人的資本開示への要請が高まる中、多くの企業が組織の状態を可視化し、価値向上を目指すデータ活用に乗り出しています。その中で今、特に注目を集めている指標が「心理的安全性」です。パフォーマンス向上やイノベーション創出の鍵とされ、その測定や改善に取り組む企業は急増しています。
しかし、こうした期待の高まりは、「心理的安全性が組織のあらゆる問題を解決する万能薬である」という誤解を与えかねない危うさもはらんでいます。HRデータを活用する本来の目的を見失い、単にスコアを上げること自体が目的化してはなりません。
本稿では、HRデータ分析における心理的安全性の可能性を探ります。それと同時に、スコアを盲信することのリスクや、自社の組織文化との相性を見極める重要性を論じ、データに基づいた冷静かつ効果的な向き合い方を提言します。
なぜ心理的安全性は有望か
心理的安全性がこれほど注目されるのは、多くの研究が、この指標が組織の成果につながることを示しているからです。心理的安全性とは、従業員が「この職場では、対人関係で不利になるようなリスクをとっても大丈夫だ」と感じられる状態を指します1。このような環境において、従業員は本来の能力を発揮しやすくなります。
具体的には、従業員が失敗を恐れず目の前の業務に集中できるようになるため、個々人のパフォーマンスが向上します。また、問題点や新しいアイデアを気兼ねなく共有できるため、業務改善やイノベーションが促進されます。従業員エンゲージメントや仕事への満足度も高まる傾向にあります2。これらの効果は、多くの企業が目標とする離職率の低下や生産性の向上といった「結果」に先んじて現れる「先行指標」と見なせます。そのため心理的安全性は、問題の原因に迫り、未来に向けた打ち手を講じるための有望な分析対象とみなされています。
1 Edmondson, A. (1999). Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly, 44, 350-383.
2 Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A., and Vracheva, V. (2017). Psychological safety: A meta-analytic review and extension. Personnel Psychology, 70(1), 113-165.
スコアに踊らされないように
心理的安全性をサーベイで測定すると、組織の状態を数値化した便利な「スコア」が算出されます。しかし、このスコアの上下に一喜一憂し、「とにかくスコアを上げろ」と現場に指示するだけでは、本質的な改善にはつながりません。それはデータ活用の罠にはまる典型的なパターンです。