テクノロジーが支える経済的自立:日本のディープテックの可能性

2026年4月27日~29日の期間、東京ビッグサイトで「SusHi Tech Tokyo 2026」が開催されます。「Sustainable High City Tech Tokyo」の頭文字をとって命名された「SusHi Tech Tokyo」は東京都が主体となり、世界中のスタートアップや投資家が集まり、都市課題の解決に向けた技術を展示・議論する、アジア最大のグローバル・イノベーション・カンファレンスです 。東京から最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出すことを目的としています。

本イベントには世界からイノベーションの担い手となるスタートアップ、投資家・大企業・大学などの様々な支援者、さらには、世界が注目するテクノロジーを持ち成長を続ける企業など、世界中から多様なプレイヤーが集結。本記事では「SusHi Tech」に参加する世界のVCのキーパーソンの方々に今年の「SusHi Tech」に対する期待、さらに日本のスタートアップに対する期待を聞きました。

SusHi Tech Tokyo 2026(2026年4月27日〜29日)の開催に先立ち、Jolt Capitalの創業者兼マネージング・パートナーであるジャン・シュミット氏と、HiJoJo Partners執行役員(元ゴールドマン・サックス)の森本曜一氏による対談が行われた。
本対談は、Jolt Capitalの日本への本格進出を前にした節目となる。グロースキャピタルによるテクノロジー投資を専門とする同社は、東京に日本法人を設立することを正式に決定した。2011年の創業以来、同社は、「エンジニア投資家」から成る専門チームと独自のAIプラットフォーム「Jolt.Ninja」を組み合わせ、中堅テック企業を、国の経済的自立性を担うグローバルリーダーへと進化させてきた。
本対談では、Joltが日本市場に参入する戦略的背景を掘り下げるとともに、そのグロースキャピタル・モデルが、日本の価値あるIP(知的財産)をいかにグローバル市場へと展開し得るのかについて議論する。

成長の「ノーマンズランド」とグロースキャピタルの本質

森本曜一氏(以下、森本):シュミットさん、東京へようこそおいでくださいました。Jolt Capitalは、グロースキャピタルに特化した投資で、国際的な評価を得ていますね。具体的な議論に入る前に基本的な質問ですが、テック分野における「グロースキャピタル」とは何を指すのでしょうか?

ジャン・シュミット氏(以下、シュミット):森本さん、ありがとうございます。この投資分野を理解するには、イノベーションの事業化プロセスに内在する構造的な課題に目をむける必要があります。

多くのエコシステムでは、創業初期の「夢」、つまりチームやプロダクトの立ち上げに投資するVC(ベンチャーキャピタル)は、豊富に存在します。しかし、企業が売上高1,000万〜5,000万ユーロ(約16億〜80億円)規模に達すると、私が「ノーマンズランド」と呼ぶ空白地帯に陥ってしまいます。この段階では、企業はアーリーステージVCにとっては投資規模が大きすぎる一方、まだ組織として脆弱で、収益化に至っていない場合も少なくありません。ゆえに、EBITDA(利払い前・税引前・減価償却前利益)を重視する従来のバイアウト・ファンドからは、投資対象として魅力に欠けるとみなされます。

グロースキャピタルは、このノーマンズランドを埋めるための架け橋です。私たちの使命は、こうした脆弱な段階にあるベンチャーを、売上1億ユーロを超える世界的なリーダーへと進化させることにあります。そのため私たちは、初期の研究・開発段階ではなく、ビジネスの本格的な社会実装に焦点を当てます。つまり、運転資本の確保や工場の建設、海外販路の開拓など、事業拡大に必要な資金を提供するのです。

