欧州と東京をつなぐ:IQ Capitalが見据えるグローバル・ディープテックの未来

2026年4月27日~29日の期間、東京ビッグサイトで「SusHi Tech Tokyo 2026」が開催されます。「Sustainable High City Tech Tokyo」の頭文字をとって命名された「SusHi Tech Tokyo」は東京都が主体となり、世界中のスタートアップや投資家が集まり、都市課題の解決に向けた技術を展示・議論する、アジア最大のグローバル・イノベーション・カンファレンスです 。東京から最先端のテクノロジー、多彩なアイデアやデジタルノウハウによって、世界共通の都市課題を克服する「持続可能な新しい価値」を生み出すことを目的としています。

本イベントには世界からイノベーションの担い手となるスタートアップ、投資家・大企業・大学などの様々な支援者、さらには、世界が注目するテクノロジーを持ち成長を続ける企業など、世界中から多様なプレイヤーが集結。本記事では「SusHi Tech」に参加する世界のVCのキーパーソンの方々に今年の「SusHi Tech」に対する期待、さらに日本のスタートアップに対する期待を聞きました。

サイモン・ハーツェル氏は、欧州を代表するディープテック・ベンチャーキャピタル、IQ Capitalのジェネラル・パートナー兼最高執行責任者(COO)を務める。同社の国際戦略を主導し、欧州と日本のイノベーション・コミュニティの連携強化を含め、世界各地の起業家支援に取り組んできた。
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ビジネス界でSusHi Tech Tokyo 2026への関心が増すなか、高度な研究成果を社会実装へと導き、商業規模へと育てるリーダーたちに注目が集まっている。その中心的な存在の一人が、ハーツェル氏だ。英国ケンブリッジを拠点とする同氏は、20年以上にわたり欧州ディープテックの発展を支えてきたIQ Capitalで、この6年間、中核的な役割を担ってきた。

今回のインタビューでハーツェル氏は、ディープテックとは何か、欧州のエコシステムが備える独自の構造的優位性、そしてなぜ日本がIQ Capitalの拡大戦略において不可欠な存在となっているのかを語る。これは、東西の協働を通じて、次世代のグローバル産業がいかに形作られていくのか、その未来像を描くものだ。

大企業の財務トップから、イノベーションの最前線へ

ハーツェル氏は、グローバル企業の経営の現場で培った豊富な経験を生かして、ベンチャーキャピタルの世界へ転じた。IQ Capitalに参画する以前、同氏は35カ国に3,500人の従業員を擁する企業でグループCFOを務め、7億5,000万ドル近い売上を統括していた。その過程で、持続的な事業拡大を支える組織のあり方や、部門を横断した連携の重要性について、深い知見を培った。

ハーツェル氏がベンチャーキャピタルに強く引かれたのは、短期間で大きなインパクトを生み出し得る、この領域特有のダイナミズムだった。

「大企業での成功は、多くの場合、プロセスの整備や漸進的な改善の積み重ねによるものです。一方スタートアップは、創業から短期間で、事業が大きく成長する可能性を秘めています。組織をゼロから築き上げていくことには、特別な意義があります」

さらに同氏は、スタートアップの初期段階では、人材の見極めが重要だと指摘する。

「大企業であれば、必ずしも最適な人材ばかりでなくても、組織全体で補うことができます。しかしスタートアップにとって、最初の10人は決定的です。人材こそが、何より重要なのです。一人ひとりの採用が、その後10年にわたる会社の方向を左右する。必要なのは、『ゼロからイチ』を生み出す、きわめて不確実な段階を乗り越えられる人材なのです」

ハーツェル氏が加わったIQ Capitalは、ケンブリッジで設立され、20年以上の歴史を持つディープテック・ベンチャーキャピタルだ。現在およそ10億ドルを運用しており、7つのファンドを通じて250人を超える創業者に投資している。機械学習やAI、先端工学といった領域に注力し、その一貫した投資姿勢によって、これまで3度の景気変動を乗り越えてきた。

ディープテックの定義: 「浅い技術」の対極にあるもの

「ディープテック」という言葉は投資の世界で頻繁に使われる。しかしハーツェル氏は、それを曖昧な業界用語としてではなく、より厳密に捉えるべきだと指摘する。同氏によれば、ディープテックを比較的正確に言い表す定義の一つは、「シャローテック(浅い技術)ではないもの」だという。もっとも、それだけでは十分な説明にはならない。

