人的資本開示が義務化されたことにより、多くの企業が「何をどう開示すればよいのか」に頭を悩ませています。中には、「開示しても伝わらない」「実態と乖離している」と感じるケースも少なくありません。どうすれば意味のある開示ができるのでしょうか。
本記事では、実務に役立つ開示のステップや人的資本経営の捉え方を、HR領域のツール提供や組織改革のコンサルティングを行うUniposの代表・田中弦氏の講座を元に解説します。
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人的資本開示の勘違い
2023年3月期の決算から始まった人的資本情報の開示義務。有価証券報告書への記載が必須となり、多くの企業が「離職率」「女性管理職比率」「育休取得率」などの数値データを急ピッチで準備し始めました。しかし、そこで終わってしまっていないでしょうか。
開示はゴールではなく、企業の経営戦略やビジョンと結びついてこそ意味を持つものです。よくあるのが、経営課題とのつながりが薄い「数値だけの羅列」になってしまうこと。田中氏は、開示された指標の背後に組織の思想や課題認識が見えなければ、単なる“お題目”になってしまうと指摘します。これでは社内の納得感も得られず、投資家や求職者など外部ステークホルダーにとっても「結局この会社は何を大事にしているのか」が伝わらないのです。
人的資本開示に向けた5つの実践ステップ
自社の人的資本経営をわかりやすく伝えている開示には、共通の流れがあります。具体的には、どの企業も持っているであろう理想や大義から、現状の課題、アウトカムまで体系的な5つのステップ(構造)に整理できます。
1. 理想・大義
2. 理想とのギャップ
3. インプット・アクション
4. アウトプット
5. アウトカム
これまでの人的資本開示は、3のインプット・アクションが中心でした。そのため、多くの企業の開示内容には、自社の課題やアウトカムが記載されていません。これでは、プロジェクトや改革を行っても、それによって人的資本に関連するKPIがどのくらい変化したかという動きが伝わらないのです。
これからの人的資本開示は、どのようにKPIを超えて、事業成長に繋がっているかが注目されています。そこに応えるために、この5つのステップを一貫して考える必要があります。
人的資本の土台は「心理的安全性」
人的資本を開示する際にもっとも気を付けなければならないことは、開示自体を目的にしないことです。たとえば、組織風土が整っていないのに、人的資本開示だけを頑張っていても、実態とそぐわない結果になってしまうでしょう。田中氏は、人的資本経営の土台を築くためには「心理的安全性」が重要だと言います。
田中氏は心理的安全性を、「組織の中で自分の考えや気持ちを、誰に対しても安心して発言できる環境」と定義。従業員が安心して発言し、アイデアを共有し、さらには間違いを認めることができる環境がなければ、エンゲージメント、イノベーション、または人材育成を目的とした取り組みは失敗に終わってしまいます。
ありがちなのが、会社でアイディアを募集したいと呼びかけた際、場がシーンと静まり返ってしまうケース。これも、心理的安全性が要因の場合があります。日本では20代の働く人は、全体の15%しかいないと言われています。また、別の例を挙げると、女性の管理職比率は13~15%程度です。このようなマイノリティにある層が、社内で発言を怖がってしまうっていう傾向にあるのです。
心理的安全性が低いと、組織風土がどんどん劣化していきます。マジョリティの一部の人の意見のみが取り入れられたり、間違いがあっても上司に報告できなかったりすることで、結果的に大きな問題になれば、ブランドが毀損することにもなりかねません。まずは、誰もが発言しやすい環境をつくるにはどうすべきかから考える必要があります。
“開示”から“活用・改善”へ
人的資本経営というと、つい「開示対応」に意識が向きがちです。しかし本来、「開示は“伝える”ための手段であり、さらにその先にある“変化”を生むための一歩であるべきです。
制度やフォーマットに対応することだけが目的になってしまえば、人的資本は書類上の資産で終わってしまうでしょう。そうではなく、「組織をどう変えたいのか」「社員にどんな経験を積ませたいのか」といった本質的な問いに向き合うことが、経営そのものの強化につながります。
人的資本を活用・改善するためには、まずは人間関係や心理的安全性といったものを整えることが第一です。それらの土台がなければ、いくらスキルを磨いたところで、バラバラで誰も意見を言わない集団のまま、企業の成長は見込めません。社員が安心して声を上げ、学び、挑戦できる環境が整っていてこそ、人的資本は“経営資源”として真に機能し始めるのです。
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