Joltの投資哲学:エンジニアリングとAIが支える判断

森本:スケールアップのフェーズでは、極めて精緻な判断が求められると思います。投資対象が拡大に耐えうるか、どのように見極めているのでしょうか。

シュミット:ディープテックは本質的に複雑な領域ですから、評価する側にもそれ相応の厳格さが求められます。だからこそ私たちは、チームの95%をエンジニアと博士号取得者で構成しています。パワーエレクトロニクスの物理原理や、3Dチップ積層技術を理解していなければ、取締役として意味のある役割を果たすことはできません。

Joltでは、「科学」が共通言語です。そのような高い専門性に、独自のAIプラットフォーム「Jolt.Ninja」を掛け合わせることで、より能動的な投資活動が可能になります。データに基づいて当社の投資テーマに合致する企業を特定し、明確な成長戦略を携えてアプローチします。

「Ninja」は膨大な特許データや学術論文を解析し、ノーマンズランドで足踏みしている「埋もれた宝石」を見つけ出してくれます。科学的裏付けのある極めて精度の高い投資判断を行っているのです。

森本:他者がリスクとしか捉えられない領域を、データによって「勝てるシステム」へと変換しているわけですね。

シュミット:その通りです。経験上、売上ゼロから1,500万ユーロに到達するまでは、まだビジネスモデルの正しさを証明している段階にあり、不確実性が高いのです。しかし、2,000万ユーロから1億ユーロへの拡大は、まったく異なる局面です。その段階では、一定の再現性をもって約5年で実現することが可能です。

私たちは、優れた技術を持ちながら売上1,500万ユーロ前後で停滞している企業を見極め、「覚醒」させます。テックベンチャーを、技術の「魔法」ではなく、予測可能な財務パフォーマンスで評価される企業へと進化させます。

SusHi Tech Tokyoが映し出すディープテックとサステナビリティ

森本:日本のこともおうかがいできればと思います。SusHi Tech Tokyoは、「サステナブルな都市をハイテクノロジーで実現する」という理念を掲げています。シュミットさんは、日本のエコシステムを、サステナビリティの観点からどう評価されますか?

シュミット:日本は、産業のDNAに「サステナビリティ」が組み込まれていると感じます。私見ですが、ディープテックとサステナビリティは切り離せません。この分野の企業は、地球環境を改善するためのソリューションを、事業の根本に据えて取り組んでいます。技術の進歩を信じる者にとって、これらの企業が世界規模で実現していることを目の当たりにするのは、非常にエキサイティングです。

Joltでも、旗艦ファンド(Jolt Capital IV・V)は、欧州のSFDR(サステナブルファイナンス開示規則)で最上位カテゴリーの「第9条(Article 9)」に分類されています 。私たちは、「1ドルの投資が1kgのCO2削減に直結する」という理念のもと、リターンを維持しながら、厳格な気候目標を達成できると実証してきました。サステナビリティこそがディープテックの核心です。この視点を決して忘れてはなりません。

ディープテックIPが集積する日本

森本:御社が、日本法人設立を決断するに至った最大の要因は何だったのでしょうか?

シュミット:私たちにとって、日本は最優先の市場です。日本には、極めて質の高いリソースが揃っています。特にディープテック分野は、いくつもの強固な柱を有しています。

その筆頭が半導体です。2ナノメートルチップの量産を目指す最先端ファブ(製造拠点)の立ち上げといった昨今の取り組みは、大変に意義深いものです。半導体供給の自立性を高めるにとどまらず、ファブができることで、その周辺にIP、バッテリー、製造装置といった関連産業を包含する巨大なエコシステムが形成されます。私たちは、日本の素材分野、チップ設計、製造装置産業の将来について、強い期待を抱いています。

加えて、医療機器分野でも興味深い動きが見られます。特に神戸・大阪・京都を中心とする関西圏は注目すべき地域です。材料科学の分野においても、高い創造性が発揮されています。これらはいずれも参入障壁が高く、研究開発集約型の領域ですが、日本の大企業は高度なイノベーションを育む肥沃な土壌となっています。