同氏は、今日のディープテックを、かつてベンチャー投資を牽引したコンシューマー向けビジネスや、配送プラットフォームと対比する。そうした事業では、テクノロジーはあくまでビジネスモデルを支える手段にすぎなかった。

「これに対し、ディープテックでは、テクノロジーそのものが事業の核となります。同時に、技術が本当に実用化に至るのか、という不確実性も抱えています」 とハーツェル氏は語る。「その前提にあるのは、技術が実現すれば、巨大な市場における決定的な課題を解決し、計り知れない価値を生み出すという考え方です。私たちが取り組んでいるのは、数年前まで概念的に不可能だった、あるいは採算面で成立しなかった課題の解決なのです」

欧州の優位性: 成熟するエコシステム

欧州には、世界屈指の科学技術拠点が集積している。IQ Capitalは現在、英国のケンブリッジとロンドン、スイスのチューリッヒ工科大学周辺、ドイツのミュンヘン、オランダのアイントホーフェンとデルフトという5つの地域を中心に、投資活動を展開している。

ハーツェル氏は、欧州の人材基盤はすでに、明確な成熟段階に入ったとみている。

「人材の流動性、なかでもユニコーン企業を行き来する人材の数は、この10年で4倍になりました。欧州では、複数の起業を経験した創業者が増えています。彼らはその知見をディープテックに生かし、結果、経験豊富な創業者同士が相互に刺激を与えるネットワークが形成されています」

ハーツェル氏は、欧州が明確な競争優位性を持つ分野として、ロボティクス、半導体、電力関連技術を挙げる。その一例として同氏が紹介するのは、インペリアル・カレッジ・ロンドン発のロボティクス企業への投資だ。ここでは、ロボットが人間の「意図」を理解する技術の開発が進められている。

「研究の焦点は、ロボットが人間を観察しながら学習できるかどうかにあります。目指しているのは、ロボットがタスクを一度見ただけで、動作の仕組みだけでなく、その背後にある意図まで理解できるようにすることです。これが、IQ Capitalが支援したいと考えるイノベーションの形です」

また同氏は、脱炭素化やサプライチェーンの強靱化といった産業界の課題が、高度なハードウェアやロボティクス・ソリューションへの需要を押し上げているという。

「最近では、バナナ生産の革新を目指し、9年かけて最先端の遺伝子技術を開発してきた企業を、投資先候補として検討しました。5年前であれば、そのような投資は検討対象にならなかったかもしれません。しかし現在、私たちは、ディープテックが既存のグローバル産業を近代化し得ると確信しています。それは、“技術先行”の開発ではなく、産業界の切実なニーズに応えるものなのです」

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IQ Capitalの注力領域: 自動化社会を支える基盤技術

IQ Capitalが戦略的に注力する領域の一つが、次代の産業イノベーションを支えるインフラとしての電力・熱管理だ。AIやロボティクスの普及が進むなか、限られた条件下でいかに効率よく大きな電力を制御するか(電力密度の最適化)は、多くの産業分野で中核的な技術課題となっている。

「電力管理は、ディープテックを支える根幹の一つです。私たちのポートフォリオ企業の一社は、リチウムイオン電池を5分以内でフル充電できる技術を開発しました。これは、例えば物流センターでは、ロボットを24時間稼働させるうえで大きな意味を持ちます。つまり、自動化社会のエネルギー基盤そのものを担う技術となるのです」

同氏によれば、熱・電力管理システムは、データセンターにとっても不可欠だ。こうした基盤技術の高度化は、結果として関連分野全体の成長を支えることにつながる。

日本との接点強化: 戦略の軸足を広げるIQ Capital

近年のIQ Capitalにとって、最も重要な戦略転換は、日本との関係強化だ。かつては英国を中心に投資を展開していた同社だが、最新の「ファンド5」では対象地域をグローバルに広げ、英国とそれ以外の地域がほぼ半々となる運用体制へ移行した。

日本重視の姿勢は、自社ポートフォリオの中で見えてきた実態に後押しされたものだ。投資先企業の4分の1が、パートナーや顧客として、あるいは資金面を通じて、日本と接点を持っていたのだ。

