現するために、リテールメディアをCRM戦略の一環と位置づけている。
しかし、メーカーが得られる顧客情報は限られている。アプリを利用して会員化を図ってはいるものの、エリクシールにおいても、多くは小売店で購入されるため、小売店で購入したレシートを写真に撮って送ってもらうなど、手間がかかることも要因だ。そこで購買データの取得を目的にリテールメディア活用した。当初は「リテールメディアの活用」を強く意識するあまり、本来のゴールである「顧客の価値最大化」が希薄になり、目的と手段の逆転現象が起こってしまった。また、組織の壁もあった。マーケティング、営業、販売促進と関連部署が分かれており、主管が曖昧になってしまうのだ。また、コスト面でも、費用対効果の出し方が難しかった。
そこで関係性を深めた取り組みとして複数年にわたっているのが、マツモトキヨシ/ココカラファインとの事例だ。マツモトキヨシ/ココカラファインのソリューションを、プラットフォームとして活用している。データを入手して、資生堂ジャパンとして、お客様をどこへ導きたいのかのゴール設定をし、クラスタリングで分け、ゴールデンジャーニーを設計し、シナリオをつくっている。その後、マツモトキヨシ/ココカラファインの会員に向けたメールや、アプリ上でのプッシュ配信を実施。さらに、店頭での取り組みにもつなげ、売上は2桁伸長となった。
短期的な売上だけでなく、中長期のLTV向上に向けた取り組みを目指し、日用品など他商材の購買データも踏まえた顧客分析を実行すること、顧客の解像度をあげている。
これらを踏まえ、小暮氏はリテールメディア活用のポイントは、「メディアだけでなくデータも踏まえたプラットフォームとしての活用」「ブランド全体戦略との一貫性や、店頭も踏まえた設計」「組織の壁を超えたチーム体制で、同じゴールを追いかけること」だと語った。
セブン-イレブンの強みを活かした店舗のメディア化
「リテールデータを活用した新しいマーケティング リテールメディアへの挑戦」と題して事例を紹介したのは、セブン‐イレブン・ジャパン マーケティング本部 デジタルサービス部兼リテールメディア推進部 総括マネジャーの杉浦克樹氏。担当領域は、既存事業においてはオンラインのアプリサービス、オフラインの店舗サービスや決済サービス、新規事業においてはオンラインのアプリ広告、オフラインの店舗メディアだ。
杉浦氏はまず、リテールメディアの市場規模について紹介。「今後、伸びていく予想はあるものの、特定のサイトの割合が大きく、リテールメディアに関わるプレイヤーが団結してこそ、この市場を大きくしていくことができる」と考えている。また、従来のマス広告は、それが各企業の本業であったが、リテールメディアはリテーラーが持つメディアであるため、「小売の本業やリソースをどれだけ活かすかが、広告主を満足させ、市場を伸ばしていくポイント」だと捉えている。
セブン‐イレブン・ジャパンでは、店舗やアプリを活用したリテールメディアを運用しており、広告代理店のような役割を果たす機能を社内に持ち、プロモーションの提案なども行っている。そこで課題としてあげられるのが「広告のタップ率や購買リフトをどのように評価するか」「店内デジタルサイネージを見た人が商品を購入したかわかるのか」「そもそもリテールメディアは広告か販促か。宣伝広告費の使用は難しいのではないか」といった点だ。
セブン‐イレブンの強みは、一番立地への出店、質の高い商品開発、顧客満足度を向上させるサービス。これをリテールメディアにどう活かすかを考えている。それを受けて現在、提供しているのが、2600万IDを持つ「セブン-イレブンアプリ」、2万1000店舗の面を活用した「店舗メディア」、SNSを中心とした「外部メディア」とのデータ連携、POSデータなどを活用した「レポーティング」だ。
アプリについては、バナー広告、クーポン販促、アンケート、レポーティングを実施。店舗メディアでは、購買意欲の向上につなげる入口メディア、購買につながる店内メディア、次の来店につながる出口メディアを設定しており、店外を通る方向けのサイネージを設置する実証実験も進めている。
このような取り組みをしながら、セブン‐イレブンにしかできない店舗のメディア化も目指している。設置店舗数の拡大により国内最大級のメディアを目指すとともに、「オンライン×オフラインを実現するセブン-イレブンアプリとの連動」「エリアマーケティング」「企業のメッセージによるブランディング」「最新のトレンドがあり、思わず人に話したくなるオリジナルコンテンツづくり」など、独自性を追求していく。
窓口・費用・効果を踏まえた体制と広告効果評価の構築が成功のカギ
「ファイントゥデイが語る マーケ視点の組織イチガンリテールメディア活用術」を事例共有したのは、ファイントゥデイ 日本事業本部ブランドマーケティング部ヴァイスプレジデントの益川竜介氏。まずリテールメディアを「リテールならではの生活者データ(POS+α)を活用したメディア関連サービス」と定義。ポイントは生活者データを活用していることだ。
益川氏は、マーケターにとっての、また実務としてのリテールメディアについて紹介。購買前(認知・来店)と購買(計画購買)を担う「広告」効果と、購買(非計画)と再購入(リピート)を担う「販促」効果で目的や、多くの企業で管轄部署が異なるが、リテールメディアの特徴として、それらを包含する役割を担える存在であると捉えているという。