さらに重要なのは、日本の大企業が欧州以上に協働に対してオープンであることです。世界屈指のIPと協働的な企業文化の融合こそが、私たちが東京に拠点を構えた最大の理由です。今後は現地の日本の優れた人材を採用し、日本企業がグローバルリーダーへと飛躍するための支援を、本格化させていきます。

ユニコーン幻想を越えて:規律ある成長戦略

森本:日本の科学的強みについてはよくわかりました。しかし、日本のエコシステムでは、いまだに「ユニコーン」であることが成功の指標とされる傾向があります。研究と市場の間のギャップを埋めるには、より多くのユニコーンが必要なのでしょうか?それとも、何か別の指標があるのでしょうか。

シュミット:率直に言えば、「ユニコーン」はおとぎ話の生き物であり、現実には存在しません。この概念への過度な執着は、VCのかなりの部分を「カジノ」に変えてしまいました。統計上、10億ドル規模のエグジットは、テクノロジー分野の全エグジットのうち、0.9%に過ぎません。わずか0.9%の確率に戦略のすべてを賭けるのは、国家のIPをチップにしてギャンブルをしているようなものです。

私が重視するのは、サイです。サイは実在する力強い動物です。投資の文脈で言えば、サイとは、強固な科学的基盤と実際の売上に支えられた企業を指します。例えば、堅実なEBITDA成長を伴い、4億ユーロ規模でのエグジットを目標とする。それならば、全体の約26%を占める領域に位置します。これこそが、再現性のある「勝てる」戦略なのです。

森本:「魔法」に賭けるのではなく、安定した成長を続けられる企業を目指すということですね。その規模に到達するために、創業者は何を求められるのでしょうか。

シュミット:徹底した学習姿勢です。100人規模の会社であれば、暗黙の了解といった属人的な知識の共有に依存した運営でもやっていけるでしょう。しかし、1,000人規模に成長すれば、そのモデルは機能しません。私たちが求めているのは、高い学習能力を持ち、変化に素早く適応できる経営者です。

投資後の最初の18ヶ月、私たちは企業に自社のチームを送り、営業や財務におけるプロフェッショナルなプロセスを構築します。ですが、それが機能するかどうかは、ひとえに経営陣の学ぶ意志にかかっています。冷静に分析した結果、経営陣が大規模組織を率いる能力を身につけられないと判断すれば、私たちは交代を検討します。

私のメンターであり、オラクルの初期出資者としても知られるシリコンバレーの伝説的投資家、ドン・ルーカスはよくこう言っていました。 「君がCEOでいられるのは、君がCEOを解任されるその日までだ」 。この規律こそが、テックベンチャーを世界的な産業リーダーへと成長させるのです。

構造的課題:なぜシリコンバレーではないのか

森本:シュミットさんのおっしゃる規律は、グロースキャピタルのインフラの一部でもありますね。欧州でJoltを立ち上げた経験から、現在の日本のエコシステムはシリコンバレーとどのように異なるのでしょうか。

シュミット:最大の相違は、資産配分です。米国の年金基金は、全資産の約3%をテクノロジー分野に投じていますが、日本はわずか0.1%程度。これだけでも大きな差です。

しかし、それ以上に重要なのは構造的な違いです。米国には成熟したグロースキャピタル産業がありますが、それ以外の多くの地域では、この層がほぼ欠けています。欧州や日本において、このレイヤー(成長を加速させるための資金層)は完全に抜け落ちているのが実状です。

米国以外の多くの投資家は、いまだにベンチャー(初期投資)の思考から抜け出せずにいます。技術が実証された後もR&D(研究開発)に資金を出し続け、企業をいつまでも「研究段階」にとどめてしまう。その結果、企業はグローバルな産業リーダーへと飛躍する機会を逃しているのです。