「この発見には驚かされました」とハーツェル氏は振り返る。「日本は、グローバルなテクノロジー・エコシステムに深く組み込まれているのです。私たちの投資先はすでに、日本で幅広く活動しています。そうした状況を踏まえれば、既存ポートフォリオを支援するだけでなく、次世代の日本のイノベーターを見出すためにも、日本での活動基盤を整える必要がありました」

これを具体化するにあたり、IQ Capitalは、上前田直樹氏をベンチャー・パートナーとして迎えた。上前田氏はGlobal Brainで10年にわたり欧州事業を統括した経験を持ち、欧州とアジアのディープテック・ネットワークを結ぶ要の役割を担っている。

「上前田さんの役割は、欧州と日本をつなぐ双方向の連携を機能させることです。この半年だけでも、彼は私たちの欧州の投資先企業と、日本の産業界のリーダーとの間で、25件に及ぶ面談の機会を設けてくれました。同時に、欧州や北米への進出を目指す日本のスタートアップにも、IQ Capitalの知見やネットワークを提供しています」

ハーツェル氏はまた、日本の創業者の意識にも、明らかな変化が生まれているとみる。

「これまで日本のスタートアップは、国内でのエグジットを志向する傾向が強かった。しかし、それは変わりつつあります。今、日本の起業家たちは、ディープテックが本質的にグローバルな取り組みであることを理解し、国境を越えた成長を支える国際的なパートナーを求めています」

日本の産業基盤と欧州のディープサイエンスの融合

ハーツェル氏は、日本の産業基盤と、欧州の研究主導型ディープテックとの間には、高い親和性があると指摘する。ロボティクスや半導体といった分野では、両地域とも世界水準の専門性を有しており、技術面での結びつきも強い。

「日本は、製造業とハードウェア開発における世界的なリーダーです。例えばオランダと日本の間には、特に半導体分野で強固な技術的関係があります。日本での私たちの狙いは、単に資本を提供することではありません。こうした産業上の強みを、私たちのグローバル・ネットワークの中に組み込んでいくことにあります」

同氏は、ディープテックは最終的に実社会で機能しなければならない以上、日本の存在感は今後いっそう高まると強調する。

「ディープテックを成功させるには、ハードウェアとソフトウェアを切れ目なく統合することが欠かせません。私たちの投資先も、現実の産業環境のなかで技術を実用化していくために、日本を不可欠なパートナーとして重視しています」

SusHi Tech Tokyo: 長期的な連携を促す触媒として

IQ Capitalは、昨年のSusHi Tech Tokyo2025に登壇し、参加者として大きな存在感を放った。ハーツェル氏は、このイベントを単なるカンファレンスではなく、国際連携を促す触媒と位置づけている。

「SusHi Tech Tokyo2025の質の高さは、グローバル・イノベーションに対する日本の強いコミットメントを示すものです。会場には、投資家や創業者、企業のリーダーといった多彩な顔ぶれが集まっていました。加えて、民間と政府の双方が積極的に関与していた点も印象的でした」

同氏は、SusHi Tech Tokyo 2026が一層充実することに期待を寄せる。その発展を支えるのは、一時の話題性ではなく、継続的な関係構築の積み重ねだ。ベンチャーキャピタルの世界では、信頼は数年をかけて育まれるものだ。SusHi Tech Tokyoはそうした信頼を築く場として、重要性を増している。

IQ Capitalにとって、欧州と東京を結ぶ連携軸は、もはや抽象的な構想ではない。すでに動き始め、同社の長期戦略の中核を成しつつあるのだ。

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サイモン・ハーツェル氏

IQ Capitalジェネラル・パートナー兼最高執行責任者(COO)

社の運営全般を統括し、ポートフォリオ企業の支援や長期戦略の策定・実行を担う。30年以上にわたる経営・財務の経験を持ち、欧州有数のグロースデット投資会社Kreos Capitalでジェネラル・パートナー兼COO、PA Consulting GroupでグループCFOを歴任。キャリア初期にはロンドンとフランクフルトのアーサー・アンセンで勤務した。ケンブリッジ大学で自然科学の修士号を取得し、ケンブリッジ・ジャッジ・ビジネス・スクールの諮問委員も務める。

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