これだけでもマーケターにとって活用する意義はあるが、さらに現在は、コロナ禍を経ての市場の変化から、新しい生活者へのアプローチが必要になっている。メーカー環境の変化では、購買プロセスの可視化。原価高・円安などにより広告宣伝費の圧迫により広告効果の最大化・効率化の追求が求められている。小売環境の変化では、店舗連動施策。競合SKUの増加や市場環境の激化により、配荷・店頭陳列の難易度上昇を挙げた。
消費者環境の変化では、詳細なセグメント、価値観やライフスタイル、ニーズの多様化により、ターゲットセグメント設定が困難になった。そして購買環境の変化は、継続した接点確保。生活者の購買プロセスの変化により、店頭での商品選択の難易度が上昇した。これらの課題に対応できるリテールメディアの存在感があがっていると益川氏は考えている。
一方で益川氏は、自身が各社をサポートしてきた豊富な経験から、リテールメディアに取り組む際の壁も指摘した。1つ目は「窓口が定まらない」こと。メーカー側には営業、営業企画などトレードマーケティング、ブランドマーケティングの部署があり、リテール側にも商品部、店舗運営部がある。リテール企業がリテールメディアを提案する際、メーカー側の最初の窓口は営業部門になることが多く、そこから他部門につなげていくが、そこで曖昧な状態に陥ってしまうことが多いそうだ。代理店を経由した場合はブランドマーケティング部署が最初の窓口になるが、結果として同じ現象が起こってしまう。
2つ目は「予算の建付けがあいまいな」こと。営業部の販促費と、ブランドマーケティング部署の広告費のどちらの予算からリテールメディアの費用を支払うかという問題と連動する。リテール企業側においても、商品部の導入費用、店舗運営部の陳列費用も、その原資が曖昧になりがちだ。
3つ目は「効果が見えすぎている」こと。マス広告では曖昧だったものが明確に可視化され、かつ店舗内など直接的な購買促進を期待するため、費用のロスも見えてしまい、効果に疑いを持ちやすいという。これらの理由から、リテールメディアに取り組むためには、体制や広告効果評価の整備をすることが欠かせないと益川氏はまとめた。
アプリの「行動データ」から最適な提案を
「イオンリテールのリテールメディア最前線」をテーマに講演したのは、イオンリテール デジタル企画部長の田中香織氏。イオンリテールは、イオン、イオンスタイルのうち、東北を除く本州と四国のGMSを運営している企業。店舗数は367店舗、GMS連携をしたサイネージは全国473店舗2708面を展開しており、これまでイオンリテールのリテールメディアに、昨年度は約230社が参加した。
田中氏は、顧客ロイヤリティ向上のためのアプリマーケティングについて紹介。2017年よりお客様との接点となるイオンリテール公式アプリ「イオンお買物アプリ」を開発し、現在は会員数約1300万人になっている。このうち7~8割は、店頭でスタッフが声掛けしてアプリ会員を増やしてきた。この良さは、離脱が少ないこと、ロイヤルカスタマーになりやすいことがあるという。
2024年にはイオンお買物アプリをリニューアル。「おトク中心」から「おトク+商品価値・新たな発見」をテーマとしたもので、滞在時間は大きく増えた。また広告実施時の認知経路および普段のメディア接触状況を確認したところ、64%のユーザーが事前にアプリで商品・クーポンなどを確認し来店していることがわかっている。
データ基盤の構築という視点では、アプリを起点として「店舗の購買データ」「顧客データ」「アプリ内行動データ」を紐づけており、顧客行動や思考に関する貴重なデータを収集するための優れた手段であることを実感。これをもとに、顧客のニーズや傾向を理解し、より効果的なマーケティング戦略を策定することにつなげられることが、リテールメディアの最大の強みだと田中氏は考えている。
さらにアプリマーケティングのポイントとして、「顧客は自分に関係ある情報を受け取りたい」という欲求があると指摘する。そこから考えると、アプリの「行動データ」から最適な提案をすることで、顧客のロイヤリティを高めることができると田中氏。それに加え、メーカーには商品購入ステータスごとにコミュニケーションをとることで、短期・長期的な顧客育成ができるというメリットが提供できるため、三方よしのビジネスモデルであると考えている。
イオンリテールにおける、具体的なリテールメディアの役割として田中氏が考えているのは3つある。1つ目は「リーチ効果(質)の高い広告の実施」。顧客データを利用し、実際に買った人・買っていない人に対して複数の接点でダイレクトにアプローチすることができる。2つ目は「短期的・長期的な認知・購買促進」。短期ではクーポンやキャンペーンをフックとした購買促進、長期では年間を通した施策による顧客ロイヤリティの向上につなげられると考えている。
そして3つ目は「好意形成につながる情報・新たな気づき・体験の提供」だ。今まで知らなかった商品や便利さ・楽しさとの出会いを提供するとともに、メーカーの社会貢献活動や参加型の体験などを知るきっかけを提供することもできる。「イオンお買物アプリの顧客データを使用しての外部広告への配信も大きく増えているほか、イオンお買物アプリ会員をベースにテレビCMを含めた施策のログと購買データを分析&施策反映、レポーティングも進んでいる」と田中氏は述べた。