森本:つまり、グロースキャピタル層が欠けているために、イノベーションを自国内で育てることが、構造的に難しくなっているということですね。

シュミット:その通りです。このレイヤーが欠けていることで、日本や欧州の国民の貯蓄は、皮肉にもシリコンバレーへ直接流れています。あちらには、企業のスケールアップを支える仕組みが揃っているからです。 私たちは、自分たちの資本と才能を、他国の市場を潤すために流出させてしまっている。もし日本や欧州が、研究室とグローバル市場をつなぐグロースキャピタル層を確立できれば、国際競争力は大きく高まるでしょう。

国家基盤を支えるディープテック

森本:これまで資本や人材について議論してきましたが、Joltのビジョンは単なる財務指標を超えたもののように感じられます。ディープテック投資は、国の自立性とどのように結びついているのでしょうか。

シュミット:今日、ディープテックは産業基盤と経済的自立性を支える土台そのものとなっています。私たちの目的は、技術的には優れていながらまだ成長途上にある企業を、地域の中核へと育てることです。それによって、国が必要とするデジタル基盤の強化に貢献したいと考えています。

ここで言う「自立性」とは、孤立を意味するものではありません。サプライチェーンのすべてを自国内で完結させることでもありません。半導体に代表されるような、高度に分業化されたグローバル・バリューチェーンの中で、「不可欠な役割」を担うこと。それが自立性です。

すなわち、世界が必要とする中核的IPや部品を有している。グローバルなエコシステムにおいて欠かせない存在であれば、その国は他国への依存を脱し、対等な戦略的パートナーとして位置付けられます。これこそが、現代における自立性のあり方だと考えています。

最後に:現実への回帰

森本:最後に、Joltが日本での本格的な事業展開を始めるにあたり、SusHi Tech Tokyo 2026に向けて準備を進める起業家や投資家の皆様にメッセージをお願いします。

シュミット:常に「顧客」に集中してください。ユニコーンという幻想に惑わされてはいけません。ビジネスとは、テクノロジーと数字、そして人に向き合うプロフェッショナリズムです。

謙虚さを忘れず、結果にフォーカスしてください。企業の真の価値は、派手なマーケティングで作られるものではなく、日々のオペレーションの積み重ねによって決まります。私たちは、日本の技術を世界の産業基盤へと進化させるためにここにいます。今こそ、着実に前へ進むときです。

森本:シュミットさん、本日は貴重なお話をありがとうございました。Jolt Capitalが日本で果たす役割に期待しています。

シュミット:こちらこそありがとうございました。

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ジャン・シュミット氏

Jolt Capital創業者、マネージング・パートナー。30年以上にわたり起業家およびディープテック投資家として活動。Jolt Capital創業以前は、Sofinnova Partnersでマネージング・パートナーを務めた。Authentec(Appleが買収)、Fogale Sensation(Appleが買収)、Heptagon(AMSが買収)、NILT(Radiantが買収)、MyriadなどのエグジットやIPOに携わる。現在は複数の欧州企業の取締役を務めるほか、テクノロジーIPOを推進する投資会社「Tech Premium」の社外取締役も務める。International Venture Club元会長。バロック音楽団体「La Chapelle Harmonique」会長。Telecom Parisで工学を修め、HEC ParisでMBAを取得。

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森本曜一氏

HiJoJo Partners執行役員。筑波大学卒業後、2002年に野村證券入社。米国、シンガポール、日本で機関投資家向け株式営業に従事。2014年、ゴールドマン・サックス証券に入社し、株式営業、法人営業、コーポレートアクセスの3部門を統括。IPOや公募案件のグローバル販売戦略を担当し、上場企業の企業価値向上を支援。2024年6月にHiJoJo Partnersに参画し、Nasdaq Private Marketとの資本業務提携を担当。9月より上場・非上場企業向け資本市場政策コンサルティングを開始。LinkedInで情報発信を行っている。


Jolt Capital, “First closing of Jolt Capital V at €600m”

Jolt Capital, “Environmental Social Governance”

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