国内初の「AI推進法」の狙いとは。米、EUの状況は。弁護士に聞く

先月、AI関連の法律(AI推進法)が成立した。すでにEUではAI法が成立し、昨年から運用が始まるなどしており、マーケティングや広報担当者も国内外の動きにも目くばせしておく必要がありそうだ。著作や創作にかかわる法律の専門家である岡本健太郎弁護士が、このほど成立した日本のAI推進法と米国、EUの状況を解説する。

日本の法制度は「ハード」と「ソフト」の組み合わせに

生成AIを利用していると、その有用性、利用方法などに目がいきがちです。ただ、意図せぬ法令違反を回避し、また、全体的なトレンドを把握するなどの観点から、少し視野を広げて法制度に目を向けることも有益です。

法制度には、法的拘束力のある「ハードロー」(例:法令)と法的拘束力のない「ソフトロー」(例:ガイドライン、指針)があります。日本における生成AIの法制度は、これまでは「AI事業者ガイドライン」、「AI と著作権に関する考え方について」などのソフトローでしたが、5月28日にハードローである「人工知能関連技術の研究開発及び活用の促進に関する法律」(AI推進法)が成立しました。生成AIに関する日本の法制度は、ハードローとソフトローの組み合せとなったのです。

AI推進法の概要とともに、欧米のAI法制の概要も見てみましょう。

AI推進法(日本):現時点では罰則なし

AI推進法は、AI関連技術の研究開発や活用の推進を図り、国民生活の向上や国民経済の健全な発展に寄与することを目的とした法律です。主な責務等として、以下を定めています。

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また、AI推進法は、国が講じる基本的施策として、(1)研究開発の推進、施設・設備等の整備や共用の促進、(2)国際規範に即した指針の整備、(3)人材の確保・養成、(4)教育及び学習の振興、(5)調査研究(権利利益の侵害事案の分析・対策、AI関連技術の研究開発及び活用推進に資する調査・研究)、(6)国際的な規範策定への参画などを規定しています。日本では、今後、これらのAI施策が推進されることが見込まれます。

AI推進法では、事業者や個人について罰則はないものの、AI関連技術の積極活用、理解深化などのほか、国や地方公共団体の施策に協力することが努力義務とされています。

また、今後のAI技術の発展や利用状況、政府による調査分析などによって、事業者や個人を対象とする規制が加わる可能性もあります。衆議院での附帯決議からすると、規制の対象分野としては、ディープフェイクポルノ、著作権その他の知的財産権やパブリシティ権などの権利侵害などが考えられ、具体的な規制は、リスクに応じて規制の度合いを変える「リスクベースアプローチ」に基づくことが想定されます。

大統領令(アメリカ):安全性より開発促進を重視

アメリカでは、2023年10月以降、バイデン大統領(当時)による「AIの安心、安全で信頼できる開発と利用に関する大統領令」に基づき、AIに関する安全性確保、プライバシー保護等のための施策が検討されていました。

しかし、トランプ大統領は、2025年1月、この大統領令を撤回する大統領令を発布しました。トランプ大統領の大統領令は、AI分野における米国の国際的優位性の維持強化を目的に、安全性確保よりも開発促進を重視するものといえます。

EU AI法(欧州):EU内で利用される生成物は配慮が必要

欧州は、日本やアメリカよりも先にAIに関する法律を制定しました。2024年8月1日にEU AI法が発効し、2026年8月からほぼ全面適用となる予定です。

EU AI法では、AIを「禁止AI」、「ハイリスクAI」、「特定AI」、「最小リスクAI」、「汎用目的AI」などに分類し、リスクに応じて禁止事項、義務等を定めるリスクベースアプローチが採用されています。日本のAI推進法とは異なり罰則規定もあり、例えば汎用目的AIに関する違反者(提供者)には、最大で1500万ユーロまたは年間世界売上高の3%の罰金が科せられます。

EU AI法では、ChatGPT、Perplexityなどの生成AIは、おそらく「特定AI」や「汎用目的AI」に分類されます。かなりかい摘んでいますが、生成AIの提供者や導入者(利用者)の義務には、例えば以下があります。

1.人間との対話を目的としたAI(例:AIチャットボット)の提供者は、利用者等が「AIとやり取りしていること」を認識できるように設計及び開発する。
2.音声、画像、動画又はテキストの生成AI(汎用目的AIを含む)の提供者は、「AI生成物が人為的に生成又は操作されたこと」を機械が読解可能な形式で検知可能とする。
3.感情認識又は生体分類AIの導入者は、利用者等に対して、そのシステムの運用について通知する。
4.ディープフェイク生成AIの導入者は、コンテンツが人為的に生成又は操作されたことを開示する(明らかに芸術的、創作的、風刺的、架空的等であるものについてはその存在のみの開示で足りる)。
5.テキスト生成AIの導入者は、そのテキスト(人間によるレビュー又は編集管理が行われ、個人又は法人が公表について編集責任を負うものを除く)を、公共の関心事について公衆に知らせる目的で公表する場合には、そのテキストが人為的に生成又は操作されたことを開示する。

EU AI法は、EU域内に適用されるだけでなく、AI生成物がEU域内で利用される場合には、EU域外のAIシステムの提供者や導入者にも適用される可能性があります。日本の個人や企業も、例えば、自身が生成したAI生成物がEUで利用される場合には、EU AI法の遵守が必要となり得るのです。

広報宣伝の分野でも、AIモデル、生成画像などのAI生成物を利用する際に、意図的に「AI製であること」を表示することがあります。こうした「AI製」の表示は、日本のAI推進法では義務ではなく、EU AI法でも、AI生成物が明らかに創作的である、人間がレビューし、編集責任を負っているといった場合には不要です(上記4、5)。ただ、EU AI法では、AI生成物の内容、生成方法等によっては「AI製」等の表示が必要となり得ます。特に、AI生成物がEU域内で利用されるような場合には、「AI製」等の表示の要否などを確認しておくとよいでしょう。

そのほか、生成AIを利用する際には、権利の有無や帰属先、侵害等に関するトラブル防止の観点から、生成過程を記録するほか、公表前に権利侵害の有無などを確認しておくことが有益です。これに加えて、特に今後は、政府の基本計画やガイドラインの動向にも注視しつつ、柔軟に対応していく姿勢も必要となるかもしれません。

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岡本健太郎

(骨董通り法律事務所 弁護士 NY州弁護士 証券アナリスト)

ロイター通信社(日・英)などを経て、国内外のアート、エンタテインメント、デザイン法務に従事。神戸大学大学院客員教授、Japan Contents Blockchain Initiative 著作権流通部会 部会長、アカツキ社外監査役なども務める。趣味はリズムタップ、音楽鑑賞(70’s Soul)と茶道(松尾流)。